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プロフィール
- 喜田剛とは
- プロ入り前
- 広島時代
- オリックス時代
- 横浜時代
- 人物
- 年度別打撃成績
- 記録
- 背番号
- 登録名
- 参考文献
- 関連項目
喜田剛(きだごう、1979年10月25日-)は、横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(内野手)。福岡県 福岡市出身。愛称は「キダゴ」。
プロ入り前
| 沖学園高等学校から福岡大学に進学。 |
| 福岡大学時代は捕手だったが、後に外野手へ転向。 |
| 阪神入団後に内野手へ転向する。 |
広島時代
| 移籍後すぐに1軍登録され、5月22日の対オリックス戦で7番・指名打者としてスタメン出場。 |
| 広島での初打席をランス・カーターから安打で飾った。 |
| 5月30日の対ロッテ戦では、清水直行からプロ初となる右越え本塁打を放った。 |
| 一時は打率3割を超えて右翼手のレギュラーを奪うかの活躍を見せたが、8月後半から約1ヶ月安打が出ず、打率を下げてしまった。 |
| 阪神時代は5年間で8試合しか出場できなかったが、この年だけで67試合に出場し、打率.247、3本塁打を打った。 |
| 以降は左の代打の切り札として起用されている。 |
| 2008年1月、交際していた女性と結婚した。 |
| 広島へのトレードが決定した2007年5月、阪神時代の同僚である浅井、桜井、藤田太陽(現西武)らが二人を招いて送別会を開いた日にプロポーズしたという。 |
| 2008年から登録名が姓と名の間を区切らない「喜田剛」に変わった(球団サイトでの登録名変更発表はなし)。 |
| これは応援歌の歌詞が言いやすく、フルネームで呼ばれていることを考慮してである。 |
| ユニフォームの背ネーム表記も「KIDA.GO」に変更した。 |
オリックス時代
| 交流戦中は主に代打で起用され、6月7日の対広島戦では代打で安打を放ち、プロ野球新記録となる10人連続安打の一員となった。 |
| しかし、交流戦終了後に降格し、9月29日の対ロッテ戦に再び昇格・スタメン起用され、第4打席に右翼フェンス直撃の適時二塁打を放つ活躍を見せた。 |
| 結局、10試合出場で打率.235と物足りない成績に終わった。 |
横浜時代
| 背番号は阪神時代以来の55、登録名は引き続き喜田剛(KIDA.GO)。 |
| ](2010年12月21日付)。 |
人物
| 父親は元力士佐田ノ花で、最高位は幕下18枚目。 |
| 現在も、阪神時代に同僚だった林威助・桜井広大にライバル心を燃やしており、対オリックス戦(2007年6月11日、広島市民球場)でサヨナラ安打を放った際のインタビューで「あいつ(桜井)には負けたくないです!」と発言した。 |
| 2007年の開幕前に、阪神タイガース私設応援団が喜田個別の応援歌を作ったが、喜田が1軍に昇格することなく広島に移籍したため、応援歌は公式戦で歌われないままお蔵入りとなった。 |
| 広島での応援歌は7月16日の対横浜戦で初披露され、この応援歌はカープ特有の名前を繰り返しコールしながらスクワット運動を行うものとは異なる。 |
| 広島に移籍したは外野手としての出場が多かった。 |
| は再び外野手としての出場が多くなった。 |
| 新井貴浩の人的補償で広島入りした赤松真人とは阪神時代から仲が良い。 |
| 栗原健太と顔が似ているため、広島への移籍当初はファンに名前を間違えて呼ばれてショックを受けていた。 |
| これについて喜田は「顔を覚えてもらうためには活躍をするしかない」と発言している。 |
| 2002年に阪神に入団。 |
| その後2006年のシーズン途中広島にトレード移籍。 |
| 2010年のシーズン中にオリックスへトレード移籍し、同年オフに横浜へ移籍。 |
| 一度も解雇されずにトレードで4球団を渡り歩くという日本では非常に珍しい経験をしている。 |
記録
| 初出場:2003年9月27日、対中日ドラゴンズ28回戦(阪神甲子園球場)、11回裏に代打として出場。 |
| 初打席・初安打:同上、11回裏に大塚晶則から右前安打。 |
| 初先発出場:2006年10月14日、対広島東洋カープ22回戦(広島市民球場)、6番・一塁手として先発出場。 |
| 初打点:同上、1回表に大竹寛から右翼線適時二塁打。 |
| 初盗塁:2007年5月23日、対オリックス・バファローズ2回戦(京セラドーム大阪)、8回表に二盗(投手:金子千尋、捕手:的山哲也)。 |
| 初本塁打:2007年5月30日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(広島市民球場)、4回裏に清水直行から右越ソロ。 |
背番号
| 22(2002年-2003年)。 |
| 55(2004年-2007年途中、2011年-)。 |
| 44(2007年途中-2010年途中)。 |
| 40(2010年途中-同年終了)。 |
登録名
| 喜田剛(きだごう)(2002年-2007年)。 |
| 喜田剛(きだごう)(2008年-)。 |
参考文献
| 『2002年プロスポーツ年鑑』財団法人日本プロスポーツ協会、2002年、ISBN-4-9901009-1-3。 |
| 『2003年プロスポーツ年鑑』財団法人日本プロスポーツ協会、2003年、ISBN-4-9901009-2-1。 |
| 『2004年プロスポーツ年鑑』財団法人日本プロスポーツ協会、2004年、ISBN-4-9901009-3-X。 |
| 『2005年プロスポーツ年鑑』財団法人日本プロスポーツ協会、2005年、ISBN-4-9901009-4-8。 |
| 『2011年プロスポーツ年鑑』財団法人日本プロスポーツ協会、2011年、ISBN978-4-9905744-0-6。 |
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1979年
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喜田 剛(きだ ごう)は、横浜ベイスターズに... |
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2002年
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阪神に入団 |
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投票数
0
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