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つながりの強いひと
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フランク・ロイド・ライト
アメリカの建築家。アメリカ大陸で多くの建築作品があり、日本にもいくつか作品を残している。ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代... |
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吉原正
日本の建築家。中村順平のボザール教育を受け、同級の松本陽一と親交をもつ。鹿島建設時代に、天野太郎や樋口清と親交をもち、天野がフランク・ロイド・ライ... |
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石川真生
★石川真生さん (フリー)(写真)
1953年沖縄県生。高校生時の復帰運動の中、「沖縄」を記録するためにカメラマン... |
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増沢洵
東京都生まれの日本の建築家で、1952年発表の自邸吹抜けのある家『最小限住居』などで著名。 |
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小山登美夫
小山登美夫(小山登美夫ギャラリー株式会社代表取締役社長) 1963年東京生まれ。1987年東京芸術大学芸術学科卒業。西村画廊,白石コンテンポラリーアートを経... |
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後藤繁雄
日本の編集者・クリエイティブディレクター、京都造形芸術大学教授。大阪府生まれ。「独特編集」をモットーに、写真集、アートブックを数多く制作。坂本龍一... |
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遠藤新
日本の建築家。フランク・ロイド・ライトに学び、そのデザイン・空間を自己のものとして設計活動を行った。 |
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木幡和枝
日本の芸術評論家、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授。東京都生まれ。上智大学新聞学科卒業後、工作舎の編集者。1970年代より美術、音楽、ダンスのプ... |
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武藤章
昭和の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。極東国際軍事裁判(東京裁判)で唯一中将として絞首刑判決を受けた。 |
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長谷川祐子
長谷川祐子(はせがわゆうこ)日本のキュレーター、美術評論家。現在、東京都現代美術館チーフキュレーター、多摩美術大学美術学部芸術学科特任教授。 |
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佐藤直樹
佐藤直樹(さとうなおき、1961年-)はグラフィックデザイナー・アートディレクター。東京都生まれ。獅子座、AB型。北海道教育大学卒業後、信州大学研究生とし... |
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野沢正光
芸大の恩師・奥村昭雄と共に当初より研究開発に携わり、実践している。OM研究所の所長就任後は、PADEC/OM(パッシブデザインコンサルタント)部門を立ち上... |
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樋口清
日本の建築家で、フランク・ロイド・ライトなどの著作を訳している。 |
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高橋明也
日本の美術史家、三菱一号館美術館初代館長。東京都出身。東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。ドラクロワやマネを中心とする19世紀フランス美術史専... |
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奈良美智
青森県弘前市出身の画家・彫刻家。世界的に評価されているポップアート作家で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やロサンゼルス現代美術館に作品が所蔵さ... |
