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渡辺香津美(わたなべかづみ、1953年10月14日-)は東京都渋谷区出身のギタリスト。 |
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一柳慧
一柳慧(いちやなぎとし、1933年2月4日-)は兵庫県神戸市生まれの作曲家、ピアニスト。 |
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フリージャズ
日本のフォークデュオ。1994年に結成。2000年にデビューし、2003年7月13日に一度解散したが、2007年5月27日に再結成した。 |
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粟津潔(あわづきよし、1929年2月19日-2009年4月28日)は日本のグラフィックデザイナー。 |
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プロフィール
- 山下洋輔とは
- 人物
- 経歴
- 生い立ち
- ジャズ奏者
- 代表作
- クラシックの形式による作曲
- 他の活動
- テレビ出演
- 家族
- 交友関係者
- 参考文献
- 関連サイト
山下洋輔(やましたようすけ、1942年2月26日-)は、日本のジャズピアニスト、作曲家、エッセイスト、作家である。ひじで鍵盤を鳴らす独自の奏法を交えながら演奏する。
人物
| セシル・テイラーやオーネット・コールマンらとともにフリー・ジャズムーブメントの先駆けとなったひとりである。 |
| 他分野への進出、コラボレーションにも積極的であり、『ジャズ大名』『ジャズ大名』には出演もしている『ファザーファッカー』『カンゾー先生』などの映画音楽を手がけている。 |
| またクラシックピアニスト、オーケストラ、和楽器楽隊とのフリーな競演や山下洋輔パンジャスイングオーケストラを組織するなどもしている。 |
| 独自の視点を生かした軽妙なエッセイや小説も執筆している。 |
| 筒井康隆とは互いの作品のファンであり、長年の交友関係をもつ。 |
| 筒井関係のイベントでは必ずといっていいほどメインのメンバーで参加しており、筒井の短編小説集『ジャズ小説』文春文庫版解説も執筆した。 |
| また筒井経由で河野典生、かんべむさし、堀晃らのSF作家とも交友した。 |
| タモリを発掘し、『ピアノ弾き乱入元年』等幾つかの著書で出会いの経緯や友誼が語られている。 |
| 赤塚不二夫やタモリと共に宮内庁に電話をかけ、「天皇陛下をお願いしたい」と言ったこともある。 |
| このときは係りの者に「どういうご用か」と訊かれて「国民の者です」と答えたが、「陛下はいまご多忙で電話に出られない」と天皇への取次を拒絶され、げらげら笑っていたと回想している山下洋輔『ドバラダ乱入帖』集英社、1993年、p.123。 |
| ※「概要」ではないし、個別に記載すべき内容でもないのでは。 |
| 落語好きでも知られ、「じゅげむじゅげむ五劫のすり切れ……」のリズムを使ったジャズ曲『寿限無』を作曲。 |
| また、春風亭小朝や柳家小三治らと、演奏と落語のかけ合いをしたこともある。 |
生い立ち
| 世田谷の代田橋に転居し、3月にはアメリカ軍による東京大空襲を経験した。 |
| 疎開先の長野県山吹村で終戦を迎え、代田橋に戻って東大原小学校に入学した。 |
| その後都下三鷹市に移り、三鷹第四小学校に通学した私の履歴書 山下洋輔(2) 『日本経済新聞』 平成23年6月2日朝刊。 |
| 小学校3年生時、父親が福岡県の三井鉱山田川鉱業所に技師長として転勤になり、一家は同県田川市に引越し、山下は田川市立後藤寺小学校に転入した。 |
| この頃ピアノを覚えるとともに、伊藤光にヴァイオリンを習う。 |
| 中学1年生の途中で東京に戻り、杉並の高円寺中学校に通った私の履歴書 山下洋輔(2) 『日本経済新聞』 平成23年6月2日朝刊。 |
| NHK交響楽団の高辻威長にヴァイオリンを習っていたが、中学生時代には太陽族だった兄・啓義の影響でジャズに傾倒した。 |
