19584
19780
220414
%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E4%B9%85%E9%9B%84
%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E4%B9%85%E9%9B%84
%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E4%B9%85%E9%9B%84
%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E4%B9%85%E9%9B%84
%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E4%B9%85%E9%9B%84
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
関連商品
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
渥美清
日本の俳優。本名、田所康雄(たどころやすお)。愛称は、寅さん、風天(俳号) |
|
|
山田洋次
大阪府豊中市出身の映画監督、脚本家。日本芸術院会員。川島雄三、野村芳太郎の助監督を経て、1961年に『二階の他人』でデビューする。以降、『男はつらいよ... |
|
|
倍賞千恵子
日本の女優、歌手。愛称は「チコちゃん」。倍賞美津子は実妹。弟は猪木事務所社長の倍賞鉄夫と日大三高甲子園準優勝時のメンバーで日産自動車野球部元監督の... |
|
|
三崎千恵子
東京府北豊島郡西巣鴨町(現:豊島区)出身の女優。東洋高等女学校卒。夫は俳優の宮阪将嘉。 |
|
|
前田吟
日本の俳優。本名は前田信明(まえだのぶあき)。マエダ企画所属。『男はつらいよ』『渡る世間は鬼ばかり』などで広く知られている。次男は俳優の前田淳、四... |
|
|
佐藤蛾次郎
日本の俳優。本名は佐藤忠和(さとうただかず)。大阪府高石市出身。 |
|
|
山本直純
日本の作曲家、指揮者。東京都出身。作曲家の山本正美は妻、作曲家の山本純ノ介は長男、チェリストの山本祐ノ介は二男。父は作曲家で指揮者の山本直忠という... |
|
|
森川信
昭和時代に活躍した俳優・コメディアン。本名は、森川義信。元妻は女優の水戸光子。「男はつらいよ」の初代おいちゃん役の俳優として現在ではよく知られてい... |
|
|
高羽哲夫
日本のカメラマン。福島県河沼郡湯川村出身。福島県立会津中学校(旧制)卒業。1948年、松竹に入社。映画カメラマンとして主に山田洋次監督とコンビを組み、... |
|
|
下條正巳
日本の元俳優。釜山で生まれ育ち、その後長崎県壱岐に移住。釜山第一商業学校卒業。下條正巳の表記も用いられたが、本名の正式な表記は下絛正巳であり、こち... |
|
|
朝間義隆
脚本家、映画監督。宮城県仙台市に生まれ、上智大学文学部を卒業後、松竹大船撮影所演出助手室に入社。山田洋次監督に師事し、『男はつらいよ』シリーズや『... |
|
|
志村喬
兵庫県朝来市出身の俳優。本名は島崎捷爾(しまざきしょうじ)。黒澤明監督のほとんどの作品に出演、また『ゴジラ』を始めとして多くの特撮映画に出演。実兄... |
|
|
美保純
美保純(みほじゅん、1960年8月4日-)は女優。本名、曽根ちよ美(そねちよみ)。静岡県静岡市葵区出身。身長158cm。血液型はA型。 |
|
|
桃井かおり
日本の女優。東京都世田谷区出身。本籍地は長野県佐久市。称号はフランス共和国のボージョレーワイン委員会とフランス食品振興会認定コンパニヨン・デュ・ボ... |
|
|
高倉健
日本の俳優・歌手である。本名は小田剛一(おだごういち)。愛称は健さん。2006年度文化功労者。日本を代表する映画スターの一人で、半世紀にわたり活躍して... |
|
|
下絛正巳
宗教を利用して儲けようとする司馬(北野武)や呉(岸部一徳)のほか、本気で教祖( 下絛正巳 )を崇め教義を信じている駒村(玉置浩二)のような純粋な人が... |
|
|
プロフィール
- 太宰久雄とは
- 来歴・人物
- エピソード
- 映画
- テレビドラマ
太宰久雄(だざいひさお、1923年12月26日-1998年11月20日)は、俳優。東京市浅草区(現・東京都台東区浅草)出身。映画「男はつらいよ」シリーズのタコ社長(桂梅太郎)役で有名な俳優である。同映画において 渥美清演じる 車寅次郎との掛け合いは、映画の見所のひとつであった。
