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つながりの強いひと
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土佐光則
父
狩野山楽、山雪、探幽、安信といった狩野派を代表する絵師たちに混じって「当麻寺縁起絵巻」(個人蔵)の制作に参加している。晩年の52歳頃、息子の土佐光起... |
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土佐光信
室町時代中期から戦国時代にかけての大和絵の絵師。土佐広周の嗣子で、実際は土佐光弘の子。子に土佐光茂がいる。土佐(常盤)光長、土佐光起とともに土佐派... |
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岩佐又兵衛
江戸時代初期の絵師。又兵衛は通称で、諱は勝以(かつもち)。 |
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菱川師宣
近世日本の画家。江戸初期に活動した絵師の一人。生年は、寛永7-8年(1630年-1631年)ともいわれる。享年64-65あるいは77才。浮世絵を確立した人であり、すな... |
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長谷川等伯
安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師。狩野永徳、海北友松、雲谷等顔らと並び桃山時代を代表する画人である。 |
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岸田劉生
大正~昭和初期の洋画家。父親はジャーナリストの岸田吟香。 |
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住吉如慶
江戸時代前期の絵師で住吉派の祖。泉州堺出身。幼名は長重麿。名は広通、或いは広道。通称は内記。旧姓は土佐。住吉具慶は長男。土佐光吉の子とも門弟とも言... |
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狩野探幽
狩野探幽(かのうたんゆう、慶長7年1月14日(1602年3月7日)-延宝2年10月7日(1674年11月4日))は江戸時代の狩野派を代表する絵師である。狩野孝信の子で狩... |
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狩野山楽
安土桃山時代~江戸時代初期の狩野派の絵師。狩野山雪は養子。 |
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俵屋宗達
江戸時代初期の画家。通称は野々村宗達。号は「伊年」あるいは「対青軒」ほか。 |
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葛飾北斎
日本の近世にあたる江戸時代に活躍した浮世絵師であり、とりわけ後期、文化・文政の頃(化政文化)を代表する一人。代表作に『富嶽三十六景』や『北斎漫画』... |
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村田珠光
村田珠光(むらたじゅこう、応永29年(1422年)または30年(1423年)-文亀2年5月15日(1502年6月19日)または7月18日(8月20日))は室町時代中期の茶人であ... |
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尾形光琳
江戸時代の画家。工芸家。尾形光琳は、後代に「琳派」と呼ばれる装飾的大画面を得意とした画派を生み出した始祖であり、江戸時代中期を代表する画家のひとり... |
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円山応挙
江戸時代中期の絵師。近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、写生を重視した親しみやすい画風が特色である。諸説あるが「足のない幽霊... |
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住吉具慶
江戸時代前期の絵師。住吉如慶の長男で住吉派の2代目。名は広純、のち広澄。通称は内記、別号に松岩。弟に広夏(鶴州)。江戸前期を代表する大和絵画家のひと... |
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後水尾天皇
後水尾天皇(ごみずのおてんのう、慶長元年6月4日(1596年6月29日)-延宝8年8月19日(1680年9月11日))は第108代天皇(在位:慶長16年3月27日(1611年5月9日... |
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横山大観
戦前の日本の美術家。日本画家。茨城県水戸市出身。近代日本画壇の巨匠であり、今日「朦朧体」と呼ばれる、線描を抑えた独特の没線描法を確立した。帝国美術... |
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酒井抱一
江戸時代後期の絵師、俳人。権大僧都。本名は忠因(ただなお)、幼名は善次、通称は栄八、字は暉真(きしん)。ほか、屠牛、狗禅、鶯村、雨華庵、軽挙道人、... |
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京狩野
安土桃山時代末から明治期まで京都で活躍した画家の流派。豊臣氏滅亡後、狩野派のほとんどが江戸に下ったことに対して、京都に留まったため、京狩野と呼ばれ... |
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一休宗純
室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人。説話のモデルとして知られる。 |
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プロフィール
土佐光起(とさみつおき、元和3年10月23日(1617年11月21日)-元禄4年9月25日(1691年11月14日))は、江戸時代の土佐派を代表する絵師。和泉国堺出身。父は 土佐光則。本姓は藤原、幼名は藤満丸。 住吉如慶は父の門人(叔父説あり)。子は土佐光成。寛永11年(1634年)18歳の時父に従い京都に移り、承応3年(1654年)3月10日、38歳で従五位下左近衛将監に叙され、この時、永禄12年(1569年)土佐光元の戦死以来失われた宮廷の絵所預職に85年ぶりに復帰したと考えられる。この職を取り戻すのは土佐家の悲願であり、光起を「土佐家中興の祖」と呼ぶのもこれ故である。同年 ...
