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ecoyuri
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プロフィール
- 小池百合子とは
- 生い立ち
- ジャーナリスト及びキャスター時代
- 初当選から自民党入党まで
- 小泉内閣
- 安倍内閣首相補佐官
- 防衛大臣就任から退任まで
- 2008年自由民主党総裁選挙
- 2009年衆議院議員総選挙
- 外交・安全保障
- 企業献金
- 事務所費
- 政治資金の収支が4年連続で同額
- 人物評
- 発言
- 共著
- 関連サイト
小池百合子(こいけゆりこ、1952年7月15日‐)は、日本の政治家、元ニュースキャスター。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、自由民主党総務会長(第49代)。自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)創設者。参議院議員(1期)、 環境大臣(第5・6・7代)、 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)、内閣総理大臣補佐官(国家安全保障問題担当)、 防衛大臣(第2代)を歴任。夏場のエネルギー消費と二酸化炭素排出の抑制を図るクール・ビズを 環境大臣として提唱したことで知られる。2010年9月の党役員人事で自由民主党総務会長に就任し、初 ...
生い立ち
| 兵庫県芦屋市出身。 |
| 甲南女子中学校、甲南女子高等学校卒業。 |
| 在学中は、テニス部・ソフトボール部とE.S.Sに所属。 |
| 1971年9月、関西学院大学社会学部を中退。 |
| 神戸市で衣料関連の貿易商を営んでいた父親が、石原慎太郎の新党結成の動き・「日本の新しい世代の会」の推薦で兵庫2区から1969年の第32回衆議院議員総選挙に立候補したが落選。 |
| その後一家は渡埃した。 |
| 「アラビア語が国連の公用語に加わる」との新聞記事がきっかけで、カイロ市にあるカイロ・アメリカ大学でアラビア語を修めたのち、カイロ大学へ進学。 |
| 1976年10月、カイロ大学社会学部を、女性で初めて首席で卒業(学位は社会学士(カイロ大学))。 |
| エジプト滞在中に、ピラミッドに登り、ピラミッドの天辺で茶道の形式に則りお茶を点てた経験もあるピラミッドに登頂することは文化財の破壊につながることから、現在はエジプト政府により禁止されている。 |
ジャーナリスト及びキャスター時代
| ジャーナリスト時代はPLO議長ヤーセル・アラファートや、リビアのカダフィへの単独インタビューを成功させるなどして注目を集めた。 |
| 1984年、東京大学に在籍していたトルコ人留学生ヌスレット・サンジャクリの抗議を受け、「トルコ風呂」の名称が「ソープランド」と改められた。 |
| この青年に陰で指導したのが、青年と親交があった小池と言われていたが、本人も後日新聞報道でそれを認めている1985年4月11日毎日新聞夕刊。 |
| トルコ留学生の熱心な訴えを聞き、国家の尊厳を守るという「大義」に加えて、がぜん彼への「共感」(=なんとかしてあげたい)が芽生えた結果だった『小池式コンセプトノート』P235。 |
| 1979年~1985年日本テレビ「竹村健一の世相講談」アシスタントキャスター、1988年~1992年テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」初代メインキャスターこの時は、テレビ東京専属「パーソナリティー」(事実上局アナウンサーの業務としていた)としてなど。 |
初当選から自民党入党まで
| 1992年7月の第16回参議院議員通常選挙で、複数の政党から出馬の誘いを受け「政治を変えるには大きな中古車を修理するのではなく、小さくても新車の方がいい」鯨岡仁「政権選択『93世代』はいま――対談小池百合子氏前原誠司氏」『朝日新聞』43724号、朝日新聞東京本社、2008年1月7日、2面。 |
| との思いから、細川護熙が結党した日本新党より比例区に立候補し参議院議員に当選した。 |
| 1993年7月の第40回衆議院議員総選挙で兵庫県第2区から出馬し、衆議院議員に当選した。 |
| その後、新進党に合流し「新進党の結成はペリー、マッカーサーに続く第3の黒船である」とコメントした。 |
| 新進党では小沢一郎に党首選立候補を促すなど小沢側近として活躍。 |
| 新進党分裂後、自由党に参加、自由党分裂においては小沢の残留要請を拒絶し保守党結成に参加。 |
| 2002年12月、保守党解党に伴い、保守新党が結成されるも、野田毅らと共に同党には参加せず、保守クラブを経て自由民主党に入党した(保守クラブは自民党へ合流するため、一時的に結成した形式上の政治団体)。 |
小泉内閣
| 自民党入党後は、総裁派閥である清和政策研究会に所属。 |
| 第1次小泉第2次改造内閣で環境大臣に抜擢されて入閣。 |