来歴・人物
| 浅草の海苔問屋の息子として生まれる。 |
| タコ社長役で見られた髪型は、父・久吉をモデルにしたもので、当時の浅草の海苔問屋の商人たちの間で流行っていた髪形であるといわれている(あのように、独特のウェーブは魚の鯔の背中の姿を模しているから、イナセと呼ばれる江戸時代に流行ったスタイルでもあった)。 |
| 中学時代、軍事教練で、間近で機関銃を撃たれ耳が少々悪くなる。 |
| それ以来声が他人より一オクターブ高くなってしまった。 |
| それはコンプレックスでもあったが、後に俳優として活きることにもなる。 |
| 元々俳優志望ではなく、昭和第一商業学校(現・昭和第一高等学校)を経て日本大学商学部を中退後、実家の海苔問屋を手伝った時期もあり、いずれは家業を継ぐつもりであったが、東京大空襲で店が全焼。 |
| 戦後の1946年、生活の道を求めてNHK東京放送劇団に入団。 |
| 独特の高い声を活かしラジオの声優として活躍。 |
| この頃に三崎千恵子など、後の「男はつらいよ」シリーズで共演する人たちと知り合う。 |
| 役者としてステップアップするために、清水の舞台から飛び降りたつもりで1955年フリーに。 |
| その後、黎明期であったテレビで活躍する一方、映画にも進出。 |
| 1965年、フランク・シナトラ監督主演の日米合作映画「勇者のみ」での演技が高く評価される。 |
| 1966年には渥美清演じるドラマ「泣いてたまるか」に出演し、掛けあいの面白さが注目される。 |
| 後に、渥美の代表作「男はつらいよ」シリーズで「とらや」の裏で印刷工場を営む、気は短く一言多いがどこか憎めないタコ社長の役で全48作全てに出演し、渥美演じる寅次郎との掛けあいのシーンは、映画館やお茶の間を爆笑の渦に巻き込んだ。 |
| また、山田洋次作品常連として、「男はつらいよ」以外の数々の作品にも出演している。 |
| プライベートでは1970年に前夫人・女優小野舜子を癌で亡くし、三崎千恵子の紹介で知り合った雅子夫人と1977年に再婚。 |
| 1987年頃からは仕事上のストレスによる飲みすぎから糖尿病との闘病が続き、「男はつらいよ」も含め、メディアの露出も控え気味だった。 |
| 1996年7月、糖尿病による視力障害の検査で病院に訪れた際に癌が見つかり告知された。 |
| 入院中だった同年8月、渥美清が死去。 |
| 同年の8月13日に開かれた「寅さんとのお別れの会」に出席した後は見舞いも断っていたという。 |
| (このような経緯もあり同年公開の虹をつかむ男に出演オファーはあったが断念している)。 |
| 1998年11月20日、胃癌により東京大学医学部附属病院分院にて死去。 |
| 生者は死者のため煩わらさるべからず。 |
| 平成9年2月26日 太宰久雄』という夫人宛の遺言と共に、その死が公表されたのは10日後。 |
| 三崎千恵子に「このまま伏せておくのはどうかしら」と言われた雅子夫人が松竹に相談してのことだった。 |
| (ちなみにこの遺言は、公表翌日の朝日新聞「天声人語」などで取り上げられ、死のあり方について一石を投じた)。 |
エピソード
| 映画「男はつらいよ」で共演した俳優の前田吟によれば、大変シャイな性格で、人前で話したり演技するのは実は苦手だった。 |
| そして、大変な苦労人であり、努力家であった。 |
| フリーになってから数年は試行錯誤の時代だったらしく、一時は肩書きを「コメディアン」としていた。 |
| 独特の髪型は自分でバリカンで刈っていた。 |
| ちなみにタコ社長以前は本人曰く「流れるような長髪」だった。 |
| 本物の社長のように分厚い財布を所持していたが、中身は全て千円札。 |
| これは買い物の際、一万円札だとお店の人がお釣りに困るからという心遣いからだった。 |
| 再婚までの間は息子達のため家事一切を受け持っていた。 |
| その事については「いや~お恥ずかしい」と照れながら語っていた。 |
| 糖尿病により痩せてきた頃、「これじゃあイカ社長だよ」と自ら冗談にして共演者に話していたという。 |
| タコ社長と寅さんが取っ組み合いの喧嘩をするシーンについて、「渥美清が相手だと全然痛くなかった。 |
| 立ち回りの手加減の仕方が絶妙でしたね」と語っていた。 |
