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1989年03月05日 名古屋国際女子マラソンが初マラソン、2時間34分59秒の4位に入り、当時小島和恵の持つ初マラソン日本最高タイ記録をマーク。
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1989年11月 ニューヨークシティマラソンに出走するが、2時間53分台のゴールとなり唯一の失敗レースとなった。
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1990年01月28日 大阪国際女子マラソンに出走、2時間33分17秒の8位だった。
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同レースでは有森裕子が2:32:51の6位に入り、当時山下・小島の持つ初マラソン日本最高記録を更新した。
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1990年08月26日 北海道マラソンに出場。
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2時間35分41秒の2位に入り、日本女子ではトップとなる。
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1991年03月03日 直前に世界陸上東京大会女子マラソン代表に決定。
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同日名古屋国際女子マラソンに出走し、2時間31分02秒でマラソン初優勝を果たした。
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1991年08月25日 世界陸上東京大会女子マラソン本番に出場。
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25度を超す気温という過酷な気象条件により、有力選手が次々優勝争いから脱落する中、山下はレース終盤まで優勝候補のポーランドのワンダ・パンフィルと互角に競り合った。
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結果、山下は優勝したパンフィル(タイムは2:29:53)にわずか4秒差であと一歩及ばなかったが、それでも2時間29分57秒の自己ベストタイムをマークして、見事銀メダルを獲得。
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この成績により、翌年8月開催のバルセロナオリンピック女子マラソンの内定代表に決まった。
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(有森裕子も4位入賞、翌年3月に山下同様バルセロナ五輪女子マラソン代表となる。
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荒木久美は12位。
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1992年08月01日 バルセロナ五輪女子マラソン出場。
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レース中盤の30Km手前で、陸上女子選手として64年ぶりに五輪の銀メダルを獲得した、有森のスパートについていけなかったが、このレースも気温30度を超す猛暑の中を、終始持ち前の粘り強さを発揮して、2時間36分26秒の4位入賞を果たした。
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(なお当初山下は5着でゴールしたが、4着でゴールした当時EUNのマディナ・ビクタギロワがドーピング違反で失格、山下は4位に繰り上がった。
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小鴨由水は29位。
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)しかしその後は故障等に悩まされ、1996年のアトランタオリンピック女子マラソン選考レースへの出場を断念。
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このバルセロナ五輪女子マラソンが、山下自身の現役選手として最後のレースとなった。
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2007年2月18日 第1回東京マラソンへ久々にフルマラソンを出走。
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ゴールタイム5時間08分52秒、女子の部2937位。
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(有森は現役ラストランで出場、2:52:45で女子の部5位だった)。