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つながりの強いひと
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長野誠
TBS『SASUKE』のSASUKEオールスターズの1人。漁師。「第28金比羅丸」船長。SASUKE2人目の完全制覇者。宮崎県延岡市生まれ。身長162cm、体重64kg。 |
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竹田敏浩
TBS『SASUKE』のSASUKEオールスターズの1人。岐阜県揖斐郡の消防士。身長171cm、体重64kg。 |
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山田勝巳
山田勝巳 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
BIGLOBE百科事典に関するご利用上の注意 この項目では、スキー選手の山田 勝巳 について... |
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秋山和彦
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2010-05-18 19:00:00 自己紹介 市岡 弘行 テーマ: 新入生紹介 Q1名前・学部・学科。 はじめまして 人間科学部人間情報学科1年の 市岡弘行 と申します Q2出身... |
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プロフィール
- 山田勝己とは
- 人物
- 第1回大会〜第4回大会
- 第5回大会〜第7回大会
- 第8回大会
- 第9回大会〜第11回大会
- 第12回大会〜SASUKEトライアル
- 第14回大会〜第26回大会
- 特筆
- クイックマッスル(3分間腕立て伏せ)
- その他の出来事
山田勝己(やまだかつみ、1965年10月22日-)は、TBS『SASUKE』の SASUKEオールスターズの1人。クイックマッスル(3分間腕立て伏せ)全国選手権準優勝。鉄工所アルバイト。。身長175cm、体重69kg。
人物
| 中学までは野球少年であった。 |
| 高校入学後も野球部に入部し、真剣にプロを意識した時期もあったが肩の故障により断念。 |
| その後は陸上部に所属。 |
| 1996年、筋肉番付のクイックマッスル全国選手権に出場し、準優勝となる(この大会の詳細は「筋肉番付での活躍」参照)。 |
| これがきっかけとなり、その後SASUKEにも第1回から出場。 |
| 優秀な成績を収めるが、練習に熱中するあまりボンベ配送業の仕事をリストラされてしまう。 |
| 奥さんの実家の鉄工所でアルバイトするほか、現在は地元のジムインストラクターで「SASUKE塾」の指導もしている。 |
| 一般人でありながらゲームキャラクターとしての起用、CM出演、他番組への出演、多数のイベント出演など、活躍の場は幅広い。 |
| 完全制覇者長野誠は山田に憧れてSASUKE出場を決意した。 |
| あだ名は、「漆黒の通天閣」「浪速のターミネーター」「人生SASUKE」「職業SASUKE」「無冠の帝王」「ミスターSASUKE」など。 |
| 「浪速のターミネーター」とは、山田がアーノルド・シュワルツェネッガーに似ていることから、当時の実況者であった古舘伊知郎がつけた最初のあだ名であり、クイックマッスル出場時に既にそう呼ばれていた。 |
| 古館が降板した第13回以降は「ミスターSASUKE」と呼ばれることが多くなった。 |
| かつては「完全制覇に最も近い男」とも呼ばれていたが、他の参加者が完全制覇を達成したことから、現在は呼ばれていない。 |
第1回大会〜第4回大会
| クイックマッスル全国大会準優勝という肩書きで初出場した第1回は、1stをクリアするも、2nd五連ハンマーでバランスを崩して脱落。 |
| なお、今大会のみ「山田勝巳」という誤表記であった。 |
| 第2回は自身唯一のダイジェスト扱いであり、前回クリアした2ndスパイダークライムで脱落。 |
| 山田の番で不運にも雨が降っており、水滴による影響を実況者が指摘していた。 |
| その後、失敗したスパイダーウォークのセットを自宅の庭に自費で製作。 |
| これが自宅に作った最初のSASUKEセットであった。 |
| 第3回は大会前に13kgという大幅な減量をして迎えた。 |
| 減量中は空腹のあまり一時は不眠症になるほど追い込まれたという。 |
| 本大会では1stを9.4秒残して危なげなく突破。 |
| 2ndウォールリフティングでは3枚目の壁を最上段まで持ち上げ、その後片手で支えた後にゴールまでゆっくりと歩み寄るという驚異的なパフォーマンスを披露した。 |
