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趙治勲
囲碁のプロ棋士。韓国釜山広域市出身。日本棋院所属。血液型はB型。木谷實九段門下。棋聖8期、名人9期の他、本因坊戦10連覇の偉業により現役のうちから「25世... |
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林海峰
林海峰(りんかいほう、1942年5月6日-)は日本、台湾の囲碁棋士。上海出身、日本棋院東京本院所属、藤田梧郎七段、呉清源九段門下、九段、名誉天元。名人8期... |
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加藤正夫(かとうまさお 1947年3月15日-2004年12月30日)は日本の囲碁棋士。号は「劔正」。同じ木谷實門下の石田芳夫・武宮正樹とともに「木谷三羽烏」「黄金... |
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木谷實
師匠
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小川誠子
囲碁棋士。日本棋院所属。木谷實九段門下。夫は俳優の山本圭。 |
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依田紀基
依田紀基(よだのりもと、1966年2月11日-)は日本の囲碁のプロ棋士。北海道岩見沢市出身。安藤武夫七段門下。1980年入段。1993年九段。名人4期、碁聖6期、NHK... |
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囲碁棋士。本名は藤沢保(たもつ)。その後秀行に改名、本来の名前の読みは「ひでゆき」だが、「しゅうこう」と呼ばれることが多く、「しゅうこう先生」の名... |
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山下敬吾
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河野臨
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高尾紳路
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結城聡
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プロフィール
- 大竹英雄とは
- 経歴
- タイトル歴
- その他の棋歴
- 表彰
- 竹林杯
- 著作
- その他
- 参考文献
- 関連サイト
大竹英雄(おおたけひでお、1942年(昭和17年)5月12日-)は、囲碁棋士。福岡県北九州市出身、日本棋院所属、 木谷實九段門下、九段。名人位4期、世界囲碁選手権富士通杯優勝など。碁聖位連続6期で名誉碁聖を名乗る。厚く味のよい形を好む本格的な棋風で大器、大竹美学と呼ばれる。またNHK杯優勝5回など早碁を得意とし「早碁の神様」、名人戦では挑戦手合通算12回出場などで「名人戦男」などのニックネームを持つ。同年でライバルでもある 林海峰と並んで"竹林"とも称される。2008年から日本棋院理事長、2010年から全日本囲碁連合の会長も務める。
経歴
| 7人兄弟の4番目として生まれ、小学2年の時に父の勤め先の八幡製鉄囲碁同好会を通じて囲碁を学ぶ。 |
| 1951年9歳のときに、福岡県柳川市で行われた呉清源と藤沢庫之助の対局の立ち会い人として来ていた木谷實と九子で試験碁を打って認められ、同年木谷門に入門、翌年日本棋院院生となる。 |
| 1957年に早碁トーナメント戦で初優勝するなど、若手棋戦で活躍。 |
| 1961年五段、内弟子生活から独立する。 |
| 1967年に日本棋院第一位決定戦で坂田栄男に挑戦し、2勝1敗で初タイトルを取る。 |
| 2連覇後に、これが発展した全日本第一位決定戦では、終了までの5期全てでタイトル者となった。 |
| 1975年に木谷門の弟弟子であった石田芳夫に名人戦で挑戦し、4勝3敗で奪取する。 |
| 翌年から朝日新聞主催となった名人戦での3期在位を含め、1980年に趙治勲に敗れるまで6年連続で七番勝負出場。 |
| 1982〜84年には趙治勲に3年連続挑戦、1984年は3連勝後4連敗を喫した。 |
| 全日本第一位決定戦の後継棋戦である碁聖戦では、第1期(1976年)は加藤正夫の挑戦を受け敗れるが、1980年から5連覇して名誉碁聖の資格を得、連覇記録は1985年までの6連覇に伸ばした。 |
| 名人戦に比べて不思議に本因坊戦には縁が薄いと言われていたが、1988年に武宮正樹本因坊に挑戦、3-4で敗れる。 |
| 棋聖戦にも2度挑戦したが、1981年は藤沢秀行に0ー4、1990年には小林光一に1ー4で敗れる。 |
| 1992年には富士通杯に優勝、1993年には応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦の決勝に進むが徐奉洙に2勝3敗で敗れ準優勝、1994年にはテレビ囲碁アジア選手権戦で優勝。 |
