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つながりの強いひと
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丸谷才一
山形県出身の小説家、文芸評論家、翻訳家。鶴岡市名誉市民。代表作に『笹まくら』など。結婚後に戸籍上では、妻の苗字(根村姓)に改めた。 |
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日本の歴史家(日本思想史)・東京教育大学名誉教授。文学博士(東京大学)。 |
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日本の歴史学者。東京大学名誉教授。国立歴史民俗博物館初代館長。紫綬褒章受賞者。文学博士。専門は日本古代史(上代日本史)。井上馨の孫に当たる。 |
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南インドのタミル・ナードゥ州に住み、タミル語を話す人々で、インドには約5000万人、スリランカには200万人居住する。移民としては、マレーシア、ミャンマー... |
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江戸時代の国学者・文献学者・医師。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵、自宅の鈴屋(すずのや)にて門人を集め講義をしたこ... |
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特撮テレビドラマ作品の監督・演出家である。岡山県出身。日本大学藝術学部卒業。 |
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「日本における統一国家の出現と大和朝廷の創始が、東北アジアの夫余系騎馬民族の辰王朝によって、4世紀末ないし5世紀前半ごろに達成された」と推論している... |
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日本の言語学者、国語学者。国語辞典などの編纂、方言の研究でよく知られている。文学博士(東京大学、1962年)。栄典は瑞宝重光章・勲三等旭日中綬章・紫綬... |
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時枝誠記
日本の言語学者。文学博士。明治以前の国語学史の検討から、西洋言語学の批判を行い、言語過程説と呼ばれる独自の学説を建設し、これに基づいて形成した国語... |
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プロフィール
- 大野晋とは
- 経歴
- クレオールタミル語説
- 発音・音韻の対応
- 文法の対応関係
- クレオールタミル語説への批判
- 主な著作
- 編著・校注ほか
- 狭山事件脅迫状の鑑定
- 関連サイト
大野晋(おおのすすむ、1919年(大正8年)8月23日-2008年(平成20年)7月14日)は、日本の国語学者。文学博士。東京府東京市深川区(現・東京都江東区)生まれ。学習院大学名誉教授。古代日本語の音韻、表記、語彙、文法、日本語の起源、日本人の思考様式など幅広い業績を残した。特に『岩波古語辞典』の編纂や、日本語の起源を古代 タミル語にあるとしたクレオールタミル語説で知られる。ほかに上代特殊仮名遣の強調、係り結びの倒置説、品詞の割合とジャンルとの関連性を指摘した大野の法則なども知られる。主著は『日本語の起源』『日本語の文法を考える』『日本語の形成』『日本語練習帳』など。
経歴
| 1919年(大正8年)8月23日、東京府東京市深川区に生まれる。 |
| 1932年(昭和7年)、東京開成中学校に入学する。 |
| 1943年(昭和18年)、東京帝国大学文学部国文学科卒(戦時下で繰上卒業)。 |
| 橋本進吉に師事する。 |
| 1947年(昭和22年)、清泉女学院高等学校講師。 |
| 1950年(昭和25年)、学習院大学非常勤講師。 |