| 中学校2年生で麻布中学校に編入、学業成績は振るわなかった在学中の成績は「後ろから三番目の口だった」「幾何の点数は零点だった」「平均点が75点以上なかったので学級委員選挙の被選挙権がなかった」「化学の授業では黒板に書かれる文字が何一つ理解できなかった」等と語っている(『ドバラダ門』より)山下洋輔『ドバラダ門』新潮社、1990年、p.277-278が、中学校3年生で兄のジャズバンドに参加「サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」をピアノで弾いたことからジャズピアノの道に入る、麻布高校1年生のときには同級生を誘ってジャズバンドを結成した。 |
| 1959年麻布高校在学中にプロとしての演奏活動を開始。 |
| この頃、富樫雅彦、渡辺貞夫、菊地雅章らと親交をもつ。 |
| 国立音楽大学作曲科で中村太郎らに師事、クラシック理論を身に付けたことが後の多彩な活動に繋がる。 |
ジャズ奏者
| 1965年富樫や武田和命らと活動。 |
| 日本で初めてフリー・ジャズを演奏したグループと言われる『スイングジャーナル』2007年10月号(スイングジャーナル社)p.121。 |
| 1966年山下洋輔トリオ結成。 |
| この当時のメンバーは山下(p)、紙上理(b)、本庄重紀(ds)。 |
| 後に中村誠一(ts)、森山威男(ds)、坂田明(as)、国仲勝男(b)ら。 |
| この間トリオは国内のライブのみならず、ヨーロッパ各地への演奏ツアーを行う。 |
| 主にドイツ語圏(と旧東欧圏)で高い評価を受ける。 |
| またツアー旅行記、エッセイをユーモアあふれるバンドマンの言動とともに『ライトミュージック』『小説現代』『宝島』各誌に発表し始め、エッセイストとしても高い評価をうける。 |
| 1969年封鎖されていた、早稲田大学4号館バリケード内で演奏。 |
| 東京12chの番組『ドキュメンタリー青春』(演出:田原総一朗)で放映される。 |
| 山下の著作『風雲ジャズ帖』所収のエッセイ「真相『今も時だ』」に詳細あり。 |
| 田原によると田原総一朗『僕はこうやってきた』p.147~p.148、山下が文学的表現として「ピアノを弾きながら死ねればいい」と言ったため田原はそれを馬鹿正直に受け取りバリケード封鎖されていた大隈講堂からピアノを持ち出して山下に弾かせることを考えた。 |
| 中核派から分裂した組織「反戦連合」のメンバーたちが運びだし、そのピアノを山下が演奏した。 |
| 後の作家高橋三千綱や、あさま山荘で殺された山崎順もピアノを運んだという。 |
| このイベントは、立松和平のデビュー作『今も時だ』という短編小説も産み出している。 |
| 1972年公演先の福岡でタモリと遭遇し、1975年にタモリが芸能界デビューするきっかけとなる。 |
| 1983年山下洋輔トリオを解散。 |
| この時のメンバーは小山彰太(ds)、武田和命(ts)、林栄一(as)。 |
| 1984年『シング・シング・シング』や『イン・ザ・ムード』といったスイング・ジャズの曲をフリー・ジャズで演奏するという趣旨のビッグ・バンド、「山下洋輔PANJAスイング・オーケストラ」を村上ポンタ秀一らと結成。 |
| 以降、断続的に活動。 |
| 1988年セシル・マクビー(b)、フェローン・アクラフ(ds)とともに山下洋輔ニューヨークトリオを結成。 |
| 1995年『室内楽団八向山』を結成。 |
| メンバーは八尋知洋(per)、向井滋春(tb)、山下(p)。 |
| 1998年映画『カンゾー先生』の作曲を担当。 |
| 同作曲は「毎日映画コンクール・音楽賞」「日本アカデミー賞・優秀音楽賞」「芸術選奨文部大臣賞(大衆芸能部門)」を受賞する。 |
| 2005年織部賞を受賞。 |
| ピアノ炎上2008金沢21世紀美術館主催。 |
| 祖父・啓次郎設計の奈良少年刑務所創立100周年記念矯正展でコンサート。 |
| 2009年結成40周年を記念して「山下洋輔トリオ復活祭」を開催。 |
代表作
| 活動及びライブ演奏は多岐に渡っている。 |
| また公式ホームページ(外部リンクを参照)に詳細なディスコグラフィが掲載されているので、ここでは代表作のタイトル及び特記すべき事項のみを列記する。 |
| 銀巴里セッション(1963年)。 |
| 公式ホームページで現在確認されている最古の記録を収録したアルバム。 |
| DANCING古事記/山下洋輔トリオ(1969年)。 |