| 2003年の総選挙では近畿ブロック比例単独で比例名簿第3位に登録されて当選した。 |
| 2003年2月、アメリカのイラク戦争を支持する立場から日本国際フォーラムの「イラク問題について米国の立場と行動を支持する声明」を連名で新聞発表。 |
| 2003年11月、毎日新聞の衆議院議員アンケートで、日本の核武装について「国際情勢によっては検討すべきだ」と回答した2007年7月21日毎日新聞東京朝刊。 |
| 第2次小泉内閣、第2次小泉改造内閣でも環境大臣として再任され、2005年夏の軽装化キャンペーン「クール・ビズ」の旗振り役となった。 |
| 9月11日の2005年衆院選で郵政国会で郵政民営化法案に反対票を投じた小林興起の対立候補として兵庫6区から東京10区に移り立候補。 |
| 東京10区(豊島区)を選んだ理由として、著作(小池式コンセプトノート)において「自民・小林vs民主・鮫島の事実上の一騎打ちが続いている。 |
| 二人は同じ年であり、東大卒の元官僚同士の戦いであった」ことを国会便覧にて確認し、勝算を得たとしている。 |
| 「刺客」と呼ばれメディアに注目される選挙区となった。 |
| また、自民党では小泉総裁の意向で女性候補が比例名簿で上位に優遇される措置が行われ、小池も優遇対象となったが、小池は対立候補から事実上の当選確実状態であることを指摘されて選挙区での戦いで不利になるのを避けるために上位優遇措置を拒否し、多数の自民比例候補と同順位となった。 |
| 郵政選挙という追い風と対立候補(小林)の自滅により圧勝。 |
| 8月21日に小林が田中康夫とともに新党日本を立ち上げた、その瞬間に保守層の支持を獲得できると確信したと述べている。 |
| 選挙後、温暖化対策という名目で環境税の導入構想を発表したが、反対意見が多いため先送りとなった。 |
| 第2次小泉改造内閣より内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)を兼任。 |
| 2005年に、過労が原因で入院。 |
| 2006年4月6日発売の週刊新潮で「永田町では危篤説や自殺未遂説が流れている」と報じられたりしたが、同14日に退院し公務に復帰。 |
| 復帰会見で「女性の場合、男性の10倍くらい結果を出さないとなかなか認められないから、つい、がんばりすぎちゃうんですよね。 |
安倍内閣首相補佐官
| 安倍内閣が発足すると内閣総理大臣補佐官(国家安全保障問題担当)に就任したが、2007年7月3日、「原爆しようがない」発言で防衛大臣を辞職した久間章生の後任として、北朝鮮拉致問題や在日米軍再編に関する知識を買われ、7月4日付で第2代防衛大臣に就任した。 |
| サプライズ人事とも参院選向け人事とも見られている(小池の選挙区である東京10区には陸上自衛隊練馬駐屯地があり(第44回衆議院議員総選挙の際には、練馬駐屯地まで来隊している)、また以前の選挙区であった兵庫6区には陸上自衛隊伊丹・川西・千僧の各駐屯地および長尾山演習場がある)。 |
| 明治維新以後、日本の近代軍事史上、女性が防衛担当閣僚となったのは今回が初めてである。 |
| G8(主要先進国)ではミシェール・アリヨ=マリー(フランス)以来の女性国防担当大臣となる。 |
防衛大臣就任から退任まで
| 300px|thumb|アメリカ合衆国国務長官|国務長官コンドリーザ・ライスと会談後に握手(2007年8月9日)。 |
| 防衛大臣就任後、テロ対策特別措置法の延長問題に関して、民主党が求めている自衛隊派遣に関する国会の事前承認について「国会がチェック機能を果たす観点から1年ごとの(法改正による)延長という仕切りがある。 |
| 今の制度でも十分役割を果たしている」と否定的な見方を示した。 |
| 2007年8月、米下院慰安婦決議問題で内閣総理大臣安倍晋三、外務大臣麻生太郎、駐米大使加藤良三が日米関係に与えていたマイナス・イメージを払拭すべく、第167回国会を欠席してまでアメリカを電撃訪問し、国防長官ロバート・ゲーツや副大統領ディック・チェイニーと会談、野党がテロ対策特別措置法の延長に反対している状況を説明した上で、「これからも引き続き、役割を果たしていきたい」と、インド洋での自衛隊の給油活動を継続する方針を伝えた。 |
| 国務長官コンドリーザ・ライスとの会談では「私は『日本のライス』と呼ばれているようですが、日本でライスは米(こめ)になります。 |
| よって、マダム・スシと呼んでみてはいかがでしょうか」などと英語でジョークを飛ばしたアサヒコム2007年8月11日配信など。 |
| 小池はこの訪米のため国会を欠席しており、8月9日におこなわれた党国防部会などの合同会議で、山崎拓から「いささか当を得ない行動ではないか。 |
| 今、党はテロ対策特別措置法を抱えている」と批判された読売新聞2007年8月10日。 |
| 直属の部下である防衛事務次官は、プロパーの守屋武昌であった。 |
| 彼は有能であったが、選択などの一部マスコミで、商社から利益供与を受けた疑惑が報じられていた(このことは小池も知っていたものと思われる)。 |