| 3rdも難なく突破し、ファイナルステージに進出。 |
| 5m地点まで一切足を使わずに登り、10m地点までは快調に登るも、ここからペースが落ち、残りわずか30cmでタイムアップ。 |
| 後のインタビューでは「最初から足を使ってたほうが良かったかもしれないですね。 |
| 初の最優秀成績者となり、完全制覇に最も近い男と呼ばれるようになる。 |
| 山田は大会後、友人から借りたクレーン車を使い、命綱もつけずにファイナルステージを再現し練習。 |
| さらに自宅のセットで5kgの錘をつけながら練習を続けた。 |
| 一躍SASUKEを代表する選手となった第4回は初のゼッケン100番となり、初めて両親を会場へ呼び寄せた。 |
| 今回も8kgという大幅な減量をして本番を迎えた。 |
| 2ndウォールリフティングでは前回と同様のパフォーマンスを見せたが、これが最後の披露である。 |
| なお、2ndは全体を通して非常に速いペースで進み、3枚目の壁を上げた時点で10秒残っていた。 |
| 3rdでは盟友の秋山和彦が先にクリアし、直後のインタビューで「多分山田さんが(ファイナルに)来ると思う。 |
| しかし、3rdプロペラうんていでタイミングが合わず、1本目から2本目への移動で2度失敗。 |
| さらに3本目への移動でも1度失敗し、大幅に体力を消費した。 |
| その後、新設された難関クリフハンガーの2個目の空白で力尽き、涙を流した。 |
第5回大会〜第7回大会
| 山田のトレーニング量は日に日に増していき、それが災いしたためボンベ配送業の仕事をリストラされるという憂き目にあう。 |
| 第5回、第6回の肩書きは無職。 |
| それ以降は鉄工所アルバイトとなっている。 |
| 第6回の1stスタート時には古館に「仕事は失業中、筋肉は24時間営業」と実況された。 |
| 第5回は竹田敏浩、山本進悟のみが1stをクリアしているという状況での挑戦。 |
| 今大会多発していたローリング丸太の後半で脱線事故に合い、丸太ごとマットに叩き付けられたが、着水しているか微妙だったため、そのまま先へ進んだ。 |
| 新設されたジャンプハング、そり立つ壁もクリアし、1stのゴールボタンを押した。 |
| その後、VTRで着水していないことが確認され、3人目の1stクリア者となる。 |
| しかし2ndスパイダーウォークで、突如左足を滑らせてリタイアとなる。 |
| 第6回は家族の反対などもあり、ラストチャレンジとして出場。 |
| オーバーワークで万全の体調ではなかったものの、1st、2ndを危なげなく突破。 |
| 3rdで最後の1人になり、パイプスライダーまで進出。 |
| 思い切り体を振って両足での着地に成功はしたものの、その後右にバランスを崩し一回転、コース外へ転落してのリタイア。 |
| この時山田は腰を強打した。 |
| その後のインタビューで山田は、古舘伊知郎実況の「諦めるか、あるいはまだこのSASUKEチャレンジ、ファイナルステージ成功目指して続けるか。 |
| どっちですか?今の心境は!」との問いに、「やらせてください…」と涙ながらに答え、SASUKE挑戦の続行が決定した。 |
| 翌大会からはパイプスライダーの着地地点の横にも水が用意されるようになった。 |
| 尚、PS2専用ソフト『筋肉番付〜マッスルウォーズ21〜』の「マッスルシアター」で一定の条件を満たすことにより、第6回までの(第2回を除く)大会のダイジェスト映像を視聴できる。 |
| 第7回は万全の体調で絶対の自信を持って、初めて妻と子供を会場へ呼び寄せた。 |
| 1stは全体的に慎重なペースで進み、そり立つ壁到達時点でのタイムが前回と比較して10秒以上遅いペースとなった。 |
| さらに前回前々回クリアしていたそり立つ壁で2回失敗してしまったことが原因となり、ロープクライムでのタイムアップで自身初の1stリタイア。 |
| 奥さんもタイムアップと同時に泣き崩れてしまうが、山田に涙はなかった。 |
| 涙が出ないほど無残な結果だったのである。 |
| また、出場者の中で唯一だった初出場からの6大会連続1stクリアの記録も途切れた。 |
第8回大会
| 第7回後に引退を決意。 |
| これはレギュラー番組だった「筋肉番付」でも大きく取り上げられ、多くのファンに見守られての挑戦となる。 |
| 第8回は、台風接近で大雨の中、何度も中断しながらという最悪のコンディションで行われた。 |
| 山本進悟、秋山和彦の脱落を目にした後、ゼッケン100番山田は、息子から貰ったペンダントを身につけ出陣。 |
| まずまずのペースでそり立つ壁まで到達したが、雨の影響もあるのか助走の時点で滑ってしまい上ることができない。 |
| 計2回失敗し、残り時間10秒で山田は動きを止め、タイムアップでリタイアとなる。 |
| 実は山田はそり立つ壁は左側のコースを選んで登っており、それが最も雨で滑りやすいコースでもあった。 |
