| -この辺のいきさつは自身のホームページでかつて述べられており、一般に認識されている「最終オーディションで落選」は誤りである。 |
| マリノスにはフォワードとして入団し、翌1997年にはデビュー戦から3試合連続ゴールを記録したが出場機会に恵まれず、1999年後半は当時J2の大宮アルディージャにレンタル移籍した。 |
| 翌2000年に横浜F・マリノスに復帰し、ディフェンダーにコンバートされるが出場機会はほとんどなく、そのため2001年にはセレッソ大阪へ移籍。 |
| しかしここでも水が合わず、シーズン終了とともに戦力外通告を受ける。 |
| 2002年、川崎フロンターレへ入団すると出場機会も増え、2004年のクラブJ1昇格に貢献。 |
| 川崎では「岡山劇場」と呼ばれる試合後のマイク(メガホン)パフォーマンスによりサポーターからの人気も集めた。 |
| 2005年には当時J2のアビスパ福岡へレンタル移籍。 |
| フォワードとしても活躍し、J1昇格を果たした。 |
| しかし、川崎時代や後の柏時代と打って変わって、ファールが多く、また熱狂的で過激なサポーターが多い福岡サポーターと揉め事を起こすなど、彼に見合った活躍ができたとはいえなかった。 |
| 2006年は「石さんをJ1に昇格させたい」という思いから、川崎時代の指揮官である石崎信弘監督が就任したJ2柏レイソルにレンタル移籍。 |
| 開幕前、監督にFWでのプレーを直訴するが却下される。 |
| しかしJ2公式戦10得点と自身も大活躍し、3シーズン連続でJ1昇格に貢献する。 |
| 日本で最もピッチと観客席が近い日立柏サッカー場において、「岡山劇場」は柏でも名物となった。 |
| サポーターからはゲートフラッグに書かれたセリフがきっかけで「オカヤマ、柏に、家買っちゃえ!!」と毎試合コールされるようになる。 |
| これらの甲斐あって、Jリーグ情報サイト・J'sGOALのJ2ベストパフォーマー賞を受賞した。 |
| 2007年、柏に完全移籍。 |
| 「昨年は石崎監督をJ1に上げたいという気持ちでレイソルにやってきたが、サポータにものすごく助けてもらい、これからもレイソルでプレーしたいという気持ちになった」と語り、また川崎サポーターに対しては移籍する際の心情等を語ったメッセージが川崎の公式サイトに掲載された。 |
| http://www.frontale.co.jp/diary/2007/0116.html。 |
| しかし同学年のDF古賀正紘の加入などがあって出場機会に恵まれず、同年8月、ベガルタ仙台へ期限付き移籍。 |
| 当時チーム状況があまり良くなかった仙台だが、岡山の加入会見での「この時期に苦しむのは当たり前」「秋にお祝いするために今苦しい思いをしましょ」というコメントで初日からサポーターの心を掴む。 |
| 岡山投入直後にはチーム状況が良化。 |
| 白星を量産するまでにいたるようになった。 |
| 仙台においても「岡山劇場」は健在で、8月30日の対京都戦ではヒーローインタビューの際にアナウンサーからマイクを奪い取ってマイクパフォーマンスを行ったほか、さらに全ての選手と全てのサポーターを巻き込んでのシャンゼリゼ合唱やロペスダンスや梁勇基コールをするなど、派手なパフォーマンスを披露している。 |
| 仙台のJ1昇格が消滅したことで、4度目の昇格請負にはならなかったものの、守備や攻撃に長けている積極的なプレーと、選手同士との綿密なコミュニケーションを積極的にとる、さらにド派手なファンサービスを行うなどにより、出場回数が少ないながらも仙台にとってなくてはならない選手の一人になっている。 |
| 12月20日にベガルタ仙台への完全移籍が発表された。 |
| また、柏サポーターと仙台サポーター双方へのメッセージがそれぞれの公式サイトに掲載された。 |
| http://www.reysol.co.jp/about/news/2008/newslog/080119_oka.htmlhttp://www.vegalta.co.jp/news/2008/01/21.php。 |
| 2008年、仙台に完全移籍。 |
| センターバックとして"守備の要"的役割を果たすが、後半になるにつれて出場機会が激減、入れ替え戦を前に戦力外通告を受け、シーズン終了とともに仙台を退団。 |
| その後トライアウトにも参加したが、移籍先が見つかるには至らなかった。 |
| 2009年、所属は未定のままであるが引退はせず、自身がオーナーであるブラジル料理店barracãodamocidade |
| 韓国Kリーグの浦項スティーラースに練習生として練習参加していることが本人のブログで明かされていたがhttp://okayamakazunari.net/modules/wordpress/index.php?p=78、同年7月14日、浦項と契約した。 |
| 8月22日の全北現代戦でKリーグデビュー、8月26日にピースカップでFCソウル戦に途中交代でDFながらFWとして出場しKリーグ初得点を決めた。 |
| そしてAFCチャンピオンズリーグでも活躍を見せ、チームのアジア制覇に貢献した。 |
| 同年12月にUAEで開催されたFIFAクラブワールドカップでは2試合に出場。 |
| 3位決定戦のアトランテFC戦ではゲームキャプテンとして先発出場し、チームの3位入賞に貢献した。 |
| 2010年、12月1日、契約満了に伴い浦項スティーラースを退団。 |
| 2011年6月、コンサドーレ札幌への加入が発表された。 |