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つながりの強いひと
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文王
中国の周朝の始祖。姓は姫、諱は昌。父季歴と母太任の子。周王朝の創始者である武王の父にあたる。文王は商に仕えて、三公(特に重要な三人の諸侯)の地位に... |
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大武芸
友達
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武王
周朝の創始者。殷の最後の帝辛(いわゆる紂王)を滅ぼし、周を立てた。文王の次子。同母兄に伯邑考、同母弟に管叔鮮、周公旦、蔡叔度、霍叔処、康叔封らがい... |
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大元義
大元義(だいげんぎ)は渤海の第4代王。793年に大欽茂が病死した際、渤海王の継承を巡っての内部紛争が発生した。大欽茂の世子である大宏臨は父王に先立ち病... |
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大祚栄
唐との修好関係以外に、突厥、契丹、新羅、日本との外交関係も構築し、海を隔てた日本を除く4ヶ国との緩衝国家としての地位を評価する説も存在している。719... |
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契丹
4世紀から14世紀にかけて、満州から中央アジアの地域に存在した半農半牧の民族。10世紀初頭に現在の中国の北部に帝国を建国し、国号を遼と号した。しかし12世... |
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大仁秀
大仁秀(だいじんしゅう)は渤海の第10代王。大仁秀は大祚栄の弟であった大野勃の4世孫に当り、傍系の王族ながら大明忠の王位を継承した。 |
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大元瑜(だいげんゆ)は渤海の第7代王。大嵩璘が病没すると、その子大元瑜が即位し、永徳と改元した。唐は中宮の元文成を派遣して先王を弔問すると共に、大元... |
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安禄山
唐代の中国の軍人、大燕国皇帝。本姓は康で、康国(サマルカンド)出身のソグド人と突厥系の混血。「禄山」はソグド語の「ロクシャン(rwxšn/roxš(a)n明るい... |
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百済
古代の朝鮮半島南西部にあったツングース系扶余族による国家(346年-660年)。朝鮮史の枠組みでは、半島北部から満州地方にかけての高句麗、半島南東部の新羅... |
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大虔晃
大虔晃(だいけんこう)は渤海の第12代王。大彝震の死後、王弟の大虔晃が即位した。日本との交流の中、859年に烏孝慎ら104名の使節を日本に派遣した際、『長... |
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大玄錫
渤海の第13代王。大虔晃の死後、嫡孫の大玄錫が即位した。 |
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孝公
中国戦国時代・秦の第25代君主。献公師隰の嫡子。即位するや、国中に布告を出して国政の立て直しをはかり、やがて、魏からやってきた商鞅を起用して抜本的な... |
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大彝震
東北アジアにおいて極めて大きな勢力として周辺地域に影響力を与えることとなった。大彝震は府・州の確定と中央集権的な行政制度の確立に努め、同時に軍事機構... |
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賢憬
奈良時代の法相宗の僧。俗姓は荒田井氏。尾張国の出身。賢璟(けんきょう)とも称される。尾張僧都あるいは尾張大僧都とも呼ばれた。興福寺宣教に師事して唯... |
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玄宗
唐の第6代皇帝(在位:712年-756年)。諱は隆基。治世の前半は開元の治と呼ばれる善政で唐の絶頂期を迎えたが、後半は楊貴妃を寵愛したことで安史の乱の原因... |
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康王
康王(こうおう、?-紀元前286年在位紀元前329年-紀元前286年)は中国戦国時代の宋の第34代で最後の国君。姓は子、諱は偃(えん)、諡は康。桓公(桓公と諡された... |
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平群広成
奈良時代の貴族。姓は朝臣。讃岐守・平群豊万呂の子。官位は従四位上・武蔵守。遣唐使の判官(三等官)として唐に渡るが、帰国の途中難船。はるか崑崙国(チ... |
