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つながりの強いひと
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小野小町
平安前期9世紀頃の女流歌人。六歌仙・三十六歌仙の1人。 |
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小野妹子
先祖
小野妹子(おののいもこ、生没年不詳)は飛鳥時代の政治家。姓は臣。子に毛人・広人がいた。冠位は大徳冠。『日本書紀』によると大唐に派遣され、大禮(冠位... |
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小野道風
平安時代の貴族・能書家。参議・小野篁の孫で、大宰大弐・小野葛絃の子。藤原純友討伐に功を成した公卿・小野好古は実兄。官位は正四位下・内蔵頭。「三蹟」... |
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子子子
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小野岑守
父
平安時代初期の貴族・文人。征夷副将軍・小野永見の三男。官位は従四位上・参議。 |
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藤原常嗣
平安時代前期の公卿。藤原北家、中納言・藤原葛野麻呂の七男。官位は従三位・参議。 |
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閻魔王
文化財紹介 長伝寺「木造閻魔王坐像」 ・市指定有形文化財(彫刻) 平成13年 4月20日指定
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足利学
彼のザビエルをして、「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と形容されるも、惜しいことではあるが、明治5年に伝統の灯は途絶えてしまっている。現... |
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結城光流(ゆうきみつる、8月21日-)は日本の小説家。現在、角川ビーンズ文庫にて『少年陰陽師』シリーズを連載中。 |
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渡辺郁子
渡辺郁子
Ikuko Watanabe オーストラリアで育つ。大学卒業後、化粧品会社、出版社、広告代理店勤務を経て、2002年有限会社インク・インクを設立。
2005年... |
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左大臣
朝廷の最高機関、太政官の職の一つ。唐名は「左府」「左丞相」「左相国」「左僕射」「太傅(たいふ)」。和訓は「ひだりのおおいもうちぎみ/ひだりのおとど」... |
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先祖
推古朝の倭国(俀國)が隋に派遣した朝貢使のことをいう。600年(推古8年)~618年(推古26年)の18年間に5回以上派遣されている。なお、日本という名称が使... |
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菅原道真
天神 菅原道真 0.目次 本レポートでは以下の通りに調査内容を報告することをここに記す。 1.菅原道真という人物。 2.天神、道真。そして学問の神、道真。 ... |
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在原業平
平安時代初期の貴族・歌人。平城天皇の孫。三品・阿保親王の五男。官位は従四位上・蔵人頭・右近衛権中将。六歌仙・三十六歌仙の一人。また『伊勢物語』の主... |
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平安時代前期の公卿。藤原北家、左大臣・藤原冬嗣の五男。文徳天皇の外叔父。官位は正二位・右大臣、贈正一位。西三条大臣と号す。 |
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最澄
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プロフィール
- 小野篁とは
- 経歴
- 人物
- 代表歌
- 逸話と伝説
- 系譜
- 小野篁に関連する作品
- 関連項目
- 外部リンク
- 関連サイト
小野篁(おののたかむら、延暦21年(802年)-仁寿2年12月22日(853年2月3日))は、平安時代前期の官人、学者、歌人。参議 小野岑守の子。官位は従三位・参議。異名は「野相公」「野宰相」、その反骨精神から「野狂」とも。
経歴
| 小野篁は遣隋使を務めた小野妹子の子孫で、父は小野岑守。 |
| 孫に三蹟の一人小野道風がいる。 |
| 若年の頃、父に従って陸奥国へ赴き、弓馬をよくしたが、嵯峨天皇の言葉に触れて発奮し学業に励んだとされる。 |
| 弘仁13年(822年)文章生に補せられ、大内記・蔵人を経て、天長9年(832年)従五位下に叙せられた。 |
| 翌天長10年に仁明天皇が即位し、淳和上皇の皇子恒貞親王が皇太子になると、東宮学士に任ぜられた。 |