| 小池は、首相補佐官時代からの宿願だった防衛省の「情報保全」システム確立のためと称して、守屋を更迭し警察庁出身の西川徹を防衛事務次官とする人事案を作成した。 |
| しかしこの人事情報が防衛省中枢からマスコミに漏洩され、更に守屋が大臣を通り越して首相の安倍や官房長官塩崎恭久に対して直接、人事案の撤回を直訴し、塩崎が守屋の肩を持つという異常事態が発生した。 |
| 小池は人事案の撤回を迫られ、安倍、塩崎らは守屋留任でも西川でもない「第三の(人事)案」を小池に要求して事態収拾を図ろうとした。 |
| 結局、小池と守屋との交渉の結果、守屋は2007年9月1日付で退官し、守屋と同じくプロパーの増田好平(大臣官房長)を後任の事務次官にする「第三の案」で決着・内定した。 |
| 守屋は2009年12月22日に二審東京高裁で、懲役2年6か月、執行猶予なしの実刑判決を受けた。 |
| 裁判での逆転勝利が不可能であることを悟った守屋は、「(まだ65歳の身体で)懲役に耐えられる体力があるうちに対応(服役)したい」という理由もあり、上告を断念し、自ら懲役刑に服することを決めた(2010年8月27日)。 |
| 2007年8月27日に安倍は内閣改造をした(安倍改造内閣)。 |
| その直前、8月24日、インドのニューデリーのホテルにおいて、小池は大臣職の辞意を表明した。 |
| 「皆さんには奇異に思われるかもしれませんが、防衛省内で(2007年5月、小池百合子が国家安全保障問題担当首相補佐官のときに発覚した事件であり、防衛大臣として訪米した際にも米国側から指摘されていた日本防衛省の情報保全に対する懸念の最大の原因となった)イージス艦機密情報漏洩事件の責任をどなたも取っておられませんので、この点で(かつて国家安全保障問題担当の首相補佐官であり、防衛大臣である)私は責任を取りたいと思います」「情報保全という大きな課題が本当に意味をなすために、きっちりとした体制でやっていただきたい。 |
2008年自由民主党総裁選挙
| 2008年9月、福田康夫の辞任を受けて行われた2008年自由民主党総裁選挙に20人の推薦人を確保し、立候補した。 |
| 選挙結果は麻生太郎、与謝野馨に続く3位で、地方票はゼロであった。 |
2009年衆議院議員総選挙
| 第45回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で出馬。 |
| 泉は「小池さんは、(幸福実現党の比例東京ブロックで出馬する)ドクター中松さんの『ミサイルUターン技術(撃ち込まれたミサイルをUターンさせ自爆させる発明)』にも理解を示されております」とし、「風車のお百合」をキャッチフレーズに独自の選挙運動を展開した。 |
| 8月30日に実施された投票の結果、民主党公認候補の江端貴子に約9千票の差をつけられ落選、重複立候補していた比例代表東京ブロックで復活当選した。 |
| 9万6千票という得票数は、東京ブロックで復活当選した自民党議員の中では下から2番目であり、復活当選できなかった佐藤ゆかりや石原宏高、伊藤公介らを下回る(ただし、東京10区は全国で最も有権者数の少ない選挙区である)。 |
| 9月3日、「派閥単位でなく、党全体で結束すべき」として町村派を退会し、無派閥となった。 |
| 麻生総裁退陣に伴う2009年自由民主党総裁選挙には立候補せず谷垣禎一候補の推薦人に名を連ね、谷垣総裁の下で党広報本部長を務める。 |
外交・安全保障
| 国際連合によるリビア制裁の間も、日本とリビアとの関係強化を図るためさかんに活動しており、同国の革命指導者であるムアンマル・アル=カッザーフィーの二男のサイフルイスラーム・ムハンマド・アル・カッザーフィーや、三男のアル=サアディー・カッザーフィーに対し、日本訪問を要請したのもこの団体である。 |
| 小池はリビアを訪問した経験もあり、複数回にわたって同国の革命指導者ムアンマル・アル=カッザーフィーと直接会談している『 |
| 2009年11月、小池はツイッターの公式アカウントにて「リビアのカダフィ指導者へのお土産はWiiにしました!」『 |
| 2011年8月には、日本の政治家として初めてリビア国民評議会のトップであるムスタファ・モハメド・アブドルジャリル議長らと会談した。 |
企業献金
| 消費者金融業界の政治団体「全国貸金業政治連盟」(全政連)からパーティー券購入などにより資金提供を受けていると日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」は伝えた |
| 自身が環境大臣時代の2005年の総選挙公示直前に、関連企業から100万円の企業献金を受け取っていたとされる |
事務所費
| 小池事務所側は、兵庫県(選挙区変更後は東京都豊島区)にある地元事務所の家賃、水道光熱費を合算したと説明している。 |
| しかし、事務所費として2003年に1100万円超を計上しながら、2004年には半額の約582万円を計上しており、「毎年一定した金額であるはずの事務所費が、これほど増減するのは不自然」「小池百合子防衛相家賃ナシ・光熱水費ナシの議員会館に事務所費4542万円!」『週刊現代』49巻30号、講談社、2007年8月11日、29頁。 |
