| 5歳から小学5年生の頃までピアノを習い、音楽に触れるようになる。 |
| 10歳の時に初めて作詞を行う。 |
| 高校時代より音楽から離れ、演劇に没頭する。 |
| 大学1年生のとき、ギターを入手し、再び音楽を始める。 |
| クラブやバー、ストリートなどで歌う日々を送る。 |
| 地方CMのBGMを作る仕事が舞い込むが、扁桃炎にかかり、音楽活動を半年間休止する。 |
| 喉が完治し、オーディション活動をし始めた矢先、友人に貸していた自身のデモテープが音楽プロデューサーの戸倉弘智の手に渡り、デビューが決定する。 |
| 4月1日、天野月子名義で、シングル「箱庭〜ミニチュアガーデン〜」を音倉レコードよりオフィシャルサイト予約受注限定で先行発売し、インディーズデビュー。 |
| 11月7日、シングル「菩提樹」でポニーキャニオンよりメジャーデビュー。 |
| この年はシングル4枚を発売。 |
| 4月にはTOYOTAがプロデュースするCM音楽オーディション『TOYOTAMUSICNATION2001』でグランプリを受賞し、自身が本人出演した同社のCMも放映された。 |
| 10月には初のワンマンライブを行った。 |
| 6月5日、初のアルバム『SharonStones』を発売。 |
| 12月4日、2枚目のアルバム『MegLion』を発売。 |
| この年はシングル4枚、アルバム2枚、映像作品2本を発売。 |
| 多くのライブイベントに出演する他、10月には昭和音楽大学で初の学園祭ライブも行った。 |
| 11月12日発売のシングル「蝶」はテレビゲームの主題歌に起用され、ロングセールスとなった。 |
| 1月21日、3枚目のアルバム『天龍』を発売。 |
| 3月3日、カップリングベストアルバム『WINONARIDERS〜月の裏側〜』と、初のPV集『V』を同時発売。 |
| この年はシングル2枚、アルバム2枚、映像作品2本を発売。 |
| 11月3日発売のシングル「イデア」は初のアニメ主題歌に起用された。 |
| 9月21日、4枚目のアルバム『AMOON CHILDINTHESKY』を発売。 |
| この年はシングル2枚、アルバム1枚を発売。 |
| 音楽雑誌以外にも、7月からはファッション雑誌『KERA』(インデックス・コミュニケーションズ社刊)にも取り上げられるようになる。 |
| 5月31日、シングル「烏」「梟」「ウタカタ」「風船」「混沌-chaos-」の5作品を同時発売。 |
| 11月15日、初のベストアルバム『デラックスカタログ』『カタログ』、および5周年記念DVD『5-five-』の3作品を同時発売。 |
| この年はシングル5枚、アルバム2枚、映像作品1本を発売。 |
| デビュー5周年を迎えることを記念し、『ゴネンジャー』企画として作品発表やライブを行った。 |
| 特にシングル5枚同時発売企画は、日本の音楽史上初めての試みとなった。 |
| また、同年末を以ってポニーキャニオンとの契約を終了し、再びインディーズへ活動の場を移すこととなった。 |
| 3月14日、インディーズ回帰後初のシングル「Howling」を先行発売。 |
| 7月23日、2枚目のカップリングベストアルバム『ウマ・サーモン』を発売。 |
| 9月1日、SMAプレイヤーズに所属。 |
| この年はシングル1枚、アルバム1枚を発売。 |
| ALUNCHとしても作品発表やライブを行った。 |
| 4月25日、初のライブアルバム『アマフェスリポート2007』を発売。 |
| 8月1日、年内をもって歌手としての活動を停止することを発表。 |
| 他アーティストへの楽曲提供を主とした音楽家活動は継続する。 |
| 9月3日、5枚目のアルバム『ZERO』を発売。 |
| 11月24日、ラストライブ『R.T.Z.』を開催。 |
| 歌手活動停止前最後の作品となるインディーズベストミニアルバム『NOiSE』を発売。 |
| この年はシングル2枚、アルバム3枚を発売。 |
| 同年をもって「天野月子プロジェクト」を終了する。 |
| 1月1日、天野月名義に改名し、イラストレーターとしての活動を開始する。 |
| 3月14日、自身のオンラインアトリエとして『メルヘンロック工房』がMySpaceにて開設される。 |
| この年は映像作品5本(いずれも天野月子名義)を発売。 |
| 作家として他アーティストへ楽曲提供を行う傍ら、デザイナーとしてもMySpaceやEARTHSHAKERとのコラボレーションで作品を発表した。 |