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つながりの強いひと
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結婚
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徳永 恕 とくなが ゆき 1887.11.21(明治20)〜 1973.1.11(昭和48) 明治・大正・昭和期の社会福祉事業家 埋葬場所: 23区 1種 60側 東京市牛込区下... |
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プロフィール
山崎朋子(やまざきともこ、1932年1月7日-)は、女性史研究家、ノンフィクション作家。
経歴
| 長崎県佐世保市生まれ、広島県呉市と広島市で育つ。 |
| 本籍地は福井県。 |
| 父は海軍士官の大畑正、母は三冊の歌集を持つ大畑晴子。 |
| 1940年、父が艦長を務める伊号第六十七潜水艦が沈没し、父を喪う。 |
| 1945年、広島市への原子爆弾投下前に母親の郷里福井県に移り終戦を迎える。 |
| 1952年、福井大学教育学部二部を2年修了。 |
| 福井県で小学校の教師をした後、54年、女優となることを夢見て上京、再度小学校教諭を務めるが一年で辞め、演劇の勉強をするうち、知り合った東京大学院生・金光澤と事実婚。 |
| しかし金は朝鮮総連学生部の委員長であり、ナショナリズムのゆえに日本人妻を忌避する風潮が現れ、金の許を去る。 |
| その後喫茶店で働きつつ、写真のモデルなどをしていたが、58年、一方的に朋子に執着した男に顔を傷つけられ、女優の夢を断たれる。 |
| 同年、新宿の風月堂でウェイトレスをしていて、児童文化研究者・上笙一郎と知り合い、59年、結婚。 |
| 上の本名である山崎を姓とする。 |
| 女性史研究者としての勉強を始め、上との共著『日本の幼稚園』で1966年、毎日出版文化賞受賞。 |
| アジア女性交流史研究会を創立し、77年まで『アジア女性交流史』を刊行。 |
| 九州地方の「からゆきさん」の聞き書き『サンダカン八番娼館』で1973年、大宅壮一ノンフィクション賞受賞、同作は映画化もされ、ベストセラーとなる。 |
| 『あめゆきさんの歌』では、評論家の山田わかが、若い頃アメリカで娼婦をしていた事実を明らかにした。 |
| 以後、女性史研究の第一人者として著書多数。 |
| アジア女性交流史研究会を設立、また1990年代にはアジア女性基金を設立、近代女性の著作の復刊「女性叢書」の編纂などに従事。 |
著書
| 日本の幼稚園幼児教育の歴史上笙一郎共著理論社,1965のち光文社文庫、ちくま学芸文庫。 |
| 愛と鮮血アジア女性交流史三省堂新書,1970のち光文社文庫。 |
| サンダカン八番娼館底辺女性史序章 筑摩書房,1972のち文春文庫。 |
| サンダカンの墓文藝春秋,1974のち文庫。 |
| 火種はみずからの胸底に筑摩書房,1974 のち光文社文庫。 |
| 胸より胸へ随想筑摩書房,1976のち光文社文庫。 |
| あめゆきさんの歌山田わかの数奇なる生涯文藝春秋,1978のち文庫。 |
| ひとあしずつ随筆主婦の友社,1980のち光文社文庫。 |
| 光ほのかなれども二葉保育園と徳永恕上笙一郎共著朝日新聞社,1980のち光文社文庫。 |
| 鳴潮のかなたに伊号第六十七潜水艦とその遺族文藝春秋,1983のち文庫。 |
| わたし自身をさがす旅PHP研究所,1984。 |
| アジアの女アジアの声文藝春秋,1985。 |
| 引き裂かれた人生文藝春秋,1987のち文庫。 |
| 生きて生きて海竜社,1992。 |
| ひとつ・一枚物語文藝春秋,1993。 |
| アジア女性交流史.明治・大正期篇筑摩書房,1995。 |
| わたしがわたしになるために海竜社,1997。 |
| サンダカンまでわたしの生きた道朝日新聞社,2001。 |
| 朝陽門外の虹崇貞女学校の人びと岩波書店,2003。 |
編著
| 「女の生き方」四〇選文藝春秋,1991 のち文庫。 |
| アジアの女性指導者たち筑摩書房,1997。 |
| アジア女性交流史研究上笙一郎共編港の人,2004。 |
トーク番組
| 徹子の部屋(2002年1月17日、テレビ朝日)ゲスト出演。 |
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1932年
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山崎 朋子(やまざき ともこ)は、女性史研究... |
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1940年
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父が艦長を務める伊号第六十七潜水艦が沈没し... |
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