| 日中スーパー囲碁では、第2、7、10、11回に日本の主将を務め、第10回には5人抜きした常昊を止めて自らも4人抜きを果たすが馬暁春に敗れ、第11回には常昊に敗れ6人抜きを許した。 |
| 通算タイトル獲得数は48。 |
| 通算成績は1188勝732敗5ジゴ1無勝負(2010年4月時点)。 |
| 門下に西村慶二八段。 |
| 木谷門下の塾頭格として、後輩の指導などでも評価が高い。 |
| 2007年6月から日本棋院副理事長を務めたのち、2008年12月に棋士としては6人目となる理事長に就任した。 |
| 2010年3月に全日本囲碁連合が設立されると会長となる。 |
| 2010年アジア競技大会囲碁チームの監督も務めた。 |
タイトル歴
| 世界囲碁選手権富士通杯1992年。 |
| テレビ囲碁アジア選手権1994年。 |
| 早碁トーナメント戦1957年。 |
| 青年選手権戦1961年。 |
| 新鋭選抜トーナメント戦1962年。 |
| 首相杯争奪戦1965年。 |
| 日本棋院第一位決定戦1967-68年。 |
| NHK杯テレビ囲碁トーナメント1968、71、73、75、94年。 |
| 十段1969、80-81、93-94年。 |
| 全日本第一位決定戦1970、71、73、74、75年。 |
| 達人杯争奪戦1970年。 |
| 早碁選手権戦1974、76年。 |
| 名人(旧)1975年、名人(現)1976、78-79年。 |
| 碁聖1978、80-85年。 |
| 鶴聖戦1981、83、84、87、88年。 |
| NECカップ囲碁トーナメント戦1987、89、96年。 |
| IBM早碁オープン戦1989年。 |
| 竜星戦1991年。 |
| JT杯星座囲碁選手権戦1999年。 |
その他の棋歴
| 応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦準優勝1983年。 |
| 囲碁選手権戦高松宮賞1964年。 |
| プロ十傑戦3位1965、70年。 |
| 王座戦挑戦者1969、83年。 |
| 棋聖戦挑戦者1981、90年、九段戦優勝1978年。 |
| 名人戦挑戦者1982-84、90、92-93年。 |
| 十段戦挑戦者1985年。 |
| 本因坊戦挑戦者1988年。 |
| 大手合第一部優勝1965年。 |
| 1986年0-1(×聶衛平)。 |
| 1995-6年4-1(○常昊、○兪斌、○劉小光、○曹大元、×馬暁春)。 |
| 1996年0-1(×常昊)。 |
| CSK杯囲碁アジア対抗戦。 |
| 2002年0-2(×曺薫鉉、×常昊)。 |
表彰
| 2003年北九州市民文化賞。 |
| 棋道賞最優秀棋士賞1970、75年。 |
竹林杯
| 「囲碁クラブ」及び「碁ワールド」誌上にて1999年から2001年まで、林海峰とともに竹林杯戦を企画、実施。 |
| 主催は1999年は「囲碁クラブ」・「碁ワールド」誌、2000-01年は「碁ワールド」誌。 |
| 1999年、2000年は、精鋭八強戦として、若手選抜棋士8名によるトーナメント、2001年はチーム別・四世代対抗戦。 |
| この2001年第3回には大竹、林も選手として参加し、大竹は決勝で羽根直樹に敗れて準優勝となった。 |
著作
| 『現代花形棋士名局選〈3〉大竹英雄』日本棋院 1975年。 |
| 『親仙徳・大仙知(日本囲碁大系7)』筑摩書房1977年。 |
| 『明解大竹囲碁講座』(全5巻)日本棋院 1977年。 |
| 『定石全科』(全6巻)平凡社 1979年。 |
| 『大竹英雄(上)(下)』(現代囲碁大系35,36)講談社 1980年 。 |
| 『大竹英雄打碁選集(全5巻)』朝日新聞社1984年。 |
| 『基本置碁事典 上・下』日本棋院 1986年。 |
| 『大竹英雄(現代囲碁名勝負シリーズ5巻)』講談社1986年。 |
| 『大竹囲碁直伝シリーズ』(全5巻)日本棋院 1988年。 |
| 『大竹兵法の極意(碁の心発見シリーズ)』日本棋院 2001年。 |
その他
| 川端康成の小説『名人』で本因坊秀哉の対戦相手の大竹七段は木谷實のことで、木谷の弟子である大竹と同姓なのは偶然と思われる。 |
| トレヴェニアン『シブミ』で主人公が師事した大竹七段も同様で、川端作品から取ったものと思われる。 |
| 原尞のハードボイルド小説に登場する私立探偵沢崎は大竹のファンであり、張り込み時などの時間潰し用に、常に大竹の棋書を持ち歩いている。 |
| これは原尞自身が大竹ファンであることによる。 |
参考文献
| 「特集天才大竹英雄のすべて」(『囲碁クラブ』1979年1月号)。 |
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1957年
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早碁トーナメント戦で初優勝するなど、若手棋... |
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1975年
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木谷門の弟弟子であった石田芳夫に名人戦で挑... |
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