| 承和元年(834年)、遣唐副使に任ぜられるが、承和5年(838年)に正使藤原常嗣の専断に憤慨しいさかいを起こし、病気と称して乗船を拒否(遣唐使は篁を残して同年6月渡海)する。 |
| さらに、「西道謡」という朝廷を批判する詩を作ったため、嵯峨上皇の怒りを買い、官位剥奪の上隠岐への配流に処された。 |
| のち承和7年(840年)2月許されて帰京・本位に復す。 |
| その後も蔵人頭・左中弁と要職を歴任。 |
| 承和14年(847年)には参議として公卿に列した。 |
| 仁寿2年12月(853年1月)従三位に叙せられるがまもなく薨じた。 |
人物
| 『令義解』の編纂にも深く関与する等法理に明るく、政務能力に優れていた。 |
| 一方で漢詩文では平安時代初期の三勅撰漢詩集の時代における屈指の詩人であり、『経国集』や『和漢朗詠集』にその作品が伝わっている。 |
| また和歌にも秀で、『古今和歌集』以下の勅撰和歌集に18首が入首している。 |
代表歌
| わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟(百人一首11番)。 |
| 泣く涙 雨と降らなむ わたり川 水まさりなば かへりくるがに(古今和歌集)。 |
逸話と伝説
| 『日本文徳天皇実録』に見える薨伝によれば、篁の身長は六尺二寸。 |
| すなわち180センチを超える巨漢であった。 |
| 同じく薨伝によれば、その文才は「天下無双」であったという。 |
| 同じく、金銭に淡白で禄を友人に分け与えていたため貧しかったという。 |
| 篁は夜ごと井戸を通って地獄に降り、閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという。 |
| この井戸は、京都嵯峨の福生寺(生の六道、明治期に廃寺)と京都東山の六道珍皇寺(死の六道)にあったとされ、また珍皇寺の閻魔堂には、篁作と言われる閻魔大王と篁の木像が並んで安置されている。 |
| 京都市北区にある篁のものと伝えられる墓の隣には、紫式部のものと言われる墓があるが、これは愛欲を描いた咎で地獄に落とされた式部を、篁が閻魔大王にとりなしたという伝説に基づくものである。 |
| 『今昔物語集』「小野篁、情に依り西三条の大臣を助くる語」によると、病死して閻魔庁に引据えられた藤原良相が篁の執成しによって蘇生したという逸話が見える。 |
| 『宇治拾遺物語』などには、嵯峨天皇のころ、「無悪善」という落書きを「悪(さが(嵯峨のこと))無くば、善けん」(「悪なからば善からん」とも読める。 |
| いずれにせよ、「嵯峨天皇がいなければ良いのに」の意と読み、これが読めたのは篁自身が書いたからに違いないと立腹した嵯峨天皇は「『子』を十二個書いたものを読め」というなぞなぞを出したが、見事に「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読み解いてみせ事なきを得た、という逸話も見える。 |
| まだ日本に『白氏文集』が一冊しか渡来していない頃、天皇が戯れに白楽天の詩の一文字を変えて篁に示したところ、篁は改変したその一文字のみを添削して返したという。 |
| 白楽天は、篁が遣唐使に任ぜられたと聞き、彼に会うのを楽しみしていたという。 |
| また篁を主人公とした物語として、異母妹との悲恋を描いた『篁物語』があるが、完全なフィクションである。 |
系譜
| 妻:藤原三守の娘。 |
| 男子:小野良真(または良貞)-小野小町の父『尊卑分脈』による。 |
| 但し、小野小町の出自には諸説があり、正しい系譜は不明。 |
| 小野小町の項目を参照。 |
| 男子:小野葛絃『小野氏系図』(『続群書類従』巻第166所収)では篁の弟とする。 |
| -小野好古・道風の父。 |
| 男子:小野保衡『小野氏系図』(『続群書類従』巻第166所収)『武蔵七党系図』-子孫は武蔵七党の猪俣党・横山党。 |
| 男子:小野利任-子孫は森本氏、羽束氏太田亮『姓氏家系大辞典』では、春日氏の一族で、摂津羽束部の伴造氏である羽束首の後裔とする。 |
| 、安福氏。 |
| 武蔵七党の猪俣党や横山党などの武士は小野篁の子孫を称して、小野にちなんで、「野太郎」、「小野太」などと称している。 |
| また、それからの転化で「弥太郎」や「小弥太」と称した者もいる。 |
| 但し猪俣党や横山党が本当に小野篁の後裔であったかどうかについては、疑問が持たれている(詳細は猪俣党・横山党の各項を参照)。 |
小野篁に関連する作品
| 『最後の遣唐使 副使を蹴った男小野篁』渡辺郁子。 |
| 『冥界伝説 たかむらの井戸』たつみや章。 |
| 『札屋一蓮!』さくまゆうこ。 |
| 『鬼の橋』伊藤遊。 |
| 『篁破幻草子』結城光流。 |
| 『篁・変成秘抄シリーズ』藤川桂介。 |
| 『総門谷R(鵺編・小町変妖編・白骨編)』高橋克彦。 |
| 宝塚歌劇団星組バウホール公演『花のいそぎ』。 |
| 『王都妖奇譚』岩崎陽子-小野篁の曾孫で、死霊を狩る冥府の役人の役割を引き継いだという小野氷月なる架空の人物が登場するほか、小野篁本人も霊体で登場する。 |
| 『真・女神転生エル・セイラム』西谷史。 |
外部リンク
| 冥界に帰った篁が、100年後一人の僧侶として生まれ変わり、生誕所縁の天平2年(730年)行基の開創による「桜山花王寺」(後に篁山竹林寺に改める)に戻り、十王堂を建て十王尊像九体をつくり残り一体は自ら生身の像となったという。 |
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