代表作
| 北野天神縁起絵巻(北野天満宮)3巻紙本著色重要文化財1685~91年の間。 |
| 大寺縁起絵巻(開口神社)3巻紙本着色重要文化財元禄3年(1690年)頃。 |
| 上巻は三村明神この地に鎮座した由来、中巻は行基の行状、下巻は空海や空也と当社との関係を描く。 |
| 特に中巻は、行基の誕生から幼少児の逸話、および剃髪後の布教活動や社会事業に挺身する姿、さらに三村明神の神託を受け薬師を本尊とした神宮寺を建立する次第など、実質行基の行状絵伝とも言うべき内容となっている。 |
| 奥書によれば、近衛基煕を施主に天正年間に焼けた縁起の断簡をもとに光起が新たに写したと記される。 |
| 堺市博物館に白描の下絵が残る。 |
| 源氏物語絵巻〈末摘花〉(石山寺)1巻紙本着色重要文化財伝土佐光起。 |
| 厳島・松島図屏風(徳川美術館)六曲一双紙本著色重要美術品。 |
| 柿本人麻呂像(個人蔵)1幅絹本着色重要美術品。 |
| 粟穂鶉図屏風(個人蔵)八曲一双紙本着色重要美術品。 |
| 秋草鶉図屏風(名古屋市博物館)六曲一双。 |
| 朝儀図屏風(茶道資料館)。 |
| 春秋花鳥図(頴川美術館)六曲一双紙本金地着色。 |
| 須磨・宇治図屏風(堺市博物館)六曲一双紙本着色。 |
| 磯千鳥図屏風(福岡市美術館)六曲一双紙本金地著色 落款の字が弱く真筆ではないとされる。 |
| 源氏物語絵合図(東京国立博物館)六曲一双紙本着色。 |
| 秋郊鳴鶉図(東京国立博物館)1幅子の土佐光成との合作。 |
| 十二ヶ月歌意図巻(東京国立博物館)2巻絹本著色。 |
| 三十六歌仙画帖(東京芸術大学大学美術館館)1帖紙本着色。 |
| 女房三十六歌仙画帖(三井記念美術館)絹本著色。 |
| 百人一首手鑑(林原美術館)。 |
| 徒然草絵巻(個人蔵)1巻絹本着色『徒然草』第137段に取材した作品。 |
| 徒然草図屏風(個人蔵)六曲一双紙本着色同名のものが複数伝わる。 |
| 小朝拝・朔旦冬至図屏風(個人蔵)。 |
| 月次風俗図屏風(個人蔵)。 |
| 立花宗茂像(京都・大慈院)絹本着色1688年。 |
参考資料
| 佐々木丞平編『日本の美術江戸絵画Ⅰ(前期)』至文堂、1983年。 |
| 『週刊朝日百科 世界の美術124江戸時代前期の絵画Ⅰ』朝日新聞社、1980年。 |
| 展覧会図録『土佐派の絵画』サントリー美術館、1982年。 |
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1654年
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38歳で従五位下左近衛将監に叙され、この時、... |
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1690年
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『本朝画法大全』を書き残す |
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