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つながりの強いひと
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河北秀也
日本のアートディレクター。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。福岡県久留米市出身。美術評論家河北倫明は伯父にあたる。 |
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吉本隆明
日本の思想家、詩人、評論家、東京工業大学世界文明センター特任教授(講義はビデオ出演のみ)。日本の言論界を長年リードし、「戦後最大の思想家」と呼ばれ... |
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栗原彬
立教大学名誉教授、立命館大学特別招聘教授。専門は、政治社会学。栃木県宇都宮市生まれ。東京大学教養学部卒業。三井物産勤務を経て、東京大学大学院社会学... |
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杉山光信
杉山光信 すぎやま・みつのぶ 1945年東京に生まれる。東京大学文学部社会学科卒業。東京大学新聞研究所助手、東京大学新聞研究所教授を経て、現在 明治大学文... |
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ピエール・ブルデュー
フランスの社会学者。コレージュ・ド・フランス名誉教授。哲学から文学理論、社会学、人類学まで研究分野は幅広い。著書『ディスタンクシオン』が有名。文化... |
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福井憲彦
日本の歴史学者。学習院大学学長(第11代)。専門はヨーロッパ近代史、フランス史。ヨーロッパ現代の歴史学、特にアナール学派の紹介者として知られる。 |
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ミシェル・フーコー
フランスの哲学者。『言葉と物』(1966)は当時流行していた構造主義の書として誤って読まれた。代表作はその他『狂気の歴史』『監獄の誕生』『性の歴史』など。 |
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柳内隆
国内送料 無料 でお届けします。 ※在庫情報は、前日の営業終了時のものです。 ? 在庫と納期について 震災の影響により、福島県の一部地域では、ヤマト運輸営... |
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イヴァン・イリイチ
オーストリア、ウィーン生まれの哲学者、社会評論家、文明批評家である。現代産業社会批判で知られる。イヴァン・イリッチとも表記される。 |
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高橋順一
高橋順一(たかはしじゅんいち、1950年-)は日本の比較思想史家。宮城県出身。立教大学文学部卒、埼玉大学大学院文化科学研究科修了。現在、早稲田大学教育学... |
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ルイ・アルチュセール
フランスの構造主義的マルクス主義哲学者。高等師範学校(ÉcoleNormaleSupérieure)に合格するも兵役召集。その後捕虜生活を経て、復学する。ガストン・バシ... |
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フーコー
そのフーコーの考えを、できるだけわかりやすく述べたものである。 著者プロフィール 貫 成人 (ヌキシゲト) 現在、専修大学文学部教授 1956年、神奈川県に... |
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中村三春
日本近代文学研究者、北海道大学教授。岩手県生まれ。東北大学文学部日本文学科卒、同大学院博士課程中退。東北大助手、山形大学助教授、教授、2008年10月北... |
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橋爪大三郎
