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次大王
遂成を太祖大王の弟とする記述と王子とする記述とが混合している。また『後漢書』には遂成は宮(太祖大王)の子とある。太祖大王の94年(146年)12月に王位を... |
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新大王
新大王(しんだいおう、89年-179年)は高句麗の第8代の王(在位:165年-179年)。姓は高、諱は伯固(はくこ、ペクコ)または伯句(はくく、ペクク)。『三国史... |
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慕本王
高句麗の第5代の王(在位48年-53年)。姓は高、諱は解憂(または解愛婁)。『三国史記』高句麗本紀では先々代の大武神王の嫡子であり、『三国遺事』王暦では... |
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瑠璃明王
高句麗の第2代王(在位:前19年-後18年)であり、姓は高、諱は類利、または孺留。初代の東明聖王(朱蒙)の長子であり、『三国史記』百済本紀によれば、異母弟... |
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明臨答夫
高句麗の次大王・新大王時代の官僚。椽那部の皀衣(そうい、高句麗官位のひとつ)として『三国史記』に現れ、165年10月、暴虐の次大王を弑逆した。新大王の2... |
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大武神王
高句麗の第3代の王(在位:18年-44年)であり、大解朱留王、大朱留王ともいう。先代の瑠璃明王の3番目の男子であり、姓は高、諱は無恤(ぶじゅつ、ムヒュル)... |
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李成桂
李成桂(り・せいけい、イ・ソンゲ、太祖<たいそ>康献王忠粛王4年10月11日(1335年10月28日)-太宗8年5月24日(1408年6月18日))は元(モンゴル)の武官、13... |
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百済
古代の朝鮮半島南西部にあったツングース系扶余族による国家(346年-660年)。朝鮮史の枠組みでは、半島北部から満州地方にかけての高句麗、半島南東部の新羅... |
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山上王
山上王(さんじょうおう、生年不詳-227年)は高句麗の第10代の王(在位:197年-227年)。姓は高、諱は延優または位宮。先代の故国川王の弟であり、故国川王が1... |
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閔中王
高句麗の第4代の王(在位:44年-48年)。姓は高、諱は解色朱。『三国史記』高句麗本紀では先代の大武神王の弟、『三国遺事』王暦では大武神王の子とする。44年... |
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西川王
高句麗の第13代の王(在位:270年-292年)。姓は高、諱は薬盧、または若友。西壤王ともいう。先代の中川王の第2子であり、255年に王太子に立てられ、270年10月... |
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聖王
百済の第26代の王(在位:523年-554年)。先代の武寧王の子。『三国史記』百済本紀・聖王紀によれば諱は明穠。先王が523年5月に死去したことにより、王位につ... |
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中川王
高句麗の第12代の王(在位:248年-270年)。姓は高、諱は然弗。中壌王ともいう。先代の東川王の子であり、243年に王太子に立てられ、248年9月に先王の死去とと... |
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烽上王
高句麗の第14代の王(在位:292年-300年)。姓は高、諱は相夫、あるいは歃矢婁ともいい、雉葛王とも記される。先代の西川王の子であり、年次は不明であるが太... |
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美川王
高句麗の第15代の王(在位:300年-331年)。姓は高、諱は乙弗、または憂弗(『三国遺事』では瀀弗)。好壤王(『三国遺事』では好穣王)とも記される。第13代... |
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東川王
高句麗の第11代の王(在位:227年-248年)。姓は高、諱は憂位居、幼名は郊彘。東襄王ともいう。先代の山上王の子であり、213年に太子に立てられ、227年5月に先... |
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故国川王
故国川王の即位後に漢の建安年間(196年-220年)の初めに、抜奇が王位につけなかったことを不服として消奴部(涓奴部)の加(高句麗の官名のひとつ、首長層)... |
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故国原王
高句麗の第16代の王(在位:331年-371年)。姓は高、諱は斯由、または釗(『梁書』は劉とする)。国岡上王(『三国史記』高句麗本紀・故国原王紀の分注)、国... |
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故国壌王
高句麗の第18代の王(在位:384年-391年)。姓は高、諱は伊連(『三国遺事』王暦では伊速)、または於只支。『三国遺事』では国壌王と記される。先代の小獣林... |
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プロフィール
- 太祖大王とは
- 治世
- 外征と領土拡張
- 人事登用
- 退位と晩年
- 太祖
- 参考文献
太祖大王(たいそだいおう、47年-165年)は、高句麗の第6代の王(在位:53年-146年)。姓は高、諱は宮(きゅう、クン)、または於漱(おそう、オス)。大祖大王、国祖王とも表記される。第2代 瑠璃明王の孫であり、父は古鄒加(高句麗の官位のひとつ)の再思(さいし、チェサ)の子。先代の 慕本王が53年11月に臣下の杜魯に殺害されたとき、 慕本王の太子の翊(よく、イク)が不肖であったために、国人が宮を迎えて王位につけた。このときに王は7歳だったため、王母がしばらく摂政した。『魏書』高句麗伝には「 朱蒙死,閭達代立 ...