政治資金の収支が4年連続で同額
| 小池が代表を務める政党支部の政治資金収支報告書に対し、収支が完全に一致し4年連続で繰越金が0円になるのは不自然との指摘がなされている「政党支部、収支ピタリ一致の『怪』――『帳尻合わせない』」『 |
人物評
| 細川護熙、小沢一郎、二階俊博、小泉純一郎、安倍晋三、中川秀直と時の権力者・実力者の近くを渡り歩いてきた。 |
| また、日本新党、新進党、自由党、保守党、自民党と政党を渡り歩いていたため、「政界渡り鳥」と揶揄されることもあるが、日本新党、新進党、保守党は党そのものが解党し、自由党を離党したのも自自公連立政権からの離脱に反対したためで、自発的に離党したのは自由党離党の時のみである。 |
発言
| 2005年10月5日(小泉内閣・環境大臣時代、参議院予算委員会で民主党・喜納昌吉の普天間代替基地建設に関する辺野古海岸埋立てをめぐる米国での環境破壊反対訴訟に関する質問に対して「辺野古沖のジュゴンは北限のジュゴンというふうに言われておりますが、この北限が今、地球温暖化によってどんどん上がってきているというようなこともございます。 |
| 厚生労働大臣柳澤伯夫の女性を「子供を産む機械」に例えた発言に対し、2007年2月4日、小池はテレビ番組にて「柳澤(伯夫)さんだけじゃなくて、イスラムの国よりも、日本における男性の、女性に対する見方は遅れてるんじゃないか」と批判。 |
| 2007年7月26日、青森県弘前市で行なわれた2007年参院選比例代表候補者の個人応援演説において、1995年の阪神・淡路大震災における救援活動について「アメリカが支援に神戸港に入ろうとしても、港湾組合が厳しくてなかなか着岸できなかった」と発言。 |
| 2007年8月9日、民主党がテロ特措法の延長に反対している事について、(小沢一郎は)「湾岸戦争のころから、カレンダーがめくられていないのではないか」と批判。 |
| 2009年8月の第45回衆議院議員総選挙とその結果を受けての鳩山由紀夫内閣成立は“日本解放第二期工作要綱が決行された結果である”と自分のメールマガジンで主張 |
| 11月26日には、鳩山由紀夫内閣が進める事業仕分けについて、「中共の「日本解放工作要綱」にならえば、事業仕分けは日本弱体化の強力な手段。 |
| 2010年1月22日の衆議院予算委員会において外国人参政権について質問し、赤松広隆農林水産大臣の「日本における外国人参政権は民団への公約」という発言について質し、さらに亀井静香金融担当大臣から「私の所属しております国民新党は付与することについては反対でありますし、私としても反対であります」との答弁を引き出した。 |
| なお、本人は保守党在籍当時の2000年11月に、同じ衆議院の特別委員会で法案提案者の一人として「税金を払っている在日の方々がそれに対して意見を、また参政権という形で、選挙という形で意見を述べるのは、これは当然ではないかというような意見もある」「在日の皆さま方のことを考えると同時に、日本そのものを考えるという大変大きなモメンタムである」と発言している(一方で提案説明の中で「やはり国民の声の中では幾つかの問題提起もされている」「地方の政治と国政とは実は非常に密接に関係してくる」「(南北朝鮮の民団と総連という関係が敵対して)一本化されていないということに一抹の不安を覚える」「国籍を取りやすくするということも、この法案とはまた別にその選択肢も十分ある」「国籍取得をより簡便にするということをまず考えなければならないのではないか」と導入に慎重な意見もしている) |
| 2010年3月11日、自身のTwitterにおいて、朝鮮学校の高校無償化に反対を明言し、それに加えて、「反日教育を進めている北教組の傘下にある北海道の高校も同類」と書き込み、北海道の高校の授業料無償化にも反対の姿勢を示したhttp://twitter.com/ecoyuri/status/10322465646。 |
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1952年
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小池 百合子(こいけ ゆりこ、 ‐ )は、日本... |
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1971年
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関西学院大学社会学部を中退 |
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投票数
10
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小池百合子さんについてのひとこと紹介
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