| 1985年(昭和60年)1月28日、政治家である宮間文夫の次女として生まれる。 |
| 父は、習志野高校時代にサッカーに打ち込み、全国制覇した経験を持ち |
| 小学校5年生の時、国際交流イベント「国際社会で活躍できる日本人の育成」に応募し、親善大使としてアメリカのサンディエゴでの試合を経験し |
| この時宮間らボールを追う15名の少女たちを見て、本田は指導者の道を目指すことを決意する『週刊サッカー・ダイジェスト』2011年10月1日増刊号、34頁。 |
| 宮間のサッカーの技量は、小学生の時に対戦した現J1柏レイソルの大谷秀和は「あとで聞くまで、女子とは思っていなかった」と振り返る「女子サッカー日本代表 宮間あや 地元・岡山を愛する『陰のMVP』」(『産経新聞』2011年7月22日付)ほどになっていた。 |
| 読売メニーナ(→日テレ・メニーナ)に所属し、1999年(平成11年)にはNTVベレーザ(→日テレ・ベレーザ)への昇格を果たすが、自宅から練習場までの所要時間などが負担となり、県立幕張総合高校2年生の時に退団この退団の経緯に関し、宮間自身が別の理由を語ったことがある。 |
| 上記外部リンク『ボールを見つけると、どこでもサッカーしちゃう』参照。 |
| 宮間が進学した幕張総合高校では、県立八千代高校で羽生直剛(現・FC東京)らを育てた今泉守正(現・JFAアカデミー福島女子ヘッドコーチ)が男子サッカー部を率いていた。 |
| 今泉は、宮間をただ一人の女子部員として、このサッカー部に迎え入れる。 |
| しかし、当時男子チームへの女子の登録は認められていなかったので、宮間は、公式試合に出られず、そのままでは、日本女子代表の招集の機会も逸してしまいかねないジレンマに陥った。 |
| そこで、高校3年になった宮間と関係者が相談した結果、2001年(平成13年)に、本田美登里が率いる岡山湯郷Belleに第一期生として入団。 |
| 2008年(平成20年)までチームの主力選手として活躍した。 |
| 2003年(平成15年)には日本代表に招集され、同年の2003FIFA女子ワールドカップに出場。 |
| リーグでも敢闘賞を獲得した。 |
| 翌2004年(平成16年)のU-19アジア女子選手権では主将を務め、また同年のL・リーグ(なでしこリーグ)では17得点を挙げて2部リーグ得点女王と最優秀選手に輝き、翌シーズンの1部昇格の原動力となった。 |
| 2004年(平成16年)に大橋浩司が代表監督に就任すると当初はサブとして、のちにレギュラーとして試合に出場。 |
| 最終的には大橋監督在任中に全試合に出場した。 |
| なかでも2007年(平成19年)9月11日の第5回女子ワールドカップ・イングランド戦(中華人民共和国上海虹口足球場)では直接フリーキックにより2得点のうち、試合終了直前であげたゴールは男子選手を髣髴とさせるものとして、大きな話題となった |
| 同年のリーグ表彰式ではベストイレブンと特別表彰「サポーターが選ぶMVP」を受賞となった |
| 2009年(平成21年)に発足した米国WPSのロサンゼルス・ソルに移籍。 |
| 開幕戦でリーグ創設初得点をアシスト。 |
| シーズン通算でもリーグトップタイの6アシストを記録したほか、チーム内で唯一全試合フルタイム出場を果たす |
| さらにWPSオールスターズにも選出され、スウェーデンの強豪クラブチーム・ウメオIKとのオールスターゲームに出場した。 |
| シーズン終了後の9月には、前所属先の岡山湯郷に一時復帰(レンタル移籍)した。 |
| 2010年(平成22年)は2月にロサンゼルス・ソルのWPSからの撤退に伴い実施された分散ドラフトでセントルイス・アスレティカに移籍したが、このチームが資金難の為にシーズン序盤でWPSから脱退。 |
| 再び行われた分配ドラフトで、この年WPSに新規加入したアトランタ・ビートに再移籍した。 |
| WPSシーズン終了後の9月には古巣岡山湯郷に完全移籍と、1年間で3チームに在籍した。 |
| 岡山湯郷では、2011年(平成23年)7月現在、チームでは唯一、なでしこリーグ参加チームの選手でも宮間を含め5人しかいないプロ契約選手である。 |
| 2011年(平成23年)には第6回女子ワールドカップに出場。 |
| 決勝のフリーキックを決めた初戦ニュージーランド戦と準決勝スウェーデン戦でプレイヤー・オブ・ザ・マッチを獲得した。 |
| さらに、決勝のアメリカ戦では1ゴール1アシストを記録。 |
| とりわけ、アメリカ戦の後半も残り少ない時間にネット際の職人技で決めた同点打の後、すぐさまボールを拾い、歓喜する同僚を振り払うかのように帰陣し、さらに逆転を狙う敢闘精神には、畑違いの数学者・藤原正彦さえ賞賛を惜しまなかった新報道2011「日本人の誇りを取り戻せ」フジテレビ、8月7日放映。 |
| 大会通算では、2ゴール4アシストの活躍で日本の初優勝に大きく貢献し、大会オールスターチームにも選出された。 |
| また、優勝決定の瞬間、敗北した旧知のアメリカ選手たちに歩み寄り敬意を表した行為は、フェアプレー精神の模範として世界中から賞賛され、米ホープ・ソロ選手と語り合う画像は、FIFA公式サイトでもっとも多い閲覧回数を数える写真の一つとなった |
| 7月20日、その功績をたたえ、出身の大網白里町から大網白里町民栄誉賞が授与決定。 |
| 町には元々このような賞の制度はなかったが、宮間に贈るために創設されたのが同賞である |
| 8月17日、千葉県から千葉県民栄誉賞を受賞 |
| さらに翌8月18日、なでしこジャパンの同僚とともに、国民栄誉賞を受賞。 |