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山野真悟
(財)福岡市文化芸術振興財団「ギャラリーアートリエ」の企画運営に従事。「横浜トリエンナーレ2005」のキュレーターも務める。黄金町バザールでは、ディレ... |
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川俣正
北海道三笠市出身の芸術家、造形作家。作品は日本のみならず、世界各国で展開されている。作品制作スタイルについては、ワーク・イン・プログレスと呼ばれる... |
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芹沢高志
芹沢 高志著 税込価格:(本体 : ) 出版 : 毎日新聞社 サイズ : 21cm / 238p ISBN : 4-620-31278-9 発行年月 : 1999.1 利用対象 : 一般 出荷可... |
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高嶺格
高嶺格 たかみねただす ( アート ) 編集 注目の求人情報 [求人] 株式会社遊美堂への正社員転職 募集内容:芸術家を全面サポートする【アートコーディネー... |
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プロフィール
- 天野太郎とは
- 生涯
- 略歴
- 作品
- 文献
- 関連人物
- 天野太郎に師事した人物
- 関連サイト
天野太郎(あまのたろう、1918年7月27日-1990年11月15日)は、日本の建築家。 フランク・ロイド・ライトに学び、工学院大学、東京芸術大学で教鞭をとりながら、 吉原正、 武藤章らと設計活動を行った。
生涯
| 1918年広島県呉市生れ。 |
| 第一早稲田高等学院を経て1942年、早稲田大学理工学部建築学科入学。 |
| 在学中会津八一に師事し、大竹十一、小堀鐸二、円堂政嘉らと親交を持つ。 |
| 卒業後に鹿島建設設計部に入社し、目白ヶ丘教会の設計のため遠藤新建築創作所に樋口清、吉原正らと出向する。 |
| 遠藤新の薫陶を受け、1952年に遠藤の師であるライトの下に遊学する。 |
| その他に、鹿島建設に顧問でいた吉田鉄郎の影響も受ける。 |
| 1955年には工学院大学建築学科助教授となり、教育の傍ら吉原正、武藤章(建築家)とともに設計活動を始める。 |
| 1962年に、吉田五十八が退官した東京藝術大学に招聘され、教鞭をとりながらキャンパス計画を指揮する。 |
| 1966年にパーキンソン病が発症し、1980年ごろには、入退院を繰り返すことになり、1990年に心不全を伴い死去。 |
| 「音羽の家」や「新花屋敷ゴルフクラブ」に代表されるような初期の作品には、ライトの影響がみられるが、「武蔵嵐山カントリークラブ」の頃には、アルヴァ・アールトの影響が読み取れるながらも、模倣には終わらない天野らしさを感じさせるヒューマンでのびやかな建築を創作している。 |
| 後期の作品では、東京芸術大学のキャンパス計画にみられるような、周辺の環境に呼応した空間を持つモダニズムのデザインにまで発展している。 |
| 日本の伝統的な建築空間を評価して、生活や社会に即した建築が建てられる環境とどうあるべきかを考察し、戦後のモダニズムを昇華させようと努めた。 |
| また、天野研究室や天野吉原設計事務所から多くの建築家を輩出し、教育者としての側面ももっていた。 |
略歴
| 1945年早稲田大学理工学部建築学科卒業。 |
| 1945年~1956年鹿島建設設計部。 |
| 1949年~1951年遠藤新建築創作所。 |
| 1952年~1953年F.L.ライトファウンデイションの奨学金を得て、F.L.ライト事務所タリアセン。 |
| 1953年米国視察の後、帰国。 |
| 1955年~1962年工学院大学建築学科助教授。 |
| 1959年有限会社 天野太郎研究室開設。 |
| 1961年トルコ・アンカラ中近東工科大学建築学科客員教授。 |
| 1961年文部省海外研究員として欧州建築事業視察の後、帰国。 |
| 1962年~1964年東京芸術大学美術学部建築学科助教授。 |
| 1964年東京芸術大学美術学部建築学科教授。 |
| 1965年日本建築学生会議主催コンペ審査員。 |
| 1967年天野太郎研究室から天野・吉原設計事務所に改称。 |
| 1983年東京芸術大学美術学部建築学科名誉教授。 |
| 1990年従四位勲三等瑞宝章。 |
| 1990年11月15日 心不全のため逝去(72歳)。 |
作品
| 中田・天野邸(1951東京・椎名町現存せず)。 |
