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プロフィール
- 四谷シモンとは
- 略歴
- 作品
- 著作・参考文献
- テレビ
- テレビドラマ
- バラエティ
- 映画
- 外部リンク
- 関連サイト
略歴
| 少年の頃より人形制作を好み、川崎プッペに私淑する。 |
| 中学卒業後、アルバイトをしながら人形制作を続ける。 |
| 林俊郎、坂内俊美に師事する。 |
| 17歳の時、一時ぬいぐるみ人形作家水上雄次の内弟子になる。 |
| 新宿のジャズ喫茶に出入りして、金子國義、コシノジュンコらと出会う。 |
| 歌手のニーナ・シモンが好きだったことから「シモン」の渾名が付く。 |
| ロカビリー歌手としても活動する。 |
| 昭和40年(1965年)、雑誌『新婦人』に掲載されていた、澁澤龍彦の紹介によるハンス・ベルメールの球体関節人形を見て衝撃を受け、それまでの人形制作方法を捨てる。 |
| 金子國義を通じて、澁澤龍彦、唐十郎と知り合う。 |
| 昭和42年(1967年)5月、唐十郎の状況劇場の芝居「ジョン・シルバー新宿恋しや夜鳴篇」に女形として出演する。 |
| 渋谷東急本店開店キャンペーンのためにディスプレイ用人形を作り、それは「前衛マネキン」として雑誌に紹介される。 |
| またこの制作過程で張り子人形の技法とメイクの方法を学ぶ。 |
| 同年12月、しばらく滞在するつもりでパリに行くが、あまりの寒さに、アンティーク人形やベルメールの写真集を買っただけでまもなく帰る。 |
| 昭和43年(1968年)3月から6月にかけて、状況劇場の紅テントの芝居「由井正雪」に「的場のお銀」役で出演する。 |
| このときから「四谷シモン」の芸名を使う。 |
| 昭和46年まで状況劇場の役者として活動する。 |
| その間、昭和44年には、「新宿西口中央公園事件」(新宿西口中央公園において、無許可でテントを立て公演を行った事件)や、寺山修司の天井桟敷と状況劇場の乱闘事件が起きた。 |
| 昭和45年(1970年)、大阪万国博覧会の「せんい館」のために「ルネ・マグリットの男」を制作する。 |
| 昭和47年(1972年)2月、「10人の写真家による被写体四谷シモン展」が開かれ、階上の中央にはガラスケースに入った人形「ドイツの少年」が飾られる。 |
| この作品が人形作家として本格的に活動する転換点となった。 |
| 昭和48年(1973年)10月、銀座の青木画廊で第1回個展を開催。 |
| タイトル「未来と過去のイヴ」は澁澤龍彦による。 |
| 昭和50年(1975年)「慎み深さのない人形」を発表する。 |
| 昭和53年(1978年)、人形学校「エコール・ド・シモン」開校。 |
| 当初は既製のパーツを使った人形作りを教えていたが、自由創作へ方針転換する。 |
| 昭和56年2月、紀伊国屋画廊で「第1回エコール・ド・シモン展」開催。 |
| 以来、展覧会はほぼ毎年恒例になっている。 |
| 「少女の人形」「少年の人形」「機械仕掛けの少年」「解剖学の少年」などの作品を発表。 |
| 一方で昭和59年ふたたび状況劇場の芝居に出演。 |
| 昭和60年にはNHK大河ドラマ「春の波濤」にレギュラー出演。 |
| またいくつかのドラマに出演する。 |
| 演出家久世光彦のドラマの常連俳優だった。 |
| 昭和62年(1987年)、彼の精神的支柱であり、理解者であった澁澤龍彦が死去。 |
| しばらくのあいだ茫然自失となる。 |
| 昭和63年より「天使-澁澤龍彦に捧ぐ」シリーズを制作する。 |
| 以降、「少女の人形」「目前の愛」「ピグマリオニスム・ナルシシズム」「木枠でできた少女」などを発表する。 |
作品
| 大阪万国博覧会のために制作した「ルネ・マグリットの男」は、巨体の不気味な老人が15体、薄暗い中に屹立していて、その間を繊維に見立てた赤いレーザービームが行き来するという作品だった。 |
| のちにこのうちの一体は状況劇場の舞台装置として使われた。 |
| 初期の作品「未来と過去のイヴ」は、裸にガーターベルトと網タイツを付けた姿の人形。 |
| パーマをかけた金髪に、濃い色の口紅を付けており、一種挑発的な印象を受ける。 |
| それに続く「慎み深さのない人形」も同様に挑発的な作品。 |
| 手足のない裸で、上半身と下半身が180度逆に付いている。 |
| シュルレアリスムの影響が直接的に顕れているようである。 |
| しかし以降の作品からは挑発的な印象が隠れ、その表情は永遠の相を見ているような穏やかなものになっている。 |
| 「機械仕掛の少女」「機械仕掛の少年」は、エコール・ド・シモンの生徒であった荒木博志との共同作業によるもの。 |
| 一部は実際に動く作品。 |
| 「少女の人形」の一体は澁澤龍彦の所有となり、『少女コレクション序説』『裸婦の中の裸婦』などにより読書界でも有名な作品となった。 |
| 人形制作にはナルシシズムが抜きがたいものだという発見により、「ナルシシズム」「ピグマリオニスム・ナルシシズム」を制作した。 |
| これはシモン自身を人形化した作品。 |
著作・参考文献
| シモンのシモン(1975年イザラ書房、1989年ライブ出版)。 |
| 機械仕掛の神(1978年イザラ書房)。 |
| 人形(1997年作品社)。 |
| htwi(ヒッティ)NO.8(2001年メディアプロダクション)。 |
| 人形作家(2002年講談社現代新書)。 |
| 病院ギャラリー―717days2001‐2003(2003年ライブ出版)。 |
| 「四谷シモン-人形愛」展図録(2000年に行われた回顧展の図録)。 |
テレビ
| 知るを楽しむ私の、こだわり人物伝。 |
| 『澁澤龍彦 眼の宇宙』第1回(2007年11月6日、NHK教育)。 |
テレビドラマ
| 春の波涛(1985年、NHK大河ドラマ)。 |
| 女優競演サスペンス 『女と男』(1987年10月26日、フジテレビ系)。 |
| アイラブユーからはじめよう(1989年、TBS系) 。 |
| 世にも奇妙な物語 『海亀のスープ』(1991年、フジテレビ系)。 |
| 悪魔のKISS(1993年、フジテレビ系)。 |
| ;TBS向田邦子新春シリーズ 。 |
| 『女の人差し指』(1986年)。 |
| 『わが母の教えたまいし』(1989年)。 |
| 『華燭』1992年。 |
| 『家族の肖像』(1993年)。 |
| 『いとこ同志』(1994年)。 |
| 『風を聴く日』(1995年)。 |
| 『響子』(1996年)。 |
| 『空の羊』(1997年)。 |
| 『終わりのない童話』(1998年)。 |
| 『小鳥のくる日』(1999年)。 |
| 『あ・うん』(2000年)。 |
| 『風立ちぬ』(2001年)。 |
バラエティ
| 今夜は最高!(1986年、日本テレビ系)。 |
| 笑っていいとも!テレフォンショッキングのゲスト(1985年6月24日)。 |
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1944年
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四谷シモン(よつや シモン、本名:小林兼光... |
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1965年
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雑誌『新婦人』に掲載されていた、澁澤龍彦の... |
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