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姫昌
コブスの中にあるコンテンツの単語とウィキペディアの中にある単語を結びつけるコンテンツです。リンクされたキーワードをクリックするとその意味を表示しま... |
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東晋
中国の西晋王朝が劉淵の漢(前趙)より滅ぼされた後に、西晋の皇族であった司馬睿によって江南に建てられた王朝である(317年-420年)。西晋に対し史書では東... |
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プロフィール
- 大欽茂とは
- 統治制度の整備
- 唐への帰順と文化交流
- 安史の乱の影響
- 日本との交流
大欽茂(だいきんも)は渤海の第3代王。 大武芸の第3子として生まれた 大欽茂は737年に渤海国王の地位を継承すると、大興と改元した。即位後、唐は内侍を派遣し渤海郡王左驍衛大将軍忽汗州都督に冊封された。その治世は唐の制度に学び国内を整備する文治政治に特徴がある。
統治制度の整備
| 大欽茂即位以前の渤海では部族制と郡県制が並存した行政制度であった。 |
| それを唐制度に倣い上京龍泉府を中心とし、域内に府州を設置することで中央集権的な統治を確立する基礎を整備し、また中央統治機構も三省六部を整備しその支配体制を強化した。 |
| またこの時代には散官制度と勲爵制度が整備された。 |
| 中央制度では唐の五京制に倣い上京・東京・中京が設けられ、780年代には東京龍原府への遷都が実施されている。 |
| また『続日本紀』には南海府の名称も出現し、同時に東京の名称から西京が既に整備されていたことが類推されこの時期に渤海の五京制が確立していたと類推される。 |
| この五京制は渤海のみならず、後の遼や金の時代にまで影響を与えるものであった。 |
唐への帰順と文化交流
| 大欽茂は即位直後から唐に積極的に使節を派遣し、半世紀の在位期間中に記録に残るだけでも50回以上の通貢が確認されている。 |
| これは政治的な安定を求める目的以外に、唐から先進的な文化や制度を学ぶ目的も重視された。 |
| 大祚栄や大武芸の時代にもある程度の留学生派遣と漢籍導入が行なわれていたが、大欽茂が即位すると留学生数は飛躍的に増大し、より多くの漢籍を日本にもたらしている。 |
| 事実この時代の墓碑とされる貞恵公主墓碑と貞孝公主墓碑には『尚書』『詩経』『易経』『礼記』『春秋』『論語』『孟子』『史記』『漢書』『後漢書』『晋書』など多くの書籍からの引用が見られる。 |
安史の乱の影響
| 唐では節度使である安禄山と史思明による安史の乱が発生すると、その影響は渤海にまで及ぶこととなった。 |
| 安禄山は平盧節度使として渤海・黒水など4府の経略使の職務を兼任していたが、当時の官制では渤海都督府の上部機構であり、安史の乱は渤海の上部機構による叛乱であった。 |
| この叛乱は渤海に波及することを恐れた大欽茂は西部国境に大軍を配すと共に、日本の朝廷との連絡を取り事態の対応に当った。 |
| 755年、安禄山軍は唐の東都である洛陽を占拠し、やがて潼関を通過して長安に至った。 |
| これにより玄宗は四川へと逃れたが、一連の戦闘の影響を受け営州地域は乱れ、渤海と唐の交通が寸断される事態となり、この前後4年間、唐側の記録からは渤海入貢の記録は姿を消した。 |
| これに対し唐は地方機関より2度使者を渤海に派遣している。 |
| 最初は756年秋に平盧後(節度使の代行)である徐帰道による使節であり、渤海に対し反乱鎮圧のための兵の出兵を求めるものであった。 |
| この時は徐帰道が唐に背き安禄山に走ったことを知り出兵は見送られている。 |
| また757年には、権知平盧節度使の王玄志が皇帝勅書を奉じて将軍の王進義を派遣した。 |
| 当時玄宗は四川に逃れ、太子の李亨が霊武郡で即位し、長安及び洛陽の回復を計画していた時期に相当し、これに関連した使節派遣であると推察される。 |
| しかしこの際も大欽茂は慎重な態度を取り具体的な行動を起こさなかった。 |
| 安史の乱に際して渤海は反乱軍に呼応することや、混乱に乗じて勢力拡大を行なうことを避け極めて慎重な行動を取り、一貫して唐を支持していた。 |
| これは安史の乱平定後の759年に楊方慶を唐に入朝させ、翌年の正月を賀している行動が一つの傍証と考えられている。 |
| また唐も762年に大欽茂を渤海郡王から渤海国王に変更しており、この事からも渤海と唐の叛乱期間中の良好な関係が推察される。 |
日本との交流
| 大武芸の時代から開始された日本との交流であるが、大欽茂の時代には十数回の使節が派遣され、また使節の規模も大規模なものになった。 |
| 使節派遣当初は安史の乱に関する情報交換があり、また叛乱により帰国が困難になった遣唐使を渤海経由で帰国させるなどの性格があったが、その性格は次第に政治・軍事的なものから、次第に文化・経済的なものへと変質していった。 |
| また国家としての施設派遣以外に、746年には渤海人及び鉄利人千百余人が日本に赴き民間貿易を計画するなど、日本との関係を重視した外交政策を展開していたと推察される。 |
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