| 1992年11月、クーリーと共にフリーに転向。 |
| 現在のリングネーム外道に改名し、再度、メキシコ遠征に出発する。 |
| 帰国後はW☆INGなどのインディー団体に参戦。 |
| 1993年11月2日に小田原駅前旧市営球場特設リングで行われた、金村ゆきひろ&中牧昭二vs邪道&外道のスクランブル・ファイヤー・デスマッチで高山秀男(後の非道)がマット中央へ点火、その火炎の中へ邪道が金村にパワーボムを仕掛けて、金村に大火傷を負わせ長期欠場へと追い込む(ただしこれは、火の勢いが予想以上に強かった上、金村のシャツに染み込んだ油に引火してしまったことによるアクシデントである)。 |
| 1994年2月、ウルティモ・ドラゴンの誘いを受け、邪道と共にWARに主戦場を移してからは、冬木弘道、邪道と共に冬木軍を結成し、メジャー・インディー問わずに暴れまわる。 |
| この時代に冬木、阿修羅・原に鍛え上げられ、現在でも邪道と共に両者を心の師として仰いでいる。 |
| この頃はまだ両者共肉体改造前で、小さめのTシャツにモンペ風のズボンという、同色、お揃いのコスチュームであった。 |
| 同年4月16日、両国国技館で行われたスーパーJカップ1stSTAGEに負傷欠場した折原昌夫の代役として出場、ベスト4入りを果たす健闘を見せる。 |
| 1995年12月13日、両国国技館で行われたスーパーJカップ2ndSTAGEに出場。 |
| 茂木正淑、ドス・カラス、ワイルド・ペガサスら強豪を次々と破り決勝戦にコマを進めるも、決勝で獣神サンダー・ライガーの雪崩式フィッシャーマン・バスターの前に敗れ、準優勝となる。 |
| 1996年、冬木の後を追うように邪道と共にWARを離脱。 |
| 1997年に冬木、邪道と共に冬木軍プロモーションを設立。 |
| 2月、FMWマットに再登場してからは、邪道、非道、金村、ミスター雁之助らと「ブリーフ・ブラザース」というユニットを結成、リング上でコントを演じたりもした。 |
| 3月29日、HARUMIドーム21で冬木軍プロモーションのプレ旗揚げ戦が、4月19日には大垣城ホール(冬木軍発祥の地)で冬木軍プロモーションの本格旗揚げ戦がそれぞれ行われ、冬木、邪道と共に参戦。 |
| 12月には大日本プロレス所属の山川竜司&田尻義博組を破り、邪道と共にBJW認定タッグ王座を獲得。 |
| 1998年1月、山川竜司&田尻義博組に取り返される形でBJW認定タッグ王座から転落。 |
| 1999年7月31日、当時世界ブラスナックル・タッグ王座を中川浩二と保持していた外道はFMW後楽園ホール大会で同王座2度目の防衛に成功し、中川と共に、初代WEWタッグ王者に認定される。 |
| 8月23日、同じく後楽園ホール大会で黒田哲広&大矢剛功組に敗れ王座転落するも12月11日、後楽園ホール大会でリッキー・フジ&フライングキッド市原&チョコボール向井組を下し、邪道&中川浩二と共に2度目のWEW6人タッグ王座を獲得。 |
| 2000年4月1日、横須賀市総合体育会館において、中川と共に冬木弘道&井上京子組からWEWタッグ王座を奪取。 |
| この時点で中川と共にWEWタッグ&6人タッグ王座二冠王となった。 |
| 4月25日、渋谷ONAIREASTで冬木弘道&井上京子&チョコボール向井組に敗れWEW6人タッグ王座から転落するも、5月3日、博多スターレーン大会において邪道&中川浩二と共にWEW6人タッグ王者に返り咲き、中川と共に二冠王にも返り咲いた。 |
| しかし5月28日の後楽園大会でまたしても冬木弘道&井上京子&チョコボール向井組に敗れWEW6人タッグ王座から転落。 |
| さらに同日、中川とのコンビ解散を理由にWEWタッグ王座を返還。 |
| タッグパートナーを邪道に変えて、7月14日、高杉市総合体育館で行われたWEWタッグ王座決定戦でH&黒田哲広組を下し、自身3度目のWEWタッグ王者となる。 |
| しかしわずか2週間後の7月28日、後楽園ホール大会でプロレスリング・ノア所属の井上雅央&金丸義信組に敗れ王座転落。 |
| 8月28日、後楽園ホール大会で保坂秀樹&佐々木嘉則組の持つWEWハードコアタッグ王座に挑戦するも敗退。 |
| 9月17日にはディファ有明大会でパートナーを邪道&中山香里に変更し、3度目のWEW6人タッグ王座獲得。 |
| 9月21日、月寒アルファコートドームで行われた保坂秀樹&マンモス佐々木vs金村キンタロー&山川竜司vs邪道&外道の3ウェイダンスマッチ制し、WEWハードコアタッグ王座を獲得。 |
| 邪道と共に、WEW6人タッグ&ハードコアタッグ王座の二冠王となった。 |
| 10月12日、博多スターレーン大会でスプリーム&ホームレス・ジミーに敗れWEWハードコアタッグ王座から転落。 |
| 2001年1月7日、後楽園ホール大会で冬木弘道&黒田哲広組を破り、田中将斗と共に通算4度目のWEWタッグ王座を奪取。 |
| 2度目のWEWタッグ&6人タッグ王座二冠王となるも1月27日、WEW6人タッグ王座を返上。 |
| 2月、邪道、田中将斗、中山香里と「コンプリート・プレイヤーズ」を結成し、11日に邪道、田中将斗とコンプリート・プレイヤーズとしてのタッグで、WEW6人タッグ王座決定戦を冬木弘道&GOEMON&怨霊組と行いこれに勝利。 |
| 4度目のWEW6人タッグ王座獲得、3度目のWEWタッグ&6人タッグ王座二冠王となるも、わずか10日後の2月21日に邪道、田中将斗と共にFMWを離脱。 |
| その後、フリーランスのユニット「コンプリート・プレイヤーズ」として新日本プロレス、全日本プロレス、ZERO-ONE、みちのくプロレスなど様々な団体に参戦。 |