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プロフィール
- 安田隆行とは
- 経歴
- 騎手時代
- 調教師時代
- 受賞
- 主な騎乗馬
- 主な管理馬
- 関連項目
- 参考文献
安田隆行(やすだたかゆき、1953年3月5日-)は日本中央競馬会(JRA)の元騎手、現在は同会の調教師である。栗東トレーニングセンター所属。京都府京都市出身。自厩舎所属の調教助手である安田景一朗(長男)と安田翔伍(次男)は実子。1972年に騎手デビュー、1980年代から小倉競馬場・中京競馬場といったローカル開催を得意とする騎手として知られたが、1991年に トウカイテイオーとのコンビでクラシック二冠を制した。1994年に調教師へ転身。主な管理馬に2010年のジャパンカップダート・2011年のフェブラリーステークスを制したトランセンドなどがいる。
経歴
| 1953年、京都市五条に生まれる。 |
| 実家は特に競馬との関わりがない家庭であったが、中学生の時に父と京都競馬場を訪れたことをきっかけに競馬にのめりこみ、騎手を志す大塚(2003)pp.193-194。 |
| 中学校卒業後、京都競馬場の梶与三男厩舎に騎手候補生として入門。 |
| 1972年に騎手免許を取得し、梶厩舎から正騎手としてデビューした。 |
騎手時代
| 同年3月4日に初騎乗、18日にニホンピロエイジーで初勝利を挙げる。 |
| 初年度は12勝を挙げ、関西放送記者クラブ賞(関西新人賞)を受賞した。 |
| しかし翌年3月には阪神競馬の障害競走騎乗中に落馬、脳挫傷を負って意識不明の重体になり、半年の休養を経験した大塚(2003)p.196。 |
| 快復後は徐々に勝利数を伸ばし、デビュー4年目の1975年、コウケンジでシュンエイ記念を制し、重賞初勝利を挙げた。 |
| 1980年、京都競馬場の改装をきっかけに小倉競馬場での騎乗が増え、当年44勝を挙げる。 |
| 以後小倉開催での活躍が目立ち始め、「小倉男」「小倉の安田」とも称された。 |
| 安田自身もこの異名に誇りを抱き、「GIがあっても小倉へ行くようなスタンス」で小倉を中心に活躍を続け、小倉開催45週連続勝利などの記録も樹立大塚(2003)p.198。 |
| しかしこうした信条から、八大競走、GI競走の勝利は長らくなかった。 |
| 120px|thumb|left|トウカイテイオーに騎乗1990年12月1日、懇意としていた松元省一厩舎の所属馬トウカイテイオーの新馬戦に騎乗して勝利。 |
| 当日、この勝利を含めて6勝を挙げ、中央競馬の1日勝利数の新記録(当時)を樹立した大塚(2003)p.199。 |
| 当年、自己最高の83勝を挙げてリーディング6位を記録し、自身初のベスト10入りを果たす。 |
| 翌1991年はトウカイテイオーとのコンビで皐月賞に優勝し、デビュー20年目にしてGI競走を初制覇。 |
| 次走には東京優駿(日本ダービー)も制してダービージョッキーとなり、競走後には観客から祝福の「安田コール」が起こった大塚(2003)p.211。 |
| この競走を最後にトウカイテイオーからは降板となった安田が調教師試験を受験するため次走以降は最晩年を除き岡部幸雄が騎乗。 |
| が、全国区の知名度を獲得し、JRA発行の「ジョッキー列伝」ポスターも制作された。 |
| 後年安田は「テイオーは僕の人生のすべて。 |
| 表舞台に引き連れていってくれたから」と語っている大塚(2003)p.192。 |
| 1994年、6度目の受験で調教師試験に合格し、騎手を引退した。 |
| 通算6401戦680勝(うち障害4勝)、重賞13勝。 |
| 小倉開催重賞のうち、北九州記念のみ勝てなかったことから、引退前に小倉で行われたセレモニーにおいて「ぼくが取れなかった北九州記念を、管理馬で取りに来ます」と語った『優駿』1994年5月号pp.84-85。 |
調教師時代
| 1995年3月1日付けで滋賀県栗東トレーニングセンターに安田隆行厩舎を開業。 |
| 11日に管理馬初出走、25日にアカツキホーオーで初勝利を挙げる。 |
| 2000年にシルヴァコクピットできさらぎ賞を制し、重賞を初勝利を挙げた。 |
| 年間勝利数の面では、1999年以降安定して年間20~30勝前後の成績を保っている。 |
| 2004年には当時のJRA記録に並ぶ10週連続出走馬勝利を達成。 |
| 2009年には年間39勝を挙げて全国7位(関西6位)に入り、自身初のベスト10入りを記録した。 |