| 上村邸(1953東京・上馬現存せず)。 |
| 児島洋紙店(1955福岡・博多現存)。 |
| 音羽の家(石川六郎邸1955現存せず)。 |
| 大岡昇平邸書斎(1957神奈川・大磯)。 |
| 福田恆存邸増改築(1958神奈川・大磯)。 |
| 河井病院(1958東京・西落合現存)。 |
| 新花屋敷ゴルフクラブハウス(1959兵庫・宝塚現存せず)。 |
| 日本オルガノ商会本館(1959東京・本郷現存)。 |
| 武蔵嵐山カントリークラブ(1961埼玉・嵐山現存)。 |
| 松原の家(黒澤明邸1961東京・松原現存せず)。 |
| 親子の家(1962東京・松原現存せず)。 |
| 成城の家(山本勉邸1962東京・成城現存)。 |
| 館山国民休暇村(1963千葉・館山市現存せず)。 |
| 東京芸術大学音楽練習教室(1963東京・上野)。 |
| 東京芸術大学図書館(1964年東京・上野現存docomomo145選)。 |
| 小堀鐸二邸(1964年京都北区現存)。 |
| 川口章邸(1965年東京・杉並現存)。 |
| 研究学園都市開発事務所(1966茨城・筑波現存せず)。 |
| 白川邸(1967神奈川・藤ヶ丘現存)。 |
| 新保邸(1967東京・保谷現存)。 |
| 東京芸術大学絵画棟(1968東京・上野現存docomomo145選)。 |
| 永野邸(1968東京・北沢現存)。 |
| 旭川神楽岡ニュータウン基本計画(1970北海道・旭川現存)。 |
| ホテル長野国際会館(1970~1977長野・長野一部現存)。 |
| 東京芸術大学彫刻棟(1971東京・上野現存docomomo145選)。 |
| 内田邸(1971東京・国分寺現存)。 |
| 旭川文化会館基本設計(1973北海道・旭川現存)。 |
| 東京芸術大学中央棟(1973東京・上野現存)。 |
| 深沢邸(1973神奈川・藤が丘現存)。 |
| 増田邸(1974東京・三鷹現存せず)。 |
| 若林本社ビル(1976東京・一番町現存)。 |
| ホテル長野国際会館(1977長野・長野現存)。 |
| 和気邸(1978神奈川・横浜市現存)。 |
文献
| 『フランク・ロイド・ライト』(天野太郎・樋口清・生田勉彰国社1954)。 |
| 雑誌新建築6「音羽の家」天野太郎 (新建築社1956)。 |
| 『造形に関する試論並びにひとつのPROJECT』天野太郎・武藤章(工学院大学研究報告06 1957)。 |
| 雑誌新建築1「建築について」天野太郎・武藤章・樋口清(新建築社1958)。 |
| 『L'Architectured'Aujourd'hui6111』新花屋敷ゴルフクラブハウス 1961。 |
| 雑誌新建築11「東京芸術大学附属図書館・収蔵庫」天野太郎・茂木計一郎・平島二郎 (新建築社1965)。 |
| 『フランク・ロイド・ライト1』(天野太郎・浦辺鎮太郎・二川幸夫美術出版社現代建築家シリーズ1967)。 |
| 『現代日本建築家全集13生田勉・天野太郎・増沢洵』(栗田勇監修三一書房1972)。 |
| 雑誌住宅建築7特集天野・吉原設計事務所の仕事(建築思潮研究社1979)。 |
| 雑誌住宅建築12天野・吉原設計事務所(建築思潮研究社1981)。 |
| 『有機的建築の発想―天野太郎の建築』(吉原正編建築資料研究社2001)。 |
| 『ケンチクカ』-芸大建築科100年建築家1100人- 東京藝術大学記念誌編集委員会(建築資料研究社)。 |
関連人物
| フランク・ロイド・ライト(建築家)。 |
| 会津八一(歌人、美術史家、早稲田大学名誉教授)。 |
| 遠藤新(建築家)。 |
| 吉田鉄郎(建築家、逓信省営繕課、日本大学教授)。 |
| 大竹十一(建築家、梓設計創始者、U研究室創始者)。 |
| 小堀鐸ニ(構造家、京都大学名誉教授、鹿島建設副社長)。 |
| 円堂政嘉(建築家、エンドウアソシエイツ)。 |
| 石川六郎(鹿島建設7代目社長)。 |
| 吉田五十八(建築家、東京芸術大学名誉教授)。 |
| 吉村順三(建築家、東京芸術大学名誉教授)。 |
| 山本学治(建築史家、東京芸術大学教授)。 |
| 増沢洵(建築家)。 |
| 茂木計一郎(東京芸術大学名誉教授)。 |
| 奥村昭雄(東京芸術大学名誉教授)。 |
| 遠藤楽(建築家)。 |
天野太郎に師事した人物
| 武藤章(建築家)(工学院大学教授)。 |
| 山下司(建築家)(工学院大学名誉教授、キャンサス大学客員教授)。 |
| 中村寛一(建築家)。 |
| 南迫哲也(工学院大学名誉教授)。 |
| 北澤興一(レーモンド建築設計事務所、建築家)。 |
| 深沢俊一(建築家)。 |
| 小井田康和(小井田康和設計室、建築家)。 |
| 中間荘介(建築家、日本設計専務、東急設計コンサルタント)。 |
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