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プロフィール
- 山野哲也とは
- 来歴
- 全日本ジムカーナ選手権
- SUPER GT(旧・全日本GT選手権)
- エピソード
- 関連サイト
山野哲也(やまのてつや、1965年10月2日-)は、日本のレーシングドライバー。東京都出身。茨城県守谷市在住。上智大学卒業。弟の 山野直也もプロドライバー。アメリカ在住中の16歳から自動車の運転を始め、大学卒業後、本田技研工業に入社。
来歴
| 本田技研工業在籍時に、ツインリンクもてぎの立ち上げに携わる。 |
| 1984年にジムカーナを始める。 |
| 1985年にAS型CR-Xに乗換え、関東ミドル戦全戦全勝の成績を残す。 |
| 1989年にEF8型CR-Xに変更、1992年には初の全日本チャンピオンを獲得、その後14度のチャンピオンに輝き「ジムカーナキング」と呼ばれた。 |
| 2007年からは長年乗り続けていたホンダ車から離れ、ロータス・エキシージで参戦している。 |
| ジムカーナと並行して、1992年にホンダ・シティにてN1耐久にレースデビュー。 |
| その後シビックレースなどに参戦した後、1999年全日本GT選手権に参戦開始。 |
| 参戦初年度よりチャンピオン争いの上位に加わる活躍を見せる。 |
| 2004年にはGT300クラスにおいてM-TECから参戦し、ホンダ・NSXで自身初のチャンピオンを獲得。 |
| 続く2005年は新たにSUPERGTと改称されたシーズンとなったが、そこで異なるチーム(チームレクリス)とマシン(トヨタ・MR-S)で、2年連続チャンピオンを獲得した(同一ドライバーによる異車種・異チームでのチャンピオンは初)。 |
| 2006年のSUPERGTにはRE雨宮からマツダ・RX-7で参戦。 |
| 首位のプリヴェチューリッヒ・紫電と5P差で最終戦富士を迎え、レースでは自らのドライビングミスで序盤にスピンを喫してしまうが、ピットワークとパートナー井入宏之の踏ん張りで決勝を6位で迎えた。 |
| ポイント争いをしていた紫電がポイント圏外でレースを終えたため、同ポイントながら2位の入賞回数が紫電よりも多かったことから、3年連続チャンピオンを獲得した(スーパーGTにおいて、得点差ゼロでのチャンピオンはこれが史上初)。 |
| レース活動の一方で、ドライビングスクールのアドバイザーやタイヤメーカー、パーツメーカーの開発テストドライバーとしても活動している。 |
| また茨城県守谷市にある「オフィスコムドライブ」の代表取締役社長も務め、パーツ開発販売等の事業も行なっている。 |
| 普段の愛車はBMWのE60型BMWM5である。 |
全日本ジムカーナ選手権
| 1992年 EF8型CR-XでAIIクラスチャンピオン。 |
| 1993年 EF8型CR-X及びEG6型シビックでAIIクラスシリーズ2位。 |
| 1994年 EG6型シビックでAIIクラスチャンピオン。 |
| 1995年 EG6型シビックでAIIクラスチャンピオン。 |
| JAFカップのみDC2型インテグラで参戦し優勝。 |
| 1996年 EK4型シビックでAIIクラスチャンピオン。 |
| 1戦のみDC2型インテグラで参戦しAIIIクラス優勝。 |
| 1997年 EK4型シビックでAIIクラスチャンピオン。 |
| 1998年 EK9型シビックでAIIクラスチャンピオン。 |
| 1999年 NA1型NSXでAIIIクラスチャンピオン。 |
| 2000年 AP1型S2000でAIIIクラスチャンピオン。 |
| 2001年 AP1型S2000でAIIIクラスチャンピオン。 |
| 最終戦をDC5型インテグラで参戦。 |
| 2002年 DC5型インテグラでAIIIクラスシリーズ6位。 |
| 2003年 AP1型S2000でN3クラスチャンピオン。 |
| 2004年 NA2型NSXでN3クラスチャンピオン。 |
| 2005年 NA2型NSXでN3クラスチャンピオン。 |
| 2006年 AP2型S2000でN3クラスシリーズ2位。 |
| 2007年 エキシージでN3クラスシリーズチャンピオン。 |
| 2008年 エキシージでN3クラスシリーズチャンピオン。 |
| 2009年 エキシージでN3クラスシリーズ2位。 |
| 2010年 エキシージでN3クラスシリーズ4位。 |
SUPER GT(旧・全日本GT選手権)
| 1999年RE雨宮マツモトキヨシRX-7で参戦チームランキング4位、ドライバーズランキング5位。 |
| 2000年RE雨宮マツモトキヨシRX-7で参戦チームランキング4位、ドライバーズランキング5位。 |
| 2001年RE雨宮マツモトキヨシRX-7で参戦チームランキング3位、ドライバーズランキング2位。 |
| 2002年ユニシアジェクスシルビアで参戦チームランキング4位、ドライバーズランキング3位。 |
| 2003年AMPREXBMWM3GT,CASTLEIDEALRX-7参戦。 |
| 2004年M-TECNSXで参戦 GT300クラスチャンピオン。 |
| 2005年TEAMRECKLESSMR-Sで参戦 2年連続GT300クラスチャンピオン。 |
| 2006年雨宮アスパラドリンクRX-7で参戦 3年連続GT300クラスチャンピオン。 |
| 2007年クスコDUNLOPスバル・インプレッサで参戦 チームランキング18位ドライバーズランキング22位。 |
| 2008年クスコDUNLOPスバル・インプレッサで参戦 チームランキング7位 ドライバーズランキング6位 (この年のRD.4マレーシアセパンサーキットでAWD車初優勝(GT300としては4WD車初優勝)に導いた)。 |
| 2009年R&DSPORTSレガシィB4で第6戦から参戦。 |
エピソード
| ジムカーナ会場ではEF8型CR-Xで参戦していた当時、その車のカラーリングがリゲインに似ていた(車のカラーリングは黒地に黄色のロゴであったが)ことから、出走時に「勇気のしるし」が流れる。 |
| 又ジムカーナの実況アナウンサーからは「24時間戦えるドライバー」と称されていた。 |
| スタート位置が変更された鈴鹿サーキットでの初レースでのポールポジション獲得者。 |
| ジムカーナキングの異名を持ち、GTでも前人未到の3連覇を達成しているが、自身のジムカーナのデビュー戦は転倒、レースのデビュー戦は予選落ちであった。 |
| 2007年全日本ジムカーナ選手権でのチャンピオン獲得は、史上初となる外国車両(ロータスエキシージ)であった。 |
| ツインリンクもてぎ開催のミジェットレーシング選手権の初代チャンピオンでもある。 |
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1965年
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山野 哲也(やまの てつや)は、日本のレーシ... |
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1984年
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ジムカーナを始める |
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