| 1952年(昭和27年)、学習院大学文学部助教授に就任し、1960年に教授へ昇進した。 |
| 1962年(昭和37年)、文学博士。 |
| 1966年(昭和41年)、国語審議会委員(3年間)。 |
| 1989年(平成元年)、丸谷才一との共著『光る源氏の物語』を中央公論社より刊行。 |
| 1990年(平成2年)。 |
| 学習院大学を定年退職、同大学名誉教授。 |
| 東洋英和女学院大学教授。 |
| 言語学研究会の初期の会員でもあった。 |
| --ここに書くことではない-->。 |
| 『光る源氏の物語』により、芸術選奨文部大臣賞を受賞。 |
| 1994年(平成6年)『係り結びの研究』で読売文学賞受賞。 |
| 1999年(平成11年)、『日本語練習帳』が190万部を超えるベストセラーに。 |
| 同年、井上靖文化賞受賞。 |
| 2008年(平成20年)7月14日、心不全のため、東京都文京区の順天堂大学医院に於いて逝去。 |
クレオールタミル語説
| 大野晋はインド南方やスリランカで用いられているタミル語と日本語との基礎語彙を比較し、日本語が語彙・文法などの点でタミル語と共通点をもつとの説を唱えるが大野晋(1987)『日本語以前』(岩波新書)などを参照。 |
| 研究の集大成として、大野晋(2000)『日本語の形成』(岩波書店)を参照。 |
| 、比較言語学の方法上の問題から批判が多い#クレオールタミル語説への批判節参照。 |
| 後に大野は批判をうけ、系統論を放棄し、日本語はクレオールタミル語であるとする説を唱えた。 |
| 大野はオックスフォード『ドラヴィダ語語源事典』ADravidianEtymologicalDictionary,EmeneauandBurrow,Oxford,1961.(邦訳田中考顕監修、きこ書房、2006年)を参照するうち(大野はタミル語を話せなかった辛島昇「日本語=タミル語起源説についての私見」UP4月号東京大学出版会1981)、のちマラヤーラム語、カンナダ語、テルグ語などのドラヴィダ語のうちとりわけタミル語との対応が著しいことにきづいた。 |
発音・音韻の対応
| 北インドの多くの言語が三母音(サンスクリット等で母音/半母音として扱われるrやlを除いて)を基礎としており、またヒンディー語等ではe、oが常に長母音として扱われるのに対して、タミル語の基本はa,i,u,e,oの五母音であり、それに長短の別と二重母音(aiとau)が加わることで計12の母音を区別する。 |
| また子音は有気音と無気音を区別しない他、有声音(日本語で言う濁音)と無声音(同じく清音または半濁音)の間の対立もない。 |
| ただ単語の先頭や同子音が重なった場合に無声音、単語の中途、同系の鼻音の後などに有声音で発音される傾向があり、これらの点は日本語の連濁と相似である。 |
| 日本語との差異は、日本語で「ラ行」にあたる音、英語を含む西洋語ならrやlの流音に相当する音に、五種の区別が存在することこれはタミル語に固有の特徴である、また、反舌音(舌の先を硬口蓋まで反らせて発音する一連の子音)があるこれは他のインド系言語にも共通する特徴である。 |
| 大野説のうち、その根幹にあるのが音韻複合対応に関する対応関係の分析であり、大野は音韻複合対応表をつくっている大野晋『日本語の源流を求めて』岩波書店、2007年、pp44-46。 |
| 以下、概要を記す。 |
| タミル語と日本語間の音韻の複合対応については、タミル語内部にa/i、a/u、k/v、v/p、v/m(音価省略などの交替形が併存する。 |
| そうすると、たとえばタミル語ca-に対し、日本語sa-、si-双方の対応が考えられ、またタミル語ka-に対し、日本語ka-、ha-(タミル語va-より日本語pa->fa->ha-対応)双方の対応が考えられる。 |
| 同時にタミル語/v/は日本語/w/との対応も考えられる。 |
| 更には日本語においても「さびしい」と「さみしい」など唇音同士の交替、また「ほどろ」と「はだら」などの交替がある上に、原初の日本語の音韻などを保存していると見られる古代東国方言では「こころ」を「けけれ」と言うなど、活発な交替がみられる。 |
| こうしてタミル語内部の交替に影響された音韻対応が見られる。 |
| またタミル語neriという名詞には |
| 他方、日本語noriは |