日本の社会学者。東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻価値論理講座言説編成分野教授。東京工業大学世界文明センター副センター長も務める。 |
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山崎正純
論題 書評 山崎正純著『丸山眞男と文学の光景』 他言語論題 Book reviews: Yamasaki Masazumi, Maruyama Masao and the scene of literature 著... |
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岡野守也
広島県生まれ、山口県育ちの仏教心理学者、セラピスト。関東学院大学大学院神学研究科修士課程修了。牧師・仏教書出版社での編集者を経て、サングラハ教育・... |
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小阪修平
日本の評論家。全共闘活動家。駿台予備学校論文科講師 |
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福原義春
福原義春(ふくはらよしはる、1931年3月14日-)は日本の実業家。資生堂名誉会長。 |
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ジョン・アーリ
イギリスの社会学者。現在、ランカスター大学社会学科教授(ディスティングイッシュトプロフェッサー)。スコット・ラッシュとの共著や観光社会学の研究、さ... |
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プロフィール
- 山本哲士とは
- 人物・来歴
- 研究歴
- プラチック/プラクシス
- 社会イズム
- プライベート/パブリック
- 自己技術の政治的自律性
- サービスとホスピタリティ
- オンデマンド出版
- 大学をこえる研究機関の運営
- その他
- プロ野球
- 単著
- 共著
- 編著
- 共編著
- 関連サイト
山本哲士(やまもとてつじ、1948年7月10日-)は、日本の社会学者、教育学者。東京藝術大学客員教授、元信州大学教授。評論活動で名を馳せたほか、現在はホスピタリティ環境学、企業環境学を専門とし、さまざまな活動に携わっている。また、熱心なプロ野球横浜ベイスターズファンとしても知られる。通称は「哲教授」、「山哲」。
人物・来歴
| 1948年、福井県福井市に生まれる。 |
| 浪人時代「原民喜論」でZ会懸賞論文最優秀賞。 |
| 横浜国立大学教育学部に進み、サークル活動でフランス文学研究会をシュールレアリズム研究会に改組し、同人詩集を編集・刊行、無党派として旧・新左翼の党派政治主義と異なる新たなタイプの学生運動を独自に展開。 |
| 自主講座から五十嵐良雄、梅沢謙蔵、佐野美津男といった講師を大学側に正規に承認させる。 |
| 大学4年生のとき阿久津てつしのペンネームで「自闘論」を『構造』に発表、清水昶の詩と吉本隆明の詩から政治を論じ、周囲から「横浜のランボー」と称される。 |
| 1972年に卒業後、東京都立大学大学院に進んで教育学を専攻。 |
| 修士論文は「キューバ教育の社会主義的変容」。 |
| キューバ革命教育のダイナミクスとその停滞を知り、次に、非イデオロギー的な革命としてメキシコ革命の検証に入り、博士論文「メキシコ革命における1910~1940年の教育変容」を考証しつつ、実証研究に限界を感じ、以後、断ち切る。 |
| すなわち、日本の教育学、キューバ社会主義研究、さらには日本そのものにうんざりしていた山本は、オーストリア出身で当時メキシコを拠点に活動していた文明批評家イヴァン・イリイチに希望を見いだし、1975年、帰国の費用も持たずメキシコに旅立つ。 |
| 山本哲士(1979)『学校・医療・交通の神話』335頁。 |
| 以後、3年間にわたって、イリイチが主宰するメキシコ国際文化資料センター(CIODC)に研究者として勤務し、ラテン・アメリカ、産業社会研究に取り組むことになった。 |
| また、セマナワック教育コムミダードの専任講師として、ラテンアメリカの文化・歴史・社会、スペイン語の講義を行った。 |
| 帰国の際には、今防人、新曜社の堀江洪らの助けを受け、1979年に大学院修了。 |
