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阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。元高知ファイティングドッグス・ゼネラルマネージャーの藤川順一は実兄。 |
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平野恵一(ひらのけいいち、1979年4月7日-)は阪神タイガースに所属するプロ野球選手(内野手)。 |
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北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。血液型はA型。マネジメント契約はエイベックス。愛称は「ダル」。 |
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プロフィール
- 小林宏之とは
- 経歴
- プレースタイル
- 人物
- 登録名・表記名について
- 年度別投手成績
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 登録名
- 関連項目
小林宏之(こばやしひろゆき、1978年6月4日-)は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。2010年4月より登録名は 小林宏(こばやしひろ、姓名の区切りなし)。
経歴
| 春日部共栄高校を経て、のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから4位指名を受けて入団。 |
| 同校出身のプロ野球選手は多数いるが大学や社会人を経ず高校卒業後、すぐにプロ入りしたのは小林が初めて。 |
| 5年目の終盤から一軍に定着。 |
| この年7月9日の対福岡ダイエーホークス18回戦(千葉マリンスタジアム)で10回表に救援登板、1/3回無失点でプロ初勝利を挙げた。 |
| この時は小林の前に投げた藤田宗一が大道典嘉に3ランを浴び、3点ビハインドと敗色濃厚であったが、10回裏の攻撃でフランク・ボーリックが満塁本塁打を放ち逆転サヨナラ勝利となった試合であった。 |
| オフには夢であったメジャーリーグを目指し、FA権を行使。 |
| 球団は慰留せず、宣言残留を認めないことを伝えた。 |
| その後、複数のメジャー球団が興味を示していると報じられたが、メジャー契約のオファーはなかった。 |
プレースタイル
| セットポジションから投げ下ろす140km/h台のストレートと縦気味に変化するスライダー、フォーク、チェンジアップなどを武器としている。 |
| リリーフとして登板した際には最速151km/hを記録したこともあった。 |
| キレの良い変化球を低めに集める投球を持ち味とし、3年連続の二桁勝利を記録していた2005年から2007年までの3年間は2.00を切る与四球率を記録していた。 |
| 調子の波が激しく、良い時には圧倒的な投球をするものの、悪い時には5回持たず降板することもある。 |
| また、2003年8月25日以降、2008年8月10日に敗れるまで、8月は5年越しで14連勝を記録した。 |
| 一方で7月は調子が悪い年が多く、2007年は1勝も挙げることができなかった。 |
| 試合中に足が痙攣を起こすことがしばしばあり、それは調子が良い証拠と語っている。 |
| 実際に痙攣が起こった試合の投球内容は良い場合が多いが、痙攣が治まらない時は逆に崩れることも多い。 |
| 野手としてのセンスもあり、守備では「足技」を見せることもある。 |
| 二遊間に抜けそうな打球を足で止めることがしばしばあり、テレビの珍プレー好プレーにも何度か登場した。 |
| 2008年9月29日の対日本ハム戦で、小谷野栄一が放った強烈なピッチャーゴロを右足でトラップして宙に浮かせ、それを捕球し一塁へ送球しアウトにするというプレーを見せた。 |
| これに対しGAORA野球解説者の岩本勉は「ロナウジーニョもしくはコンサドーレ札幌のダヴィのようですね」と評した。 |
| 2006年には、マリーンズ公式サイトのプロフィールには、特技の項に「足技」、ファンに自分のここを見てほしいの項に「トラップ」と記載している。 |
| 自身、小学校時代はサッカー部に所属しており、バスケットボールやサッカー好きである。 |
| また、最近はゴルフにはまっているという。 |
| 通常、先発投手は次の登板まではベンチ入りを免除される事が多いが、マリーンズ時代はボビー・バレンタイン監督に「延長戦で野手が足りなくなりそうな場合に備え、シーズン中はいつもベンチ入りしておくように」と言われ、実際に出場の準備をしたこともあるという猛虎ファイルインタビューにて(2011年7月31日深夜放送)。 |
| 2009年6月2日の対巨人戦でチームが野手をすべて使い切ったため、俊足を見込まれて延長12回裏に大松尚逸の代走で起用された。 |
| また、初めて打席に立った2005年セ・パ交流戦では、打率.300(10打数3安打、全て二塁打)、3打点をマークするなど、打撃でもその力を発揮した。 |
| それもあり、二軍時代に野手転向を打診されている。 |
| 2006年1月1日、TBS系で放送された『スポーツマンNo.1決定戦』では、初参加ながらショットガンタッチで12m50cmを記録し総合6位。 |
| 運動能力の高さを見せた。 |
人物
| 足が長くモデル体型であり、端正な顔立ちからテレビ・ラジオなどでは「ロッテのイケメンエース」と紹介されることがある。 |