| 山下洋輔トリオ名義の第一作。 |
| 早稲田大学4号館での演奏を収録したライブ・アルバム。 |
| ミナのセカンド・テーマ/山下洋輔トリオ(1969年)。 |
| 初のスタジオ録音アルバム。 |
| 2008年再発盤のライナーノーツ(平岡正明)によれば、日本で初のフリー・ジャズ・スタジオ録音。 |
| グガン(東芝EMI)。 |
| 表題作『グガン』および『ハチ』を含む。 |
| 森山(ds)、中村(ts)らによる初期の傑作。 |
| 山下、坂田、森山による新宿アートシアターでの1973年7月12日の演奏。 |
| 寿限無~山下洋輔の世界Vol.1/2(1981年)。 |
| この時期の山下の集大成とされる内容。 |
| Vol.2では村上秀一や渡辺香津美等と初セッションが行われた。 |
| ジャズ大名サウンド図鑑(徳間ジャパンコミュニケーションズ)(1986年)。 |
| 筒井原作の同名映画のサウンドトラックの復刻版。 |
| ソバヤ(単独曲)タモリ・山下・坂田・他、作詞作曲。 |
| タモリのファーストアルバム『TAMORI』に収録されている。 |
| アフリカンなリズムに合わせ、何を言っているのかわからないアフリカ風ハナモゲラ調のタモリのボーカルのバックに「ソバヤ、ソバーヤ」とコーラスが入る「アフリカ民謡」(自称)。 |
| 山下が初代会長を務めた「全日本冷し中華愛好会(全冷中)」による「第1回冷し中華祭り」(1977年4月1日)や、「筒井康隆断筆祭」(1994年4月1日)でも演奏されている。 |
クラシックの形式による作曲
| ピアノ協奏曲第1番即興演奏家の為の《エンカウンター》。 |
| 1999年作曲、2000年初演。 |
| 2004年11月にトリノでRAI国立交響楽団と共演した時の演奏(指揮は佐渡裕)がCD化されている。 |
| 2008年1月、佐渡裕指揮の東京フィルハーモニー交響楽団と初演、CD化されている。 |
| 無伴奏オーボエのための「レディ・ラビットへの手紙」。 |
| 現NHK交響楽団オーボエ奏者の茂木大輔に献呈。 |
| 後に第73回日本音楽コンクールで荒絵理子が演奏して第1位。 |
他の活動
| 全日本冷やし中華愛好会初代会長。 |
| 『ジャズ大名』『カンゾー先生』などへの映画音楽の提供。 |
| また、横浜ベイスターズの応援歌『bayStarsJump』も作曲。 |
テレビ出演
| 題名のない音楽会(テレビ朝日)。 |
| ダイハツムーヴ(CM、1995年)。 |
家族
| 薩摩藩士を祖とし、祖父は建築家の山下啓次郎、父・山下啓輔私の履歴書 山下洋輔(1) 『日本経済新聞』 平成23年6月1日朝刊は東京帝国大学を卒業後に三井鉱山を経て三井セメント会長となった実業家である。 |
| 母方の祖父に司法大臣などを歴任した小山松吉山下洋輔『ドバラダ乱入帖』集英社、1993年、p.183、父方の祖母の妹に日本のミスコン優勝者第一号といわれ侯爵野津鎮之助の妻である末弘ヒロ子がいる。 |
| 実兄の山下啓義はヒゲタ醤油株式会社の元代表取締役専務、妹の山下眞理子はジャズヴォーカリストである。 |
交友関係者
| 筒井康隆(小説家)。 |
| 8ママ(大阪北区のジャズ喫茶「いんたーぷれい8」の名物ママ)。 |
| 茂木大輔(オーボエ奏者、指揮者)。 |
参考文献
| ピアニストを笑え!(新潮文庫、ISBN4-10-123301-2)。 |
| ドバラダ門(新潮社、ISBN4-10-343703-0)。 |
| ピアノ弾き乱入元年徳間書店、ISBN4-19-173186-6。 |
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1942年
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山下 洋輔(やました ようすけ)は、日本のジ... |
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1973年
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山下、坂田、森山による新宿アートシアターで... |
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