| その後、國學院大學・立教大学などの非常勤講師を経て信州大学講師となり、後に同大学の助教授を経て、教授に就任(2008年3月で退職)。 |
| 雑誌「iichiko」(いいちこ、季刊誌)・「ISLA」(イスラ)の研究・編集ディレクターを務める傍ら、2002年にはスイス・ジュネーヴにおいて国際学術財団「F・EHESC」の設立に参加してジェネラル・ディレクターに就任。 |
| また、「本業」とまで言い切るほどの横浜ベイスターズファンであり、「月刊ベイスターズ」のコラムニストを1996年から務めているほか(2007年5月号で休載)、「野球文化学会」創設にも尽力した。 |
プラチック/プラクシス
| 山本の論述において最も特徴的なのが、「プラチック」なる用語である。 |
| 山本はルイ・アルチュセールやクロード・レヴィ=ストロース、ミシェル・ド・セルトーの論述におけるプラチック/プラクシス概念の区別に着目し、ミシェル・フーコーやピエール・ブルデューの正確な読解を追求している(邦訳の多くは、この両者を「実践」と翻訳しており区別していない)。 |
| 日々のわたしたちの生活行動・意識にはプラチック(実際的)な認識が見られる。 |
| 心的世界と行為世界の共時的構制が「構造化されており」、かつ、日々のプラチックがそれを「構造化している」。 |
| プラチックな認識の宇宙には、一日の時間、一年の時間、そして人間の一生の時間が、ひとつの心的/行動的な世界として統一されている。 |
| その構造に一致する実践もあれば、また一致しない行為も意識もある。 |
| しかし、たとえばマルクス主義的認識は、このプラチックな認識における意志論をプラクシス(実践)として、目的意識的な行動様式として理論と対立させる観念論の結果を受けて、倫理との対応において理解してしまう。 |
| この学問的認識からは、目的意識的に実践化されていないプラチックな認識と行為は、支配に抑圧されたもの、無目的なものとみなされる。 |
| 山本は、この「語られなかった現実」である重層的に決定/非決定された「種差的な」プラチックを、彼なりの仕方でつかみだそうとするとともに(『ディスクールの政治学』、『超領域の思考へ』)、「非分離」・「述語性」・「場所意志」を設定することで、分離・主語性・人間意志の近代原理を超えるプラチックな場所設計を描き出している(『場所環境の意志』、『文化資本論』)。 |
社会イズム
| 山本は、「アマチュア社会主義」ならぬ、「アマチュア〈社会〉イズム」なる言葉をもって現代日本を裁断している。 |
| すなわち、「社会主義(socialism)」ではない「社会イズム(SOCIETYism)」が日本には浸透してしまっているという(『哲学の政治政治の哲学』、『ホスピタリティ原論』)。 |
| 社会主義には、マルクス主義のようなイデオロギーがあるが、日本の社会イズムにはイデオロギーも国家統制もない、ただ規範と規則に諸個人が従うという従順さがあり、いわば、阿部謹也がいう伝統的な「世間」が、近代社会の論理と一致され、そこに産業的生産様式がくっつくという三重に構造化された〈制度〉社会になっている。 |
| 最近では、さらなる〈社会〉の強化として、最低限のものごとを守りきるというルールの下で、一種の全体主義化の傾向にある反動的な改革となって制度組織のなかで働くようになっているとして、これを「ポストモダン・ファシズム」と命名している。 |
| なお、山本によれば、この社会イズムは、サッカーやプロ野球にまで染み渡っている。 |
| すなわち、「自分でゴールをきめようとしない、サインに従った打席にたつだけ、個人プレーのプロフェッショナルがなされていないからつまらないだけでない、世界で勝てない。 |
| ようやくWBCで、「プロ」が勝った、なのにナショナル・チームの団結が勝ったかのようなプロ技を無視するまとめ方がなされる。 |
| こういう、規則・規範に従うことがビジネスの世界にまで浸透して、実際には社会を運営する経済をしているだけで、ビジネスができていない」というわけだ(企業人はビジネスができていない、政治家は政治ができない、学者は研究ができない、教師は教育ができていない、芸能人はエンターテイメントができない、クリエーターは創造活動ができない、など)。 |
プライベート/パブリック
| 社会イズム論において含意されているのは、制度に依拠・依存して制度規範を遂行するだけで、本来のタスクができなくなっている、その分、社会イズムの豊かさが平均的に配分はされていることである。 |