| 2007年4月には、管理馬ホワイトベッセルが希少な白毛馬として中央競馬史上初の勝利を挙げた。 |
| また、同月には安田自身が第1回ジョッキーマスターズの出場騎手に名を連ね、トウカイテイオーの服色で参戦、3着という成績を残している。 |
| 2010年12月には、トランセンドでジャパンカップダートを制し、開業16年目で調教師としてのGI競走初制覇を果たした。 |
| 同馬は翌2011年3月28日に世界最高賞金競走・ドバイワールドカップに出走、日本馬初優勝となったヴィクトワールピサから僅差の2着となった。 |
| 日本が同月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う混乱下(東日本大震災)にあり、日本馬による1・2着独占は日本のみならず現地においても「感動的」と報じられた。 |
| また、安田は同年8月、トウカイミステリーで北九州記念を制し、前記騎手引退セレモニーでの予告を実現している。 |
受賞
| 関西放送記者クラブ賞(1972年)。 |
| 中京競馬記者クラブ賞2回(1989年、1990年)。 |
| 関西競馬記者クラブ賞特別賞(1990年)。 |
| 優秀調教師賞(関西)(2010年)。 |
主な騎乗馬
| ※括弧内は安田騎乗時の優勝重賞競走。 |
| 太字はGI級競走。 |
| コウケンジ(1975年シュンエイ記念)。 |
| リョクシュ(1978年タマツバキ記念・春)。 |
| ローベルギフト(1981年小倉大賞典)。 |
| ダンディアポロ(1988年小倉3歳ステークス)。 |
| ハギノハイタッチ(1989年小倉3歳ステークス)。 |
| リリーズブーケ(1989年サファイヤステークス)。 |
| スノージェット(1990年小倉記念)。 |
| ナルシスノワール(1990年スワンステークス)。 |
| トウカイテイオー(1991年皐月賞、東京優駿)。 |
| フェイムオブラス(1991年CBC賞)。 |
| ナガラフラッシュ(1993年小倉3歳ステークス、テレビ東京賞3歳牝馬ステークス)。 |
主な管理馬
| ※括弧内は安田管理時の優勝重賞競走。 |
| 太字はGI級競走。 |
| シルヴァコクピット(2000年きさらぎ賞、毎日杯)。 |
| フィフティーワナー(2006年アンタレスステークス)。 |
| メトロノース(2008年北海道2歳優駿)。 |
| トランセンド(2009年レパードステークス2010年みやこステークス、ジャパンカップダート2011年フェブラリーステークス)。 |
| シンメイフジ(2009年新潟2歳ステークス2010年関東オークス)。 |
| ダッシャーゴーゴー(2010年セントウルステークス2011年オーシャンステークス、CBC賞)。 |
| カレンチャン(2011年阪神牝馬ステークス、函館スプリントステークス、キーンランドカップ)。 |
| グレープブランデー(2011年ジャパンダートダービー)。 |
| トウカイミステリー(2011年北九州記念)。 |
関連項目
| 川田将雅-安田厩舎の所属騎手を経て現在はフリー。 |
| 競馬の調教師一覧。 |
参考文献
| 大塚美奈『馬と人、真実の物語(2)』(アールズ出版、2003年)ISBN4901226525。 |
| 「杉本清の競馬談義-ゲスト安田隆行調教師」(『優駿』1994年5月号〈日本中央競馬会、1994年〉所収)。 |
| 『週刊ギャロップ』2011年2月20日号「トランセンド・安田隆行調教師」(サンケイスポーツ、2011年)。 |
| 『競馬最強の法則』2011年10月号「ターザンデスマッチ安田隆行調教師」(KKベストセラーズ、2011年)。 |
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1953年
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京都市五条に生まれる安田 隆行(やすだ たか... |
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1972年
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騎手デビュー、1980年代から小倉競馬場・中京... |
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