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大伴旅人
大伴旅人(おおとものたびと、天智天皇4年(665年)-天平3年7月25日(731年8月31日)は奈良時代初期の貴族、歌人。大納言・大伴安麻呂の子。官位は従二位・大... |
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大伴家持
大伴家持(おおとものやかもち、養老2年(718年)頃-延暦4年8月28日(785年10月5日))は奈良時代の貴族・歌人。大納言・大伴旅人の子。官位は従三位・中納言... |
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柿本人麻呂
飛鳥時代の歌人。名は「人麿」とも表記される。後世、山部赤人とともに歌聖と呼ばれ、称えられている。また三十六歌仙の一人で、平安時代からは「人丸」と表... |
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山部赤人
奈良時代の歌人。三十六歌仙の一人。姓は宿禰。山部足島の子とする系図がある。官位は外従六位下・上総少目。後世、山邊(辺)赤人と表記されることもある。 |
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中西進
日本の古典文学研究者、比較文学研究者、万葉学者、奈良県立万葉文化館館長、池坊短期大学学長、国際日本文化研究センター・京都市立芸術大学・大阪女子大学... |
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額田王
額田王(ぬかたのおおきみ、ぬかたのきみとも、生没年不詳)は斉明朝から持統朝に活躍した、日本の代表的な女流万葉歌人でありまた天武天皇の妃(一説に采女... |
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稲岡耕二
日本の国文学者。古代文学専攻。東京大学名誉教授。 |
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百済
古代の朝鮮半島南西部にあったツングース系扶余族による国家(346年-660年)。朝鮮史の枠組みでは、半島北部から満州地方にかけての高句麗、半島南東部の新羅... |
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大伴坂上郎女
『万葉集』の代表的歌人。大伴安麻呂と石川内命婦の娘。大伴稲公の姉で、大伴旅人の異母妹。大伴家持の叔母で姑でもある。『万葉集』には、長歌・短歌合わせ... |
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持統天皇
日本の第41代天皇。実際に治世を遂行した女帝である(称制:朱鳥元年9月9日(686年10月1日)、在位:持統天皇4年1月1日(690年2月14日)-持統天皇11年8月1日... |
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紀貫之
平安時代前期の歌人。『古今和歌集』の選者のひとり。また三十六歌仙のひとりでもある。紀友則は従兄弟にあたる。 |
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天智天皇
同母兄弟の中の長男に与えられた皇位継承資格を示す称号で、「中大兄」は「二番目の大兄」を意味する語。諱(実名)は葛城(かづらき/かつらぎ)。漢風諡号で... |
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小野老
奈良時代の歌人、官人。系譜は明らかでないが一説では中納言小野毛野の子。最終官位は従四位下・大宰大弐。 |
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高橋虫麻呂
奈良時代の万葉歌人。姓は連。高橋氏(高橋連)は物部氏の一族である神別氏族。719年(養老3年)頃、藤原宇合が常陸守であった頃に宇合の下僚となり、以後宇... |
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天武天皇
7世紀後半の日本の天皇である。在位は天武天皇2年2月27日(673年3月20日)から朱鳥元年9月9日(686年10月1日))。『皇統譜』が定める代数では第40代になる。 |
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犬養孝
犬養孝(いぬかいたかし、1907年4月1日-1998年10月3日)は万葉学者。大阪大学、甲南女子大学名誉教授、文学博士。文化功労者。高岡市万葉歴史館名誉館長。東... |
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志貴皇子
飛鳥時代末期から奈良時代初期にかけての皇族。芝基皇子または施基皇子(施基親王)、志紀皇子とも記す。天智天皇の第七皇子。位階は二品。 |
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聖武天皇
聖武天皇(しょうむてんのう、大宝元年(701年)-天平勝宝8年5月2日(756年6月4日)、在位:神亀元年2月4日(724年3月3日)-天平勝宝元年7月2日(749年8月19... |
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文武天皇
日本の第42代天皇(在位:文武天皇元年8月1日(697年8月22日)-慶雲4年6月15日(707年7月18日))。諱は珂瑠(かる)、軽(かる)。和風諡号は2つあり、『続... |
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慶雲
原田慶雲作品 略歴 大正11年4月17日 静岡市二番町に生まれる 平成22年5月3日逝去(行年89歳)
家具職人として腕を研き、後にポーラ化粧品草薙工場に勤務し... |
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プロフィール
山上憶良(やまのうえのおくら、( 斉明天皇6年(660年)?-天平5年(733年)?)は、奈良時代初期の歌人。万葉歌人。姓は臣。官位は従五位下・筑前守。
出自
| 春日氏の一族で、粟田氏の支族とされる『新撰姓氏録』右京皇別が、中西進ら文学系研究者の一部からは百済系帰化人説も出されている。 |
人物
| 仏教や儒教の思想に傾倒していたため、死や貧、老、病などといったものに敏感で、かつ社会的な矛盾を鋭く観察していた。 |
| そのため、官人という立場にありながら、重税に喘ぐ農民や防人に狩られる夫を見守る妻など社会的な弱者を鋭く観察した歌を多数詠んでおり、当時としては異色の社会派歌人として知られる。 |
| 抒情的な感情描写に長けており、また一首の内に自分の感情も詠み込んだ歌も多い。 |
| 代表的な歌に『貧窮問答歌』、『子を思ふ歌』などがある。 |
| 『万葉集』には78首が撰ばれており、大伴家持や柿本人麻呂、山部赤人らと共に奈良時代を代表する歌人として評価が高い。 |
| 『新古今和歌集』(1首)以下の勅撰和歌集に5首が採録されている『勅撰作者部類』。 |
作品
| 神代(かみよ)より 言(い)ひ伝(つ)て来(く)らく そらみつ 大和(やまと)の国(くに)は 皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国 言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国(くに)と 語(かた)り継(つ)ぎ 言(い)ひ継がひけり。 |
| :(「神代欲理云傳久良久虚見通倭國者皇神能伊都久志吉國言霊能佐吉播布國等加多利継伊比都賀比計理」『万葉集』巻5-894)。 |
| 世の中を憂しとやさしとおもへども飛びたちかねつ鳥にしあらねば。 |
| 憶良らは今はまからむ子泣くらむそれその母もわを待つらむそ。 |
| 春さればまづ咲くやどの梅の花独り見つつやはる日暮らさむ(大宰府「梅花の宴」で詠んだもの)。 |
| 瓜食めば子供念ほゆ栗食めばまして思はゆ何処より来りしものそ眼交にもとな懸りて安眠し寝さぬ。 |
歌碑
| 赴任先の太宰府市はもとより筑後、筑豊地方の嘉麻市などに歌碑が多数存在する(有名な句はほとんどこの地で詠まれている)。 |
| また、「子等を思う歌一首」とその反歌とが、岐阜県神戸町の神戸町役場に、書家の日比野五鳳による書として彫り込まれたものがある。 |
参考文献
| 太宰府市編『太宰府市史』、2004年。 |
| 森弘子『太宰府発見』海鳥社、2003年、ISBN4-87415-422-0。 |
| 前田淑『大宰府万葉の世界』弦書房、2007年、ISBN978-4-902116-78-6。 |
| 浦辺登『太宰府天満宮の定遠館』弦書房、2009年、ISBN978-4-86329-026-6。 |
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