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つながりの強いひと
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土田友湖
土田 友湖 つちだ ゆうこ 所属: 茶入袋物師 ※この作品は第18回に出品された作品です。 << 前へ 有栖川馬文紹巴 ありすがわばもんしょうは 先生のご希望... |
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中村宗哲
千家十職の塗師。中村家は、400年近く続く塗師の家。当初は蒔絵を施した家具などの製作(「通例塗師」といわれる)も行っていたが、明治時代以降は茶道具の塗... |
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黒田正玄
黒田正玄(くろだしょうげん)は千家十職の一つで、竹細工・柄杓師を務める家が代々襲名している名称。柄杓の他、台子、香合、花入など竹を使う茶道具を製作... |
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大西清右衛門
千家十職の釜師。大西家は、室町時代後期から400年以上続く京釜師の家。四代目当主が清右衛門をなのり、六代目以降九代目をのぞき、代々の当主は清右衛門とい... |
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飛来一閑
飛来一閑(ひきいっかん)は千家十職の一つ、一閑張細工師の当主が代々襲名している名称。漆工芸の一種・一閑張の日本における創始者であり、また歴代千家に... |
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千家十職
茶道に関わり三千家に出入りする塗り師・指物師など十の職家を表す尊称である。千家好みの茶道具を作れる職人は限定されており、行事や年忌における役割もあ... |
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楽吉左衛門
著者情報 楽 吉左衛門 楽家十五代当主。1949年、楽家十四代・覚入の長男として京都市に生まれる。東京芸術大学彫刻科卒業。2年間のイタリア留学ののち、1981... |
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中川浄益
中川浄益(なかがわじょうえき)は千家十職の一つ、金物師(かなものし)の中川家当主が代々襲名する名称。元々は越後国で甲冑・鎧を作っていたが、茶道具を... |
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柳宗悦
民藝運動を起こした思想家、美学者、宗教哲学者。 |
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樂吉左衛門
千家十職の一つ、楽焼の茶碗を作る茶碗師の樂家が代々襲名している名称である。2010年現在、15代(1949年-、1980年に襲名)が当主である。系譜については特に... |
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香取秀真
香取秀真(かとりほつま、1874年1月1日-1954年1月31日)は日本の鋳金工芸作家、歌人である。学問としての金工史を確立し、研究者としても優れた。日本におけ... |
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奥村土牛
出版社を営んでいた父が寒山詩の一節「土牛石田を耕す」から引用してつけられた。刷毛で胡粉などを100回とも200回ともいわれる塗り重ねをし、非常に微妙な色... |
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長次郎
安土桃山時代を代表する陶芸家。楽焼の創始者であり、千家十職の一つ・樂吉左衛門家の初代とされる。 |
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千利休
戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人。わび茶(草庵の茶)の完成者として知られる。茶聖とも称せられる。また、今井宗久・津田宗及と共に茶湯の天... |
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花押
署名の代わりに使用される記号・符号をいう。元々は、文書へ自らの名を普通に自署していたものが、署名者本人と他者とを明確に区別するため、次第に自署が図... |
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大樋長左衛門
大樋長左衛門(おおひちょうざえもん、1927年(昭和2年)10月28日-)は石川県出身の大樋焼の陶芸家。文化功労者、日本芸術院会員。金沢市名誉市民。日展最高... |
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前田利家
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、戦国大名。加賀藩主前田氏の祖。豊臣政権の五大老の一人。尾張国海東郡荒子村の荒子城主前田利昌の四男として生ま... |
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藤原啓
藤原啓(ふじわらけい、1899年2月28日-1983年11月12日)は日本の陶芸家。1970年に人間国宝に認定。本名は敬二。藤原雄は息子。 |
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千宗旦