| 一方、太宰は乱闘シーンが下手で、前田吟が後年語るには「社長には本当に殴られたこともあった(笑)」そう。 |
| 山田洋次のコメントによると、「つらい。 |
| 役者を辞めたい」と何度も相談を受けその度に引き止めていたとのこと。 |
| タコ社長として1978年にはニッポン放送で「タコ社長のマンモス歌謡ワイド」という番組を受け持っていた。 |
| 「タコ」のあだ名は、撮影中の渥美清から発せられたアドリブである。 |
映画
| 人生劇場青春篇(1958年)。 |
| 消えた私立探偵(1958年)。 |
| 黒い花びら(1960年)。 |
| アラビアンナイトシンドバッドの冒険(1962年) 声の出演。 |
| 勇者のみ(1965年)。 |
| 大工太平記(1965年)。 |
| 花のお江戸の法界坊(1965年)。 |
| あんま太平記(1965年)。 |
| 愛の讃歌(1967年)。 |
| みな殺しの霊歌(1968年)。 |
| 「男はつらいよ」シリーズ(全48作、1969年-1995年)。 |
| 喜劇男は愛敬(1970年)。 |
| 経験(1970年)。 |
| 誰かさんと誰かさんが全員集合!!(1970年) 。 |
| 喜劇命のお値段(1971年)。 |
| 喜劇頑張らなくっちゃ!(1971年)。 |
| セックス喜劇鼻血ブー(1971年)。 |
| 喜劇大泥棒(1971年)。 |
| 女子学園おとなの遊び(1971年)。 |
| 喜劇泥棒大家族天下を取る(1972年)。 |
| 喜劇日本列島震度0(1973年)。 |
| 温泉おさな芸者(1973年)。 |
| 愛ってなんだろ(1973年)。 |
| 喜劇だましの仁義(1974年)。 |
| ムツゴロウの結婚記(1974年)。 |
| 若い人(1977年)。 |
| 幸福の黄色いハンカチ(1977年)。 |
| 春男の翔んだ空(1977年)。 |
| イーハトーブの赤い屋根(1978年)。 |
| 俺たちの交響楽(1979年)。 |
| くるみ割り人形(1979年) 声の出演。 |
| 愛情物語(1984年)。 |
テレビドラマ
| 新婚日記(1954年、NHK)※テレビ試験放送。 |
| TV連続マリオネットテレビ天助(1955年-1956年、NHK) 声の出演。 |
| チロリン村とくるみの木(1956年、NHK) 声の出演。 |
| れれかんちゅん物語(1956年、日本テレビ)。 |
| 喜劇(コメディ)日本意外史(1956年、日本テレビ)。 |
| あんみつ姫(1958年、KR(現・TBS))。 |
| 雑草の歌(1960年、KR)第119回「社会復帰学校」、第140回「小島のバク」。 |
| 笑えば天国(1961年、フジテレビ)。 |
| 能面の家(1962年、NET(現・テレビ朝日))。 |
| 特別機動捜査隊(1964年、NET) 第150回「脅迫」。 |
| 大河ドラマ太閤記(1965年、NHK)。 |
| 特別機動捜査隊(1966年、NET) 第220回「丙午」。 |
| 泣いてたまるか(1966年-1968年、TBS)第44回「先生しごかれる」、第53回「東京流れ者」。 |
| 快獣ブースカ(1966年、日本テレビ) 第44話「チビッコ台風」。 |
| でっかい青春(1967年-1968年、日本テレビ) 第38話「青春のキャンパス」。 |
| キイハンター(1968年-1973年、日本テレビ) 第213話「ずっこけスパイハレンチ大学」。 |
| 炎の青春(1969年、日本テレビ)第2話、第10話。 |
| 女殺し屋花笠お竜(1969年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)) 第6話「殺人街道に花が舞う」。 |
| 好き!すき!!魔女先生(1971年-1972年、ABC)第7話、第9話、第15話、第16話。 |
| 東芝日曜劇場九〇〇回記念ふるさとシリーズ幼なじみ(1974年、HBC)。 |
| 明日の刑事(1978年、TBS) 第48話「子殺しの子守唄」。 |
|
1946年
|
生活の道を求めてNHK東京放送劇団に入団 |
|
1965年
|
フランク・シナトラ監督主演の日米合作映画「... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
太宰久雄さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|