| しかし、社会イズムの強化とともに、逆に社会イズムに収まらない諸事態が産出され、プライベートなものを求めるスタイルが創出しつつあり、そこに社会を越える新たなプライベート/パブリックの構制が生まれる契機があると山本は判断する。 |
| ここから切り開かれた新たな理論地平は、さらに「社会/ソーシャルなもの」に代わって「パブリックなもの」として、民族国家/社会にかわる場所/環境の政治を提示するものともなっている。 |
| そこにハンナ・アーレントの思想が社会契約思想を超えていくものとして位置づけられる。 |
自己技術の政治的自律性
| そして、山本は、自己の自己にたいする「自己技術の政治的自律性」の哲学を示す。 |
| 〈わたし〉を考えるには、わたしにこうした全世界が関与している、それを自分が領有していかねば、この商品の物象化が社会の物象化をとうして現実の物象化にまでいたっている事態を克服できないという。 |
| そして、プライベートなものを取り戻すことが大事だと主張している。 |
| この議論の背景には、フーコーの自由プラチック論がある。 |
| 自由プラチックとは、自らが自らに対して永遠にずれつづけるという新たな自由の実際行為のことを指し、近代の自己確立、自己アイデンティティによる自由とは異なる自由概念である。 |
サービスとホスピタリティ
| 『トヨタ・レクサス惨敗』のなかで、山本は、「モノとして優れた車でもそのモノ=商品を売っているだけではだめだ、クルマを使うライフスタイルまでもがビジネスとして組み立てられるべき時代になっている、それをマイバッハや米国レクサスは構成して成功している、これはサービス経済ではない、モノを買ったときから始まり生涯時間にわたってなされていく「ホスピタリティ経済」だ」と指摘する。 |
| これが、『ホスピタリティ原論』では、灰皿の交換やレストランの注文や赤信号にたたずむ日本人や砂糖一袋といった小さな出来事に出現している現象から読み解かれて明示されている。 |
| ジョン・アーリの「社会」(society)ではない「移動」(mobility)が、現実であるという示唆をうけて、以上の論考が、ホスピタリティの時代として開示されていく。 |
| 20世紀はサービスの時代、21世紀はホスピタリティの時代だという。 |
オンデマンド出版
| 山本は、自分が書いた1,500頁の書『哲学の政治政治の哲学』(空間、消費、学校・病院、国家、権力、情報、無意識、言語、身体・セックス・ジェンダー、民俗、ナショナリズム、市民社会、エスニシティ、革命、社会主義批判と総体にわたる検証)は商品にならない「資本」の産出だとして、ナショナル市場を前提にした商品出版に代わって、市場が限定され、定価もないものづくりとしてオンデマンド出版(momouni.com)を「資本の経済」であるとして、現実における実行をしている(現在は、文化科学高等研究院出版局)。 |
| 一部でも生産可能な文化経済が、知の創造においては必要だという。 |
| そして、この取り組みは、これからの経済/ビジネスの範例となりうるものであるという。 |
大学をこえる研究機関の運営
| ジュネーヴに国際学術財団文化科学高等研究院を創設、近代学問体系の転換を海外研究者たちと協働し、国際ホスピタリティ研究センターを日本に創設、ホスピタリティ教育・研修のシステムをつくり、大学をこえる研究機関を運営。 |
| パリの社会科学高等研究院の研究者たちが協力し、ローザンヌ・ホテル大学のEHLITE研究所が協力している。 |
| 世界を「移動」する研究活動と新ビジネスの創出、超領域専門研究を実行する希有なタイプの学者といえる。 |
その他
| 山本が考案した「場所カード」という場所環境づくりのクレジットカードが「筑後川カード」として機能している(『文化資本論』)。 |
| また、企業環境学、ファッション環境学、ツーリズム環境学が大学で講義されている。 |
プロ野球
| プロ野球においては野村克也や森祗晶の野球監督としての能力は認めてもそれはアマチュア野球の監督であってプロ山本の言葉で言う所の「観客のことを考えて」と言う意味でのプロ。 |
| うまい下手ではないの監督には値しないとみなしている。 |
| (山本の言葉で言うと、アマ・プロの境界線は、うまい下手、それで生活するしない、金銭的な問題が大きく発生する、などの問題ではなく、エンターテイメント性の有無(観客が存在するか、しないか)である)。 |
| このため、2000年秋に横浜が森を監督に招聘したときには「月刊ベイスターズ」誌上で森招聘反対論を唱えたために球団オーナーが自ら山本の説得にあたることとなった。 |
