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平山諦
著者情報 平山 諦 1904‐1998年、千葉県生まれ。東北帝国大学数学科卒業。和算史研究家、理学博士。同大学の和算史研究の伝統を、林鶴一、藤原松三郎両教授に... |
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松岡元
著者情報 松岡 元 名古屋工業大学大学院教授。工学研究科社会工学専攻。1943年福井県生まれ。1971年京都大学大学院工学研究科博士課程単位取得。1971年京都大... |
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会田安明
会田 安明 (1747-1817) "会田安明"(あいだ やすあき、”やすあきら”、とも延享4年2月10日(1747年3月20日) - 文化14年10月26日(1817年12月4日))は江戸時代の... |
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建部賢弘
江戸時代中期の数学者。父は旗本の建部直恒。号を不休。幼少から関孝和の門人となり、1716年(享保元年)将軍徳川吉宗の信頼を得、「日本総図」を作る。関孝... |
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藤田貞資
江戸時代中期の和算家である。定資、定賢とも。通称彦太夫、後權平と改める。字は子證、雄山と号す。武蔵国男衾郡本田村(現・埼玉県深谷市)の本田家に生ま... |
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松永良弼
江戸時代中期の数学者。初め寺内姓を名乗る。通称は平八郎・権平・安右衛門。号は東岡(とうこう)・探玄子(たんげんし)など。関孝和門下の荒木村英に学び... |
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安島帯刀
幕末に活躍した水戸藩の家老。安政の大獄で切腹を命じられた。維新後、靖国神社・護国神社・回天神社に合祀された。信立は諱で、通称ははじめ弥次郎(旧字体... |
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平山信
日本の男性天文学者。名前の「信」は「しん」と読まれることもある。幕臣の子として江戸(現・東京都)に生まれた。寺尾寿に師事した。太陽の理論的な研究、... |
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日下誠
日下誠慈 Seiji Kusaka 所属チーム : 六甲クラブSEAHAWKS ポジション : HO 年齢 : 23才 出生地 : − 身長 : 173cm ... |
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長岡半太郎
日本の物理学者。土星型原子モデル提唱などの学問的業績を残した。また、東京帝国大学教授として多くの弟子を指導し、初代大阪帝国大学総長や帝国学士院院長... |
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中根元圭
江戸時代中期の和算家、天文... http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%A0%B9%E5%85%83%E5%9C%AD 中根元圭 とは - コトバンク 朝日日本歴史人物事典 中... |
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平山清次
宮城県仙台市出身の男性天文学者。寺尾寿の弟子で、天体力学及び古暦の研究で有名。小惑星の「族」を発見した功績により月の裏側のクレーターに「ヒラヤマ」... |
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内田五観
内田五観(うちだいつみ、文化2年(1805年)-明治15年(1882年)3月29日)は和算家である。通称は恭または弥太郎、号は宇宙堂。文化12年関流宗統五伝の日下誠(号... |
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和田寧
デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 和田寧 わだ-ねい   1787-1840 江戸 時代 後期 の和算家。 天明 7年生まれ。 播磨 (はりま)(兵庫県)三日月 藩士... |
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本多利明
江戸時代の数学者、経世家(経済思想家)である。幼名は長五郎、通称は三郎右衛門。号は北夷、魯鈍斎。生まれは越後(現在の村上市)とも。18歳で江戸へ上京... |
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毛利重能
江戸時代前期の和算家。現在知られている中では最も古い。通称・勘兵衛、官位は出羽守。当初、豊臣秀吉に仕えて出羽守となり、明に留学して算術を学ぶ。大坂... |
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樺山久言
樺山久言(かばやまひさこと 安永5年(1776年)-文化5年9月26日(1808年11月14日))は江戸時代後期の薩摩藩(鹿児島藩)家老。名は久美(ひさよし)とも。... |
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山口和
山口和起 プロフィール ブログ なう ピグの部屋 アメンバーになる メッセージを送る プレゼントを贈る 最新のなう 今から修了検定うけてきま... |
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プロフィール
- 安島直円とは
- 家系
- 生涯
- 遺功・業績・顕彰
- その他の著書
- その他、エピソード
- 参考文献