| 法度、(2)方法。 |
| 例「そのマジナイやむる法(ノリ)を定む」(神代紀)、(3)教化。 |
| 例「わが風(ノリ)を万国に光(てら)すこと」(継体紀)、(4)仏法、仏の教え。 |
| 例「仏にあひ奉りてノリを聞くべし」(宇津保物語)、(5)里程。 |
| 例「道のノリ5里なり」(日葡辞典)。 |
| 道の「歩み」という意味、(6)伸(の)り(刀の反りのこと)。 |
| 建築・土木で、垂直を基準にした傾斜の度合。 |
| また、その傾斜した面。 |
| ]という意味がある。 |
| タミル語のner-iの意味(1)〜(6)は、日本語nor-iの意味(1)〜(6)に完全に対応するのである。 |
| この場合、タミル語-e-はその古形-a-からa/o対応したと考えられる |
| こうしてタミル語と日本語の多義語の間には偶然以上の合致が多く認められる。 |
| 更には、たとえば倭迹迹日百襲姫(ヤマト・トト・ヒ・モモソ・ヒメ)のような日本の神の名もタミル語で解読できる事例もある。 |
| タミル語でツタや蛇瓜の意味を持つ語が日本語では蛇となっている例が多いところから、タミル語で蛇瓜を意味するtatt-anは列島内でtotoに変化し「ヘビ」を意味し、またタミル語maimai |
| この上代東国方言は、元中央語であった音韻を含んでいる可能性があるので上代では「ももそ」となる、倭迹迹日百襲姫は、ヤマトの「toto(ヘビ)霊を崇拝する姫」ということになる。 |
| そして倭迹迹日百襲姫は日本神話上、ヤマトの蛇巫(へびふ)とされているので、それにふさわしい神名となる。 |
| もっともこうした対応は、系統論的観点からは認められない |
| 音韻複合対応の要因については、日本列島にフィリピンや台湾、朝鮮半島と同様に、複数の異言語話者がいたことが考えられる。 |
| たとえば隼人は明らかにヤマト言葉とは異なる言語の話者であったとされる大野は隼人の「吠声」というのは、隼人がヤマト言葉とは異なる言語を話していて、それが犬の吠えたような言葉であったので、吠声と記述したと推定する。 |
文法の対応関係
| 古典タミル語と古典日本語の文法構造の共通性には以下がある大野晋『日本語の源流を求めて』岩波書店、2007年、p.81。 |
| 語順(ともに主語―目的語―動詞―助動詞―助詞)。 |
| 語順は日本語と同様、SOV型。 |
| OSV型となる場合もあるが、動詞に接辞をつけて文相当の意味を持たせる場合はSOVが基本。 |
| ただし、マラヤーラム語と同様に、主部だけが文末に来るOVS型も少なからず用いられる倒置表現とされる場合もあるが、新聞等にも見られ、修辞技法として意図されていないことが明らかとなっている。 |
| 複文を作るための関係詞はなく、日本語と同じく「水を-飲む-人」、「私が-見た-物」という順でつなげばよい。 |
| ただし、文芸作品ではサンスクリット語の影響を受けた関係節表現が見られるたとえば、サンスクリット語の「यथा・・・तथा・・・」の構文に従い、「எப்படி・・・அப்படி・・・」と表現するような実例がある。 |
| 格を表すのにも日本語の助詞に相当する接尾辞が用いられる。 |
| また日本語の「こ・そ・あ・ど」にちょうど相当する4種の接頭辞''i''、''u''、''a''、''e''がある。 |
| ''vaḻi''「道」に対して、''ivvaḻi''「この道」、''uvvaḻi''「その道」、''avvaḻi''「あの道」、''evvaḻi''「どの道」。 |
| ほか、和歌の五七五七七韻律の形式についても、中国にも朝鮮にもそれがないが、約二千年前のタミルに「サンガム」という歌集があり、それが同じ形式をもっていたと大野は指摘する大野晋『日本語の源流を求めて』岩波書店、2007年、p.88-99。 |
| タミル言語学者のアゲスティアリンガム教授はタミルの韻律は特殊であったと考えていたが、この構造的対応に驚いたという同書、99頁。 |
| なお、『日本語の起源 新版』岩波新書・1994年で大野晋は、タミル文化圏から日本への文化移入に、五百年のタイムラグを伴っていることを示している(同書P.114)が、近年、放射年代測定の進展によって日本の弥生時代が五百年遡る可能性が出てきた。 |