| ファッションにも気を使っており、好きなブランドはドルチェ&ガッバーナ。 |
| また、髪型や髪の色を頻繁に変えることがあり、2005年のプレーオフ~日本シリーズではボストン・レッドソックスのブロンソン・アローヨにあやかり髪型をコーンロウスタイルにした。 |
| プレーオフのファーストステージではコーンロウで登板し勝利投手。 |
| 続くセカンドステージでそれを止めたところ敗戦投手に。 |
| 験を担ぎ日本シリーズでは再びコーンロウにして登板、勝利投手になっている。 |
| また、2006年のWBCの際、ファンからの公募で決めたヘアスタイルにしようとアメリカの理容店へ行ったが、英語がうまく伝わらず変な髪型になってしまったため急遽丸坊主にした。 |
| プロ入り4年目までは芽が出ず、徹夜で酒を飲み歩いたまま練習に出るなど荒れた生活を送っていた。 |
| しかしヤクルトから入団した同級生の山崎貴弘に諭され真面目に練習に取り組み始め、その結果徐々に一軍定着を果たす。 |
| 山崎がいなければ辞めていたと後に語る(本人のインタビューから要約)。 |
| 当時から親交が厚い。 |
| 喫煙者であったが、2007年シーズンを最後に禁煙している。 |
| 北京オリンピックの予選をともに戦った上原浩治と親交があり、小林は北京五輪の本戦のメンバーから漏れたが五輪期間中も上原にアドバイスをしていた。 |
| 2005年の交流戦のMVPで賞金を貰ったときに「何に使いますか?」と聞かれ、「(赤ちゃんの)ミルク代に使う」と答えたが、これに対して上原に「何千万、貰っているプロ野球選手が、ミルク代はないやろ」と説教されたという。 |
登録名・表記名について
| 1998年から2007年までは小林雅英が、2008年と2009年は小林憲幸が同じ球団に所属していたため、スコアボードや新聞上の表記は「小林宏」が使われていた。 |
| 2010年シーズンは同姓の選手がいなくなったため「小林」と表記されることが多くなったが、本人は「小林宏」表記に愛着を持っており、「小林」に対し違和感があったことから、同年4月6日より山本昌と同様に名字と名前の一文字目を組み合わせて姓名の区別を付けない登録名に変更している。 |
| 愛称は小林雅英の「コバマサ」に対して「コバヒロ」。 |
年度別投手成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
表彰
| 月間MVP:1回(2004年8月)。 |
| 日本生命セ・パ交流戦MVP:1回(2005年)。 |
| 千葉市市民栄誉賞:2006年。 |
記録
| 初登板:1998年7月4日、対福岡ダイエーホークス11回戦(千葉マリンスタジアム)、11回表に救援登板・完了。 |
| 初奪三振:2001年6月8日、対オリックス・ブルーウェーブ12回戦(グリーンスタジアム神戸)、5回裏に進藤達哉から。 |
| 初勝利:2001年7月9日、対福岡ダイエーホークス18回戦(千葉マリンスタジアム)、10回表に救援登板、1/3回無失点。 |
| 初先発:2001年8月5日、対西武ライオンズ21回戦(千葉マリンスタジアム)、4回1失点。 |
| 初先発勝利:2003年7月9日、対大阪近鉄バファローズ14回戦(千葉マリンスタジアム)、7回無失点。 |
| 初完投勝利:2003年9月28日、対オリックス・ブルーウェーブ25回戦(千葉マリンスタジアム)。 |
| 初完封勝利:2005年8月26日、対オリックス・バファローズ16回戦(千葉マリンスタジアム)。 |
| 初ホールド:2009年6月3日、対読売ジャイアンツ1回戦(千葉マリンスタジアム)。 |
| 初セーブ:2010年3月30日、対東北楽天ゴールデンイーグルス1回戦(千葉マリンスタジアム)、9回表1死満塁で登板、2/3回無失点。 |
| 1000投球回:2008年7月22日、対北海道日本ハムファイターズ15回戦(札幌ドーム)、1回裏に稲田直人を投犠打で1死目を取り達成 ※史上312人目。 |
| 1000奪三振:2009年8月26日、対福岡ソフトバンクホークス17回戦(千葉マリンスタジアム)、8回表に川崎宗則から ※史上126人目。 |
| 初安打:2005年5月18日、対広島東洋カープ2回戦(広島市民球場)、4回表に佐々岡真司から右中間へ二塁打。 |
| 初打点:同上、5回表に佐竹健太から押し出し四球。 |
| 2006ワールド・ベースボール・クラシック日本代表選出(1試合 0勝0敗0セーブ防御率18.00 1回投球 3奪三振 自責点2)。 |
| 北京五輪アジア予選日本代表メンバー選出。 |
| オールスターゲーム出場:5回(2002年、2004年、2005年、2007年、2010年)。 |
登録名
| 小林宏之(こばやしひろゆき)(1997年-2009年)。 |
| 小林宏(こばやしひろ)(2010年-)。 |
関連項目
| 埼玉県出身の人物一覧。 |
| 千葉ロッテマリーンズの選手一覧。 |
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1978年
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小林 宏之(こばやし ひろゆき)は、阪神タイ... |
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1998年
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初登板:、対福岡ダイエーホークス11回戦(千... |
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