千宗旦(せんそうたん、せんのそうたん、1578年2月7日(天正6年1月1日)-1658年12月19日(万治元年11月19日))は茶人。父は利休の後妻千宗恩の連れ子千少庵... |
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プロフィール
奥村吉兵衛(おくむらきちべえ)は 千家十職の1人。三千家御用達の表具師として、家元らの揮毫の軸装(掛け軸に仕立てること)や風呂先屏風、釜の敷物の一種である「紙釜敷」の製作などを行う。当代は12代。
歴史
| 奥村家は佐々木氏の末裔を称し、近江国北部の「谷の庄」なるところの郷士であったとされる。 |
| 奥村三郎定道の代、姉川の戦いの後、主家浅井氏が滅亡して浪人となる。 |
| 定道の息子・奥村源六郎定次は長男・源子郎を前田利家に仕官させ、長男は後に「奥村摂津守定光」を名乗り加賀藩士となる。 |
| 次男・吉右衛門清定は仕官せず、母方の家業を継いで商人となり京にて表具屋となる。 |
| この清定が初代とされる。 |
| 2代・吉兵衛は表千家6代・覚々斎の取りなしにより紀州徳川家御用達となり、家運興隆の基礎を作る。 |
| その後数代に渡り男子が夭折し跡取りに恵まれず、代々婿養子を郷里の北近江より迎える事態となる。 |
| その中の1人、6代・吉兵衛は奥村家の功績をまとめるために調査を重ね、家系図はもちろん、歴代の表具作成の記録などを文書化する。 |
| 8代・吉兵衛は歴代の中でも最も名手といわれる一方、国学、儒学に通じ、尊皇攘夷派の学者や志士と深く交わりを持った人物である。 |
| しかし、皮肉にも明治維新後の文明開化により茶道が衰退、奥村家は大ダメージを受ける。 |
| 9代・吉兵衛はこの困難な時代に名跡を継ぎ、奥村家の建て直しに成功、現在に至る。 |
系譜
| 初代 吉右衛門(元和4年(1618年)~元禄13年(1700年)9月)。 |
| 諱「清定」、出家後法名「宗勢」。 |
| 正保3年(1646年)に上洛、武士から商人に転業。 |
| 承応3年に表具屋業を開業、屋号「近江屋吉兵衛」を名乗る。 |
| 妻は売茶翁の友人で能書家として知られた亀田窮楽の伯母。 |
| 現在も奥村家の玄関にかかる「表具師」ののれんの揮毫はこの窮楽の筆による物とされる。 |
| 二代 吉兵衛(1633年~享保4年(1719年)12月)。 |
| 号「休意」。 |
| 元禄11年(1698年)、表千家6代・覚々斎の取りなしで紀州徳川家御用達、また表千家御用達となる。 |
| 吉九郎 二代吉兵衛の長男。 |
| 三代 吉兵衛(1666年~寛保3年(1743年)3月)。 |
| 出家後法号「休誠」。 |
| 近江国浅井郡馬渡村の松山家の出身。 |
| 二代・吉兵衛の婿養子。 |
| 狂歌の作者、能書家として知られる。 |
| 四代 吉五郎(1737年~天明元年(1781年)11月)。 |
| 近江国伊香郡高月村の田辺家出身。 |
| 三代・吉兵衛の婿養子。 |
| 五代 吉兵衛(1755年~文政8年(1825年)8月)。 |
| 出家後法号「了誠」。 |
| 近江国伊香郡高月村の松井家出身。 |
| 三代・吉兵衛の婿養子。 |
| 天明8年(1788年)の天明の大火に遭遇、家伝などの一切を消失。 |
| 三千家合作の三幅対として有名な土佐光孚筆の絵のうち、表千家・了々斎(宝珠)、裏千家・認得斎(小槌)の2作の賛を得て、表装を行う。 |
| 六代 吉兵衛(1780年~嘉永元年(1848年)8月)。 |
| 号「休栄」。 |
| 近江国伊香郡高月村の宮部家の出身、四代・吉五郎の婿養子。 |
| 史料編纂に興味を持ち、天明の大火で失った家伝の再編纂を決意、「奥村家系図」、「千家御好表具并諸色寸法控」乾巻・坤巻を著し、茶道具の様式や、茶会のルールなど、貴重な資料を後世に伝える功績を残す。 |
| 七代 吉次郎(1795年~天保8年(1837年)9月)。 |
| 号「休音」。 |
| 六代・吉兵衛の婿養子。 |
| 義父に先立って死去。 |
| 八代 吉兵衛(1804年~慶応3年(1867年)7月)。 |
| 号「檉所ていしょ。 |
| ていは「木聖」、木偏に「聖」。 |
| 」、「鶴心堂」。 |
| 歴代中最も「表具の達人」と言われる。 |
| 当人は学問の方に興味があり、後に彦根藩家老となった岡本黄石を師として儒学を学び、その紹介により梁川星巌、紅蘭夫妻と親交を結ぶ。 |
| 後に出家し「蒿庵」と号する。 |
| 九代 吉兵衛(1840年~明治41年(1908年)11月)。 |
| 名「義道」。 |
| 八代・吉兵衛の長男。 |
| 小川町上立売(現京都市上京区)から、現在奥村家のある釜座通夷川(現京都市中京区)へ転居。 |
| 明治15年(1882年)に、「三千家合作の三幅対」のうち未完であった「天秤計り」に武者小路千家・一指斎の賛を頂戴し、発起より60年後に完成させる。 |
| 十代 吉次郎(明治2年(1869年)5月~昭和19年(1944年)9月)。 |
| 九代・吉兵衛の長男。 |
| 十一代 吉兵衛(明治34年(1901年)~)。 |
| 十代・吉次郎の長男。 |
| 十二代 吉兵衛。 |
| 十一代・吉兵衛の子息。 |
参考文献
| 『現代の千家十職』淡交社 ISBN4473009726。 |
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1646年
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上洛、武士から商人に転業 |
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1698年
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表千家6代・覚々斎の取りなしで紀州徳川家御... |
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