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その作品の多くはテレビドラマ化されている。
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華道(池坊準華監)や茶道の師範免状、日本舞踊の名取(花柳流)を持ち、作品の舞台としても多く登場する。
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尚、山村は作家になる前の自らの人生を「株に精通したマネーゲームの天才」と称していたが、実際には短大を卒業後、京都市立伏見中学の教壇に立ち、その後はフリーのライターとして脚本(「特別機動捜査隊」)を手がけたり、月刊誌「推理界」(1970年廃刊)に小説「目撃者御一報下さい」を発表(1967年)などしたりして、細々と生計を立てていた。
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また、彼女の場合特に生年月日や学歴等、乙女心から来るたわいない詐称が多いことでも夙に有名である例示すれば、今でも山村美紗の公式ホームページには昭和9年生まれとなっているが、実際には昭和6年生まれである。
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深い付き合いで知られた推理作家西村京太郎との出会いは、まだ売れていない頃の西村に、山村が女子大生を装ったファンレターを送ったことが縁となったもので(「夏休みで旅行に出かけている」みたいなことを書いているが、実際には教師をしていて生徒が夏休みの時に旅行をしている)、そこから二人のプラトニックな交際が始まった。
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西村は当初、山村を独身と信じていたため彼女にプロポーズしたが、見事に断られたと晩年告白している。
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それで初めて山村に(夫と)娘がいることが分かり、交流は(山村の夫を除いた)家族ぐるみにまで発展する。
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のちに山村は西村と共同で嘗て旅館であった建物を購入。
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別館に住んでいた。
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本館は西村の自宅で、生前は山村宅と渡り廊下で繋がっていた。
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山村の急逝後、西村が彼女の未完の遺作「在原業平殺人事件」と、「龍野武者行列殺人事件」の2作品を仕上げている。
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また長女で女優の山村紅葉は美紗の作品に加えて西村原作のドラマにも多く出演している。
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1996年9月5日、心不全のため急逝。
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滞在中の東京都千代田区の帝国ホテルにて、執筆中の小説が広げられた机に突っ伏して、亡くなっていたという。
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まさに、ミステリーの女王らしい最期だった。
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また、弟の木村汎は山村の没後、北海道新聞1996年10月25日付けのコラム「弟から見た素顔の山村美紗」を発表した(日本エッセイスト・クラブ編「司馬さサンの大阪弁」(文藝春秋)に収録)。