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今川義元
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大方殿 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
BIGLOBE百科事典に関するご利用上の注意 大方殿 (おおかたどの)は、日本の 中世 において、... |
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室町時代後期の公家。従二位、権大納言。父は山科言国、子に山科言継。正室は今川氏親の正室である寿桂尼の姉。 |
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朝比奈泰朝
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。今川氏の重臣。朝比奈泰能の子。掛川城城主。 |
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中御門宣秀
デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 中御門宣秀 なかみかど-のぶひで   1469-1531 戦国時代の公卿(くぎょう)。 文明 元年 8月17日生まれ。中御門宣... |
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定恵院
甲斐の戦国大名武田信虎の長女。今川義元の正室となった。武田信玄・武田信繁・武田信廉の姉にあたる。実名は不明。武田義信・武田勝頼は甥。 |
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戦国時代の武将。遠江国の国人。遠江国引佐郡井伊谷城(現在の静岡県浜松市北区引佐町井伊谷)城主。井伊直宗の子。次郎。信濃守。室は友椿尼(氏不詳)。娘... |
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藤村志保
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室町時代後期から戦国時代前期の女性。室町幕府8代将軍足利義政の正室。父は蔵人右少弁・贈内大臣日野重政、母は従三位北小路苗子(北小路禅尼)。兄に勝光、... |
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プロフィール
- 寿桂尼とは
- 生涯
- 寿桂尼を題材にした作品
- 参考文献
生涯
| 永正2年(1505年)に氏親に嫁ぐ(永承5年(1508年)説あり)。 |
| 永正11年(1513年)に長男の今川氏輝、次男の彦五郎、永正17年(1519年)には第三子(氏親の五男)今川義元を出産。 |
| 病床の氏親を補佐し、大永6年(1526年)4月に制定された今川氏の分国法である『今川仮名目録』の制定にも関わっているとされる。 |
| 大永6年(1526年)、氏親が病死して氏輝が家督を継いだとき、氏輝はまだ14歳という若年であり、氏輝が16歳になるまでの2年間は、寿桂尼は自身の印判を用いて公的文書を発給し、今川氏の政務を取り仕切った(寿桂尼の印判の文字について歴史作家の永井路子は「帰」の字であると解き、その説を受け入れている研究者もいる有光友学『今川義元』)。 |
| このため、彼女は「女戦国大名」「尼御台(あまみだい)」と呼ばれている。 |
| また、寿桂尼は甲斐の大名武田晴信とその正室で三条家(公家)の出自である三条の方の縁談の斡旋を努めたという説もある。 |
| 天文5年(1536年)に彦五郎、氏輝が相次いで死去すると、寿桂尼は、出家して栴岳承芳と名乗っていた実子・義元を還俗させ、側室の子である玄広恵探との間で家督争い(花倉の乱)が起こる。 |
| 『高白斎記』の記述にある「同心シテ」という文と、次男・彦五郎の死の真相の解釈を巡って、この乱において寿桂尼は実子である義元の側でなく、玄広恵探に与していたという説もある有光友学『今川義元』。 |
| 乱を制し、家督を継いだ実子・義元が永禄3年(1560年)に桶狭間の戦いで織田信長に破れて戦死し、孫の今川氏真が当主となった後も政治に関わっている。 |
| 今川氏没落の最中の永禄11年(1568年)に死去。 |
| 婚姻の年齢から推測すると70〜80歳代だったと思われる。 |
| 「死しても今川の守護たらん」という彼女の希望により、今川館の東北、鬼門の方角にあたる竜雲寺に埋葬された。 |
寿桂尼を題材にした作品
| ;寿桂尼を主人公とする小説。 |
| 永井路子『姫の戦国』(文春文庫)。 |
| ;寿桂尼が登場するテレビドラマ。 |
| 武田信玄(1988年NHK大河ドラマ、演:岸田今日子)作中では1569年の今川家滅亡の際も生存して描かれた。 |
| 風林火山(2007年NHK大河ドラマ、演:藤村志保)。 |
参考文献
| 小和田哲男編『今川義元のすべて』1994年、新人物往来社、ISBN4-404-02097-X。 |
| 小和田哲男『今川義元~自分の力量を以て国の法度を申付く』2004年、ミネルヴァ書房、ISBN978-4-623-04114-5。 |
| 有光友学『今川義元』2008年、吉川弘文館、ISBN978-4642052474。 |
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1505年
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氏親に嫁ぐ(永承5年1508年説あり) |
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1526年
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氏親が病死して氏輝が家督を継いだとき、氏輝... |
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