治世
| ※涓奴部などの五部は五族と表記すべきであり、地縁的集団であって中央集権化とは逆方向に働いたと見られています。 |
| 中央集権化への切り替わりは東川王の時代に丸都城を魏に陥落させられたときに、東部などの支援に応えたことからのことで、美川王代の官制整備まで待つことになります。 |
外征と領土拡張
| 56年7月には、東沃沮を討伐し、高句麗の領土が滄海(東朝鮮湾)から薩水(平安南道の清川江)に及んだ。 |
| 68年8月に曷思王曷思は大武神王が扶余を討滅した際(22年)に、扶余の帯素王の末弟が逃れて鴨緑谷で立てた国。 |
| の孫の都頭が国を挙げて投降してきた。 |
| 72年2月には藻那国を討伐、74年10月には朱那国を討伐した。 |
| 118年6月には穢貊とともに後漢の玄菟郡を襲い、121年には、後漢の幽州刺史の馮煥、玄菟太守の姚光、遼東太守の蔡諷らが侵攻してきたので、王弟の遂成すいせい、スソン。 |
| 後の次大王を派遣して迎撃させ、却って玄菟・遼東を攻めて捕虜二千を得るなどして領土を拡張している。 |
| しかし、その間105年には遼東郡に侵攻して6県を掠奪したものの、遼東太守耿夔の反撃にあって大敗してもいる。 |
| また、121年から122年にかけては馬韓や穢貊とともに玄菟・遼東に攻め入ったが、扶余王が漢軍を助けたために敗退を余儀なくされてもいる。 |
| 治世末期の146年8月には遼東郡西安平県を攻め、帯方県の令を殺し楽浪太守の妻子を奪い取った第3代の大武神王の代にも、32年に楽浪国を降伏させ37年に楽浪国を滅ぼすが、44年に後漢の遠征により楽浪地域が後漢の版図に組み入れられたとされている。 |
| 詳しくは「大武神王#治世」を参照。 |
人事登用
| 投降した曷思王の孫・都頭を于台(優台)に封じ、征討の際に捕虜とした朱那国王子を古鄒加に封じた。 |
| 118年8月には国内の賢人・善良な人・孝行な人を推挙させてもいる。 |
| 123年には穆度婁(ぼくとる)を左輔、高福章(こうふくしょう)を右輔に取り立て、王弟の遂成とともに国政に参与させた。 |
退位と晩年
| 王弟である遂成に異心のあることを見抜いた高福章らは王に遂成を誅殺することをすすめたが、王はこれを聞かず、146年12月に遂成に王位を譲り、引退してしまった。 |
| 遂成は次大王となって直ちに高福章を処刑し、側近であった奸臣を取り立てて高位につけた。 |
| さらに太祖大王の嫡子の莫勤(ぼきん、モゴン)を殺させ、これを聞いた莫勤の弟の莫徳(ぼとく、モドク)は自ら縊死した。 |
| 太祖大王は次大王の20年(165年)3月、失意の中119歳でその生涯に幕を閉じたという。 |
| 『三国史記』には退位の際に太祖大王と称したことは記されているが、諡・埋葬地については記述はない。 |
| またこの直後に次大王20年10月条に明臨答夫によって次大王も殺されたことを伝えており、『三国遺事』王暦には、国祖王(太祖大王)は乙巳年(165年)に119歳のときに弟王(次大王)とともに、新王(新大王)によって殺された、とある。 |
太祖
| 太祖という廟号は通例、王朝の始祖に贈られるものである。 |
| 太祖大王は東明聖王から数えて6代目であるから異例のことであるが、これは高句麗が弱小な属国である立場から脱却して領域の拡張を果たしたなど、王朝の始祖に等しい功績としてみなされたからである。 |
参考文献
| 『三国史記』第2巻金富軾撰井上秀雄訳注、平凡社〈東洋文庫425〉、1983ISBN4-582-80425-X。 |
| 『三国遺事』一然撰坪井九馬三・日下寛校訂<文科大学史誌叢書>東京、1904(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)。 |
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