| だが、山本の危惧どおり横浜の球団風土に無関心な森の手法は球団の弱体化と観客動員の減少を招き、2年後に山本が再度同誌上で森退陣勧告を書いた後を追うかのように同監督の休養が決まった。 |
| しかし、山本が期待した後任の生え抜き監督である山下大輔によるチームの再建が失敗に終わっている。 |
単著
| 『学校・医療・交通の神話』(新評論,1979年)。 |
| 『消費のメタファー男と女の政治経済批判』(冬樹社,1983年)。 |
| 『教育の分水嶺』(三交社,1984年)。 |
| 『学校の幻想幻想の学校』(新曜社,1985年)。 |
| 『超領域の思考へ』(日本エディタースクール出版部,1988年)。 |
| 『コンビビアルな世界メヒコからみえてくるもの』(日本エディタースクール出版部,1990年)。 |
| 『消費の分水嶺』(三交社,1990年)。 |
| 『フーコー権力論入門』(日本エディタースクール出版部,1991年)。 |
| 『社会科学理論研究』(文化科学高等研究院出版局,1992年)。 |
| 『デザインとしての文化技術』(文化科学高等研究院出版局,1993年)。 |
| 『フーコーの〈方法〉を読む』(日本エディタースクール出版部,1996年)。 |
| 『学校の幻想教育の幻想』(ちくま学芸文庫,1996年)。 |
| 『場所環境の意志――地球環境設計へむけて』(新曜社,1997年)。 |
| 『哲学の政治政治の哲学』(文化科学高等研究院出版局,2006年)。 |
| 『ホスピタリティ原論――哲学と経済の新設計』(新曜社,2006年)。 |
| 『身体/セックスの政治』(三交社,2006年)※『哲学の政治政治の哲学』分冊版(9)。 |
| 『吉本隆明の思想』(三交社,2008年)※『吉本隆明論序説』の増補、加筆版。 |
| 『ミシェル・フーコーの思考体系』(文化科学高等研究院出版局,2009年)。 |
| 『日本〈社会〉イズムとポストモダン・ファシスト』(文化科学高等研究院出版局,2009年)。 |
| 『学校に子どもを殺されないために――親と教師の思考ツール』(文化科学高等研究院出版局,2009年)※『教育の政治子どもの国家』の増補新版。 |
共著
| (吉本隆明)『教育・学校・思想』(日本エディタースクール出版部,1983年)。 |
| (栗原彬・本田和子・前田愛)『学校化社会のストレンジャー――子どもの王国』(新曜社,1988年)。 |
| (小阪修平・橋爪大三郎・松沢正博・竹田青嗣・岡野守也)『徹底討論「自己」から「世界」へ』(春秋社,1992年)。 |
| (吉本隆明・川上春雄・高橋順一・古橋信孝)『吉本隆明の文化学――プレ・アジア的ということ』(文化科学高等研究院,1996年)。 |
| (加藤鉱)『トヨタ・レクサス惨敗――ホスピタリティとサービスを混同した重大な過ち』(ビジネス社,2006年)。 |
| (山崎正純・中村三春)『太宰治――哲学的文学論』(文化科学高等研究院出版局,2009年)。 |
編著
| 『高度資本主義国家――国家を超える場所2』(三交社,2002年)。 |
共編著
| (栗原彬・今防人・杉山光信)『社会と社会学1世界社会学をめざして』(新評論,1983年)。 |
| (樺山紘一)『性・労働・婚姻の噴流』(新評論,1984年)。 |
| (桑田禮彰・福井憲彦)『ミシェル・フーコー』(新評論,1984年)。 |
| (栗原彬・今防人・杉山光信)『社会と社会学2文化のなかの政治』(新評論,1985年)。 |
| (栗原彬・今防人・杉山光信)『社会と社会学3身体の政治技術』(新評論,1986年)。 |
| (福井憲彦・森反章夫)『都市・空間・建築の根拠をさぐる』(飛島建設,1991年)。 |
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1948年
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福井県福井市に生まれる山本 哲士(やまもと ... |
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1972年
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卒業後、東京都立大学大学院に進んで教育学を... |
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