| つまり、農業、宗教祭祀、金属器とそれらに伴う言語・詩歌などの文化が、両地域にほぼ同時期に伝えられていたとする大野説を補強する可能性が示唆された。 |
| 2004年、大野晋は『弥生文明と南インド』岩波書店を著し、言語のみならず総合的な文明の移入、朝鮮語を加えた三者の関連といった点を重点に論じている。 |
| ほか大野は、タミル人は日本に行くと良質の真珠が採れる、という話を聞き、日本に赴いて真珠を採取し、あるいは日本列島の現地人を用いて真珠を採取せしめた結果、現地でピジン・クレオール語が生じた、とする説を示した2006年、大野晋/金関恕編『考古学・人類学・言語学との対話…日本語はどこから来たのか』(岩波書店)。 |
クレオールタミル語説への批判
| 比較言語学者の風間喜代三による批判(1983)。 |
| 大野1981年『日本語とタミル語』新潮社に対し、風間喜代三は批判を行った1983年『東京大学公開講座ことば』(東京大学出版会)の「ことばの系統」の項目。 |
| その後、比較言語学者やタミル語学者を始めとしたほとんどの言語専門家は、大野の説に批判的である。 |
| 2000年の『日本語の形成』において大野は、音韻、語彙、文法の三点において、日本語はクレオールタミル語であるという説を提出した。 |
| 家本太郎・児玉望・山下博司・長田俊樹「「日本語=タミル語同系説」を検証する―大野晋『日本語の起源新版』をめぐって」(1996)『日本研究(国際文化研究センター紀要)』13/大野晋(1996)「「タミル語=日本語同系説に対する批判」を検証する」『日本研究』15/山下博司(1998)「大野晋氏のご批判に答えて―「日本語=タミル語同系説」の手法を考える」『日本研究』17。 |
主な著作
| 『上代仮名遣の研究 日本書紀の仮名を中心として』岩波書店、1953年。 |
| 『日本語の起源』岩波書店(岩波新書)、1957年。 |
| 発行部数26刷、約35万部(2000年時点)「ロングセラーの周辺『日本語の起源』大野晋著 タミル語説、豊富な証拠」『読売新聞』2000年11月4日付東京夕刊、4頁。 |
| 『日本語の年輪』新潮社(新潮文庫)1966年。 |
| 日本語の文法について、日本における文法という学問の在り方についての考察。 |
| 『日本語の成立 日本語の世界1』中央公論社、1980年。 |
| 『日本語とタミル語』新潮社、1981年。 |
| 『日本語の世界』朝日新聞社「朝日選書484」、1993年。 |
| 『古典文法質問箱』角川書店(角川文庫ソフィア)、1998年。 |
編著・校注ほか
| 『萬葉集一〜四』岩波書店、日本古典文学大系1〜4、1957〜62年。 |
| 丸谷才一との対話『光る源氏の物語』上下巻、中央公論社 1989年/中公文庫上下 1994年。 |
| 『日本・日本語・日本人』 新潮社(新潮選書)、森本哲郎・鈴木孝夫との鼎談。 |
狭山事件脅迫状の鑑定
| 1963年5月に発生した、埼玉県狭山市における女子高校生誘拐殺人事件(いわゆる狭山事件)の検察側証拠として提出された脅迫状について、東京高裁控訴審と第2次再審請求の2度にわたり筆跡鑑定を行い、脅迫状の筆跡及び文章が逮捕時の被告の稚拙な日本語能力では不可能なものであると分析し、事件を冤罪であると断じた『日本語と世界』(1989年、講談社学術文庫)参照。 |
| 正式には狭山事件の検察側証拠として提出された脅迫状について、東京高裁控訴審と第2次再審請求の2度にわたり鑑定を行い、脅迫状の筆跡及び文章が(逮捕時の被告の稚拙な日本語能力では不可能かも知れない)と分析、決定的に(本人ではない)と断言したものではない。 |
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1960年
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教授へ昇進した |
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1963年
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発生した、埼玉県狭山市における女子高校生誘... |
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