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宗砌
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1455年
室町時代
茶道具
丹波国
わび茶
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つながりの強いひと
心敬
室町時代中期の天台宗の僧、連歌師である。連海、心恵、心教ともいう。紀伊国に生まれる。幼いときに出家し、比叡山で修行。44あるいは45歳のころ園城寺仏地...
宗祇
室町時代の連歌師。号は自然斎、種玉庵。姓は飯尾(いのお/いいお)というが定かではない。生国は、紀伊とも近江とも言われている。
専順
室町時代中期の連歌師。京都六角堂(頂法寺)の僧。柳本坊・春陽坊などとも号する。華道で有名な池坊の26世といわれている。30歳代半ばから「文安月千句」、...
村田珠光
村田珠光(むらたじゅこう、応永29年(1422年)または30年(1423年)-文亀2年5月15日(1502年6月19日)または7月18日(8月20日))は室町時代中期の茶人であ...
宗長
宗長(そうちょう、1448年(文安5年)-1532年4月11日(天文元年3月6日))は室町時代後期の連歌師である。号は柴屋軒。駿河国島田(現在の静岡県島田市)の出...
梵灯庵
南北朝時代から室町時代中期にかけての連歌師。もとは足利家の家臣で朝山小次郎師綱と称し、後に勝部姓に改めている。冷泉為秀に和歌を、二条良基に連歌を学び...
正徹
室町時代中期の臨済宗の歌僧。道号は清巌(岩)、庵号は招(松)月庵。石清水八幡宮に仕える祀官一族の出身で、父は小松(または小田)康清といわれ、備中国...
智蘊
室町時代中期の連歌師。室町幕府の政所代を世襲する蜷川氏の出身で、蜷川親俊の次子。子に親元、岩松明純室。俗名は蜷川親当(にながわちかまさ)、通称新右...
一条兼良
室町時代の公卿・古典学者。名は一般にはかねらと読まれることが多い。関白左大臣・一条経嗣の六男。官位は従一位・摂政関白太政大臣、准三宮。桃華叟、三関...
千利休
戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人。わび茶(草庵の茶)の完成者として知られる。茶聖とも称せられる。また、今井宗久・津田宗及と共に茶湯の天...
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東常縁
室町時代から戦国時代の武将であり、歌人でもある。美濃篠脇城主。父は東益之。官職が下野守だったため東野州と一般には称される。生年については、応永12年...
三条西実隆
室町時代の公家。内大臣三条西公保の次男。官位は正二位・内大臣。名はもと公世、公延。号は逍遙院。
斎藤妙椿
室町時代、戦国時代の武将・僧侶である。美濃守護代斎藤宗円の子で斎藤利永の弟。幼少時から出家し善恵寺で修行する。同寺に持是院(じぜいん)という子院を...
足利義政
室町時代中期から戦国時代初期にかけての室町幕府第8代将軍(在職:1449年-1473年)。父は6代将軍足利義教、母は日野重子。早世した7代将軍足利義勝の同母弟...
島津忠夫
島津忠夫(しまづただお、1926年9月18日-)は日本の国文学者。専攻は中世文学、主に連歌・俳諧・和歌。大阪大学名誉教授。文学博士。
二条良基
南北朝時代の公卿、歌人であり連歌の大成者である。従一位。摂政、関白、太政大臣。最初の関白は在任13年間の長期にわたり、死の間際まで通算5度(数え方によ...
宗碩
戦国時代の連歌師。別号は月村斎。尾張国の生れ。19歳より前に京都種玉庵にいた連歌師の宗祇に師事。宗祇が亡くなってからは、京都に拠点を置きながら連歌師...
後土御門天皇
室町時代の第103代天皇(在位寛正5年7月19日(1464年8月21日)-明応9年9月28日(1500年10月21日))。諱は成仁(ふさひと)。
肖柏
室町時代中期の連歌師、歌人。准大臣中院通淳の子。号は、夢庵・牡丹花(ぼたんか)・弄花軒(ろうかけん)など。宗祇から伝授された「古今和歌集」、「源氏...
足利義教
室町時代中期の室町幕府第6代将軍(在職:1428年-1441年)。3代将軍足利義満の3男。母は側室の藤原慶子で、4代将軍足利義持の同母弟。僧侶時代は義円、還俗直...
プロフィール
宗砌とは
宗砌(そうぜい、生年不詳-享徳4年1月16日(1455年2月2日))は、室町時代中期の連歌師。
山名時熙
・持豊(宗全)父子の家臣で、俗名を高山民部少輔時重と称した。連歌を
梵灯庵
に学んだ。永享5年(1433年)、「北野社万句」に参加、文安5年(1448年)に北野連歌会所宗匠となり、連歌界を指導。
山名持豊
に従い丹波に下向し、康正元年(1455年)に同国で没した。享年は70前後とみられる。「新撰菟玖波集」の中で、
心敬
についで第2位の入集句数を持つ。
宗祇
を教え、その後の連歌黄金時代に影響を与えた。 ...
宗砌 - Wikipedia
より要約
1433年
「北野社万句」に参加、文安5年1448年に北野...
1455年
宗砌(そうぜい、生年不詳享徳4年1月16日)は...
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