| 2003年は火祭り、チャンピオン・カーニバル、世界最強タッグ決定リーグ戦優勝など、数々の実績を残した。 |
| また、愚零斗孤士なるキャラに扮したり、ABATHINGAPEとのコラボレーションによる『BAPESTA!!PROWRESTLINGZEPPTOUR』をプロデュースし、興行を成功させている。 |
| 同興行ではグレート・コスケなる覆面レスラーに扮している。 |
| 2004年には、ハッスルに参戦、7月にはプロレスリング・ノアの東京ドーム大会で試合を終えた三沢光晴に対戦を直訴し、古巣に呼び寄せる形でシングルマッチが実現したが敗れた。 |
| 2005年2月16日、東京・代々木競技場第二体育館で川田利明を破り悲願の第33代三冠ヘビー級王者に就く。 |
| これにより小島が平成デビューの選手で初めての三冠王者となり、この試合で川田が約16年間続けてきた平成デビューの日本人選手相手のシングル無敗記録も打ち破った。 |
| その4日後、新日本プロレスのIWGPとのWタイトルマッチで、天山を下して第41代IWGPヘビー級王者となり、全日本と新日本の至宝のタイトルを独占した。 |
| 試合後には、IWGPベルトをリングに投げ捨てるなどの過激な挑発を行い、同年5月14日に陥落するまでの間、一度もIWGPベルトを巻かなかった。 |
| その理由として「新日本に居たときは喉から手が出るほど手にしたかったIWGPだけど、今の俺は全日本プロレスの小島聡だから」と理由を述べている(後に巻いておけばよかったかもと多少後悔している)。 |
| なお、四冠王者である間にターザン後藤一派の清水大会でターザン後藤&清水の画伯と対戦している。 |
| 四冠王者(三冠+IWGP)を奪取したことと、川田利明、武藤敬司、佐々木健介らを撃破して三冠を防衛した実績を評価され、2005年度のプロレス大賞MVPを獲得。 |
| 授賞式の席では、話題賞を受賞したインリン様から挑発を受け、まんざらでもない様子を見せていた。 |
| 2006年は、「チャレンジする王者」を目標に掲げていた。 |
| 新日本のG1CLIMAXへ5年ぶりに出場し準優勝。 |
| 8月28日にはアパッチプロレス軍で「ストリートファイト有刺鉄線ボードデスマッチ」という試合形式のデスマッチにも挑戦した。 |
| 同年の世界最強タッグ決定リーグ戦では天山とのタッグ「天コジ」を復活させ、優勝を果たした。 |
| 2007年3月のチャンピオンカーニバルでは予選落ち。 |
| その後のシリーズも不調が続き、6月にVOODOO-MURDERSへ加入した。 |
| 全日本プロレス移籍後初めてヒールとして活動することになった。 |
| 8月26日、両国国技館においてパートナーTARUと世界タッグ選手権に勝利し世界タッグ王者となった。 |
| 2008年3月、チャンピオン・カーニバルでは予選落ちし、大会後には右肘負傷のため欠場していたが、7月8日、新日本の後楽園ホール大会でリングに登場した。 |
| 翌日には2年ぶりにG1に出場することが決定し、20日には全日本の後楽園ホール大会で復帰した。 |
| 8月3日石川・産業展示館3号館にて行われた6人タッグ戦終了後、TARUとの仲違いからVOODOO-MURDERSを離脱した。 |
| G1からコスチュームを変更したが、最終日の試合でTARUの乱入によって真壁刀義に破れ決勝進出を逃した。 |
| 同月、大和ヒロシとKAIと共に「F4」を結成。 |
| 11月、天山とのタッグでG1TAGLEAGUEと世界タッグリーグ戦に優勝し、同年で両団体のタッグリーグ戦を制覇した。 |
| 2010年2月7日の後楽園ホール大会にて、F4とVOODOO-MURDERSとの負けたら解散マッチに敗れF4を解散。 |
| 3月21日には浜亮太に破れ保持していた三冠ヘビー級王座も失い、同年5月をもって全日本プロレスを退団した。 |
| 三冠ヘビー級王座:2回(第33代・第40代)。 |
| 世界タッグ王座:3回(第47代・第49代・第53代)。 |
| パートナーは太陽ケア→カズ・ハヤシ→TARU。 |
| アジアタッグ王座:1回(第75代)。 |
| チャンピオン・カーニバル優勝:1回(2003年)。 |
| 世界最強タッグ決定リーグ戦優勝:4回(2002年・2003年・2006年・2008年)。 |
| パートナーは太陽ケア→カズ・ハヤシ→06・08年は天山広吉。 |