安島直円(あじまなおのぶ、1732年(享保17年)-1798年5月20日(寛政10年4月5日))江戸時代中期の数学者。新庄藩士。本姓は藤原氏。家系は贈正二位鎮守府将軍 藤原秀郷を祖とする安島氏。仮名は万蔵。字は伯規、号は南山。諱は直円。新庄藩資料では安嶋直円とも。名は資料によって安島万蔵とも載せる。父は新庄藩御勘定頭・安島庄右衛門清英。兄弟に安島弥惣次清茂、 伊東平蔵直休がいる。妻は於なを。家禄は80石。寛政10年、江戸藩邸にて没。江戸(東京都港区は三田の曹洞宗常林寺に葬られた他、国元の菩提寺 羽州最上郡新庄町(山形県)は桂嶽寺に分骨された。戒名は
家系
| 山形県新庄市図書館編『郷土資料叢書第10輯』「戸沢家中分限帳(二)」によれば安島直円の生家は代々新庄藩士でもともとは常陸守護佐竹氏の家臣で、陸奥国白河郡棚倉の城代安島丹後守久成を祖とする安島家の分家にあたるとされる。 |
| 安島久成の子安島隼人が棚倉を没落し、常陸国宍戸において宍戸藩主として入封した戸沢氏に200石で召し抱えられ、家臣となった。 |
| 直円は隼人から数えて四代安島五左衛門の次男 安島庄右衛門清英が分家し、その清英の子として生まれた。 |
| 安島丹後守久成-安島隼人-安島五左衛門-安島甚内-安島五左衛門-〇安島庄右衛門清英-◎贈従五位安島万蔵直円-安島円蔵-安島銀之助-安島操-安島鋼三郎-安島釛三郎-安島かつ。 |
| 安島直円には、弟に安島弥惣次直茂(元文6年生まれ、同腹、宝暦六年丙子歳6月召出し)と、伊東平蔵直休(延享に年生まれ、同腹、母方の伊東家断絶につき御家再興のため伊東姓に改める)がいる。 |
| 直円の母は、脇坂氏の家臣である、熊谷仁左衛門の女と記録されている。 |
生涯
| 享保17年、江戸の新庄藩邸において生まれる。 |
| 直円は当初、万蔵と名付けられた。 |
| 父は安島五左衛門の次男 庄右衛門清英で本来ならば部屋住みとなるところ、才能を見出され80石で藩の召し抱えとなり、別家をたてたという。 |
| 父は江戸常府御会所勤めを経て勘定方となり江戸藩邸における会計責任者まで務めた人であった。 |
| 直円も幼年より和算に親しみ、江戸の和算塾で、和算中西流の大家 入江広忠の主催していた入江塾に通っていた。 |
| 寛保3年に12歳の時に元服、当時和算において大いに成長していた為、父が数学者としての大成を願って諱を直円と命名したという。 |
| 後に関流の家元、山路主住の門下となり、さらなる数学の道を究めた。 |
| 宝暦4年、父が亡くなり家督を継いで、家禄である80石を相続、同6年には吟味役兼金元方を命ぜられ、12年に御勘定頭に昇進、3人扶持を加増された。 |
| 天明5年10月、本締手代、11月には郡奉行へと昇進を重ね、同6年には本締役を命ぜられ、20石を加増された。 |
| 同年中にはさらに10石の加増があり、120石の禄を賜るまでになった。 |
| こうした一連の加増は藩財政の建て直しに貢献した功績に基づくものであったといわれている。 |
| 直円の研究は独創的なものが多く、特に円理については、円柱の相貫体の体積を二重級数を用いて表す、円弧の長さを求めるのに弦を当分する方法を完成させるなどの結果を与えた。 |
| また、幾何においても三斜三円術(安島-マルファッティG.Malfattiの定理)、四円六斜術(ケーシーの定理)など、円と多角形が接する図において、その大きさを求める問題の解法をヨーロッパに先駆けて発見している。 |
| このような幾何的図形についての研究は、後期の和算の特徴の一つであるが、安島のこの方面の貢献は極めて基礎的なものである。 |
| また、整数方程式、対数、循環小数についても優れた研究を残している。 |
| 世間では同門の藤田定資の方が知名度が高く、「名人」と呼ばれたが、彼自身は直円を「名人」と呼んだと伝えられる。 |
| 師匠筋の山路家が天文方であったことから、暦に関する著書もあり、『授時暦便蒙』『安子西洋暦考草』『安島先生便蒙之術』『交食蒙求俗解』の4編が残されている。 |
| 内容は研究というよりも、編暦計算の実務に携わる人のための教科書のようなものと見られ、そのための工夫が随所に見られる。 |
| これらの和算に対する功績について、日本学士院の院長菊池大麓は大きく直円のことを評価した。 |
| こうしたことから安島直円は和算の歴史において関孝和とともに和算史上の二大焦点といわれた。 |
| 大正4年、従五位を贈位される。 |
遺功・業績・顕彰
| 明和5年(1768年)、『授時暦便蒙』完成。 |
| 天明6年(1786年)、新庄藩財政回復に功。 |
| 同年、さらに10石加増。 |
| 大正4年、贈従五位。 |
| 平成10年(1998年)、安島直円没後200年に際し、新庄市の西山の丘に有志(安島直円顕彰会)その遺功を讃えるために顕彰碑が建立される。 |
その他、エピソード
| 月面には安島の名に由来するクレーターナオノブ(Naonobu)が存在する。 |
| 安島直円の業績をたたえるため、今日ではその郷里 新庄市において安島直円顕彰会が結成され、顕彰がなされている。 |
| 墓所の常林寺は、東京都港区三田4丁目に所在する(最寄駅は都営浅草線三田駅、下車5分)。 |
参考文献
| 平山諦、松岡元久『安島直円全集』富士短期大学出版部、1966年。 |
| 下平和夫『和算の歴史』富士短期大学出版部、1965年、1970年。 |
| 大木善太郎著『会田安明翁事績山形県の和算家』1933年。 |
| 山形県和算研究会編『山形の和算』1996年。 |
| 山形県新庄市図書館編『郷土資料叢書第九輯』「戸沢家中分限帳(一)」。 |
| 山形県新庄市図書館編『郷土資料叢書第十輯』「戸沢家中分限帳(二)」。 |
| 山形県新庄市図書館編『郷土資料叢書第十一輯』「戸沢家中分限帳(三)」。 |
| 山形県新庄市図書館編『郷土資料叢書第十二輯』「戸沢家中分限帳(四)」。 |
| 山形県新庄市図書館編『郷土資料叢書第十六輯』「新庄藩系図書(二)」。 |
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1768年
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『授時暦便蒙』完成 |
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1786年
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新庄藩財政回復に功 |
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