| その後、真ん中のコースを選んだら一発で成功。 |
| もうちょっとここにいさせてくれという仕草をし、山田はもう一度真ん中のコースでそり立つ壁を登り、ロープクライムで頂上まで歩いていく。 |
| その後ゲートをくぐり、拍手の止まない観客席に無念の表情で頭を下げ、山田のSASUKE挑戦が幕を閉じた。 |
| その後はSASUKEと無縁の生活を送り、子供とも沢山遊んで暮らした。 |
| しかし、山田はどうしてもSASUKEを諦め切れなかった。 |
| 第9回前に山田はスタッフに手紙を出し、「もう一度チャンスを下さい。 |
| そう簡単に夢を諦めるわけにはいきません」と、引退を撤回した。 |
第9回大会〜第11回大会
| 引退撤回して挑んだ第9回は、大会前に精神面を鍛えようと四国の山中(徳島県:星谷寺、不動の滝)を訪れ、滝に打たれた。 |
| 体重を7kg落とし、仕上がりも順調だった。 |
| そり立つ壁で1回ミスをするも、2回目でクリアし、余裕を持って1stをクリア。 |
| 長野誠に滑ることを確認した山田は、地下足袋にあらかじめ滑り止めスプレーをつけ、スパイダーウォークにたどり着くまでにゴミがつかないようにそれを粘着テープで覆うという加工をした。 |
| 問題の下りの部分は全く危なげなくクリアできたが、この17秒のタイムロスがたたり、結局最終エリア「ウォールリフティング」の2枚目でタイムアップとなる。 |
| 第10回は、1stでオールスターズが4人連続失敗し、979番から21人連続リタイアという中での挑戦となった。 |
| 第6回で思いきりジャンプしてミスをしているエリアだけに、今回は勢いを殺してジャンプをした。 |
| 直後のインタビューでは「まだ余裕あったんですけどね」と、語り、その後涙を流しながら、「これだけは言えることなんですけど、俺には…、SASUKEしかないんですよ」という名言を残した。 |
| しかし2ndでもオールスターズを含む6人連続クリアという状況であったが、それが返ってプレッシャーとなったのか前回クリアしていたバランスタンクで後方に体が傾いた際に右足を踏み外し落下。 |
第12回大会〜SASUKEトライアル
| 第12回は、大会前に鹿児島県の最福寺に訪れ、「護摩行」と呼ばれる荒行を行った。 |
| この護摩行とは、3mもの火柱の前で、およそ2時間もの間、「不動真言」のお経を唱え続ける修行である。 |
| ここでは手袋を必ず脱ぐことになっており、競技中にスタッフも「手袋外して!」と呼びかけていたが、集中のあまり山田は手袋を脱がずにそのまま突入してしまった。 |
| 本放送では放送されなかったが、この後山田はスタッフのもとへ歩み寄り「手袋を脱がなければならないとは聞いていたが、それをしない場合失格になるとは聞いていない」とクレームをし、次の挑戦者であるゼッケン99のヨルダン・ヨブチェフの挑戦前に2ndSTAGEの再挑戦を行った。 |
| 第13回はSASUKEトライアルで10.58秒を残して12位になり、出場権を獲得はしたものの、第12回のこともあり、自ら初の欠場という道を選んだ。 |
第14回大会〜第26回大会
| その後の模様は『BODY』で放送され、CM出演によるイベントでのファンの声援などで気持ちが動き、引退を撤回した(本大会以外の出来事も参照)。 |
特筆
| 第6回のコース外転落はこのグリップのせいではないのか?という説もあり、本放送で古舘伊知郎が「振り子のように横に振られるから、反動がついて落ちやすくはなる」と解説している。 |
クイックマッスル(3分間腕立て伏せ)
| 1996年9月7日、『筋肉番付』内で開催された『クイックマッスル全国選手権』に大阪府代表として出場。 |
| 2006年、お台場マッスルパークにて秋山和彦と10年ぶりの腕立て勝負が行われた。 |
その他の出来事
| 2006年12月13日、お台場のマッスルパーク報道イベントに、秋山和彦、長野誠と共に参加。 |
| 2007年10月11日、フジテレビのCHIMPANNEWSCHANNEL2時間スペシャルの1コーナー、SARUKEに佐藤弘道、ワッキーとともに出演、チンパンジーのゴメス・チェンバリンと激闘を繰り広げた。 |
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1965年
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山田 勝己(やまだ かつみ、 )は、TBS『SASU... |
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1996年
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筋肉番付のクイックマッスル全国選手権に出場... |
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