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作品提供
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作品提供
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プロフィール
- 大津美子とは
- 人物
- エピソード
- ヒット曲・代表曲
- NHK紅白歌合戦出場歴
- 主な他のシングル
- 歌手以外での活動
大津美子(おおつよしこ、1938年1月20日-)は愛知県豊橋市出身の歌手。桜丘学園高校卒。
人物
| 1953年、キングレコード専属作曲家だった渡久地政信に弟子入り。 |
| この頃は、毎週土曜日に夜行電車に乗り上京し、翌日の昼のレッスンを受け帰郷するという生活を続けていた。 |
| 1955年7月、キングレコードから「千鳥のブルース」でデビュー。 |
| デビュー2ヵ月後の9月に発売した「東京アンナ」が大ヒット。 |
| 「東京アンナ」がヒットしている最中、恩師渡久地がビクターに移籍した。 |
| これにより落胆する大津にキング文芸部長だった町尻量光は、同社作曲家だった飯田三郎を紹介し、以後飯田は大津を指導することになる。 |
| 1956年、師である飯田が作曲し高橋掬太郎が作詞した同名映画の主題歌「ここに幸あり」が空前の大ヒット。 |
| ハワイ、ブラジルなどの多くの日系人の間で今日まで愛唱されている。 |
| NHK紅白歌合戦に7回出場している(詳細は下記参照)。 |
| 1980年、脳動脈破裂(くも膜下出血)により倒れるが、奇跡のカムバックを遂げた。 |
| 1995年から1997年まで社団法人日本歌手協会副会長に選出。 |
| 2005年、歌手生活50周年を迎え、記念のBOXセット「大津美子大全集」を発売。 |
| 「ここに幸あり」「東京は恋人」などの往年のヒット曲をオーケストラとの共演で新録音している。 |
| 2009年12月31日、「第42回年忘れにっぽんの歌」(テレビ東京)に出演。 |
| 2011年1月14日、「懐かしの昭和メロディー」(収録は2010年12月28日、テレビ東京)に出演。 |
| 現在でもそのダイナミックなアルトの歌声は健在で、新曲発売や公演、テレビ出演など精力的に活動を続けている。 |
エピソード
| 2005年に放送された、テレビ東京の昭和歌謡大全集において、司会の玉置宏に「歌手になる前の憧れの歌手は?」と尋ねられ「菅原都々子先生です」と答えている。 |
| 菅原の高音の「泣き節」に感動したという。 |
| 菅原都々子は同じ質問に対して「先輩歌手の中には素晴らしい方が沢山いらっしゃるけれど、誰か一人にしぼることはできません」と答えている。 |
| 「ここに幸あり」は元々、レコード会社の先輩である三条町子が吹き込みを予定していたが、三条がこの時出産のため吹き込みができなくなってしまい、当時新人歌手だった大津にお鉢が回ってきた。 |
ヒット曲・代表曲
| 東京アンナ(55年、当時流行のマンボリズムを取り入れ60万枚突破の大ヒット、シングル3枚目であった)。 |
| ここに幸あり(56年、自身最大のヒット曲にして日本のスタンダードナンバーのひとつである)。 |
| 青い月夜の並木路(56年)。 |
| 流れのジプシー娘(56年)。 |
| いのちの限り(57年)。 |
| 東京は恋人(57年、近年でも度々披露される事が多い曲)。 |
| 純愛の砂(57年)。 |
| 銀座の蝶(58年、リズム演歌を取り入れミリオンセラーとなる)。 |
| 白い桟橋(58年、NHKドラマ主題歌としてヒット)。 |
| 東京ドライブ(58年)。 |
| 空へ帰る人(59年)。 |
| 忘れないで(60年)。 |
NHK紅白歌合戦出場歴
| 第7回(1956年12月31日、東京宝塚劇場) 『東京アンナ』。 |
| 第8回(1957年12月31日、東京宝塚劇場) 『東京は恋人』。 |
| 第9回(1958年12月31日、新宿コマ劇場) 『銀座の蝶』。 |
| 第10回(1959年12月31日、東京宝塚劇場) 『空へ帰る人』。 |
| 第11回(1960年12月31日、日本劇場(日劇)) 『東京ドライブ』。 |
| 第13回(1962年12月31日、東京宝塚劇場) 『忘れないで』。 |
| 第41回(1990年12月31日、NHKホール) 『ここに幸あり』。 |
| このうち、第7回・第8回・第9回・第10回は大津の歌のラジオ中継の音声が現存し、第41回はカラー映像が現存する。 |
| 第8回と第9回は大津の歌唱中の写真も現存する『紅白歌合戦アルバムNHK20回放送のあゆみ』(デイリースポーツ社、1970年)。 |
| 第10回は2009年4月29日放送のNHK-FM『今日は一日“戦後歌謡”三昧』の中で、大津の歌も含め全編が再放送された(音声はモノラル)。 |
| 第9回の大津の歌の音声も、2010年4月29日放送の(前年に続き2度目の)NHK-FM『今日は一日“戦後歌謡”三昧』の中で紹介された(音声はモノラル)。 |
主な他のシングル
| 形見の詩集(昭和30年、デビューから2作目)。 |
| 雨にびっしょり夜の街(昭和32年)。 |
| 大阪の夜(昭和34年)。 |
| ハミングお嬢さん(昭和35年)。 |
| サンパウロ・チャチャ(昭和35年)。 |
| 恋の糸満娘(昭和36年)。 |
| ひとり行く旅なれば(昭和37年)。 |
| 紫川の白い花(昭和38年)。 |
| 東京のクレオパトラ(昭和38年)。 |
| 東京ローレライ(昭和38年)。 |
| 女の風雪(昭和38年)。 |
| かりそめの恋(昭和39年、三条町子のヒット曲のカヴァー)。 |
| 海つばめ(昭和39年、ビクター移籍第一弾、第一回吹込曲)。 |
| 土佐のカルメン(昭和40年、ビクター)。 |
| 美しき愛のかけら(昭和48年)。 |
| 夜霧のハンブルク(昭和54年)。 |
歌手以外での活動
| 徹子の部屋(テレビ朝日)。 |
| 一枚の写真(フジテレビ)。 |
| 魔女はホットなお年頃19話(MBS)。 |
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1938年
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大津 美子(おおつ よしこ)は愛知県豊橋市出... |
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1953年
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キングレコード専属作曲家だった渡久地政信に... |
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