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つながりの強いひと
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宮脇淳子
妻
宮脇淳子(みやわきじゅんこ、1952年-)は日本の歴史学者。東京外国語大学・国士舘大学で非常勤講師を務める。専門は東洋史(中央アジア)。和歌山県出身。本... |
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杉山正明
日本の歴史学者。京都大学文学研究科教授。専攻はモンゴル史、中央ユーラシア史。静岡県沼津市出身。 |
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小堀桂一郎
日本の比較文学者。東京大学・明星大学名誉教授。専攻は比較文学、比較文化、日本思想史。東京出身。 |
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金美齢
台湾出身で日本国籍の評論家。学校法人柴永国際学園JET日本語学校理事長、元中華民国総統府国策顧問。夫は周英明。長年台湾独立運動に関わってきた。 |
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石平
中華人民共和国四川省生まれの漢族系中国人であり、現在中国系日本人(1世)の評論家。拓殖大学客員教授。2007年(平成19年)末に日本に帰化。主に日中の政治... |
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櫻井よしこ
日本のジャーナリスト。国家基本問題研究所理事長。日本における保守論客のひとりであり、テレビ報道番組のニュースキャスターを長年務めていたことでも知ら... |
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宮崎正弘
宮崎正弘(みやざきまさひろ、1946年-)は日本の評論家、作家、ジャーナリスト。 |
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岸田秀
心理学者、精神分析学者、思想家、エッセイスト、和光大学名誉教授である。著書は『ものぐさ精神分析』など多数あり、週刊誌等に対談・エッセイなどで登場す... |
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阿川弘之
日本の小説家、評論家。広島県名誉県民。日本芸術院会員。文化勲章受章。代表作に、『春の城』『雲の墓標』のほか、大日本帝国海軍提督を描いた3部作『山本五... |
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小林よしのり
日本の漫画家・思想家・社会評論家。「よしりん企画」社長、「ゴー宣道場」主催。福岡県福岡市出身(出生は大野城市)。福岡商業高校、福岡大学人文学部フラ... |
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康熙帝
清の第4代皇帝(在位1661年2月5日-1722年12月20日)。諱は玄燁(げんよう、燁は火偏に華)、廟号は聖祖、諡号は合天弘運文武睿哲恭倹寛裕孝敬誠信功徳大成仁... |
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司馬遷
中国前漢時代の歴史家で、『史記』の著者。姓は司馬。名は遷、字は子長。司馬氏は周代の記録係の家系であり、父は前漢の太史令となった司馬談。官名により太... |
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樺山紘一
日本の歴史学者、東京大学文学部名誉教授、印刷博物館館長。東京出身。専門はフランス中世史、西洋中世史、西洋文化史。堀米庸三の弟子。 |
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護雅夫
東洋学者、歴史学者で専攻は古代東洋史(中央アジア・突厥民族研究)。 |
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梅棹忠夫
日本の生態学者、民族学者。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、京都大学名誉教授。理学博士(京都大学、1961年)。 |
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橋本萬太郎
日本の言語学者である。中国語の研究から、言語類型論と言語地理学を結び付けた言語類型地理論を提唱した。 |
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渡部昇一
日本の英語学者、評論家。専攻は英語文法史。上智大学名誉教授、ミュンスター大学博士、ミュンスター大学名誉博士。 |
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プロフィール
- 岡田英弘とは
- 経歴
- 著述の特徴
- 単著
- 共編著
- 訳書
- その他
岡田英弘(おかだひでひろ、1931年1月24日-)は日本の歴史家。学術上の専攻はもともと満洲史、モンゴル史で、この分野では世界的に評価を受ける業績を残した世界的権威。その他にも中国史、古代日本史、韓国史など幅広い分野についても精力的に研究、発言し、多くの著作を著している。東京外国語大学名誉教授。東洋文庫専任研究員。
経歴
| 旧制成蹊高等学校高等科理科乙類卒業。 |
| 1953年-東京大学文学部東洋史学科卒業。 |
| 1957年-『満文老档』の研究で第47回日本学士院賞受賞。 |
| 1958年-東京大学大学院博士課程満期退学。 |
| 1959年-フルブライト奨学金によりアメリカ合衆国シアトル市ワシントン大学に留学(~1961年)。 |
| ニコラス・ポッペらに学ぶ『ニコラス・ポッペ回想録』三一書房p.266,p.304.。 |
| 1963年-ドイツ連邦共和国ボン大学東洋研究所客員研究員。 |
| 1966年-東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教授。 |
| 1968年-ワシントン大学客員教授(~1971年)。 |
| 1973年-東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。 |
| 1993年-同停年退官、名誉教授。 |
| 1996年-常磐大学国際学部教授(~2000年)。 |
| 1999年-インディアナ大学アルタイ学賞(通称PIACメダル)受賞。 |
| 2002年-国際モンゴル学会名誉会員。 |
| 2008年-モンゴル国政府から北極星勲章(AltanGadasodon)を授与。 |
著述の特徴
| 岡田は、歴史を理論として確立しているのは、ヘロドトスに始まるヨーロッパ史と、司馬遷らに始まる中国史だけであり、両者の歴史観はまったく原理を異にしていること、その他の地域の歴史は、両者いずれかの歴史観による焼き直しであることを主張したまた、古代から高い文明を誇ったインドに「歴史」の概念がないことも、岡田の主張のよりどころの一つであった。 |
| また、日本国(倭国)の起源については、近年のシンガポールやマレーシアのような「中国系の移民と、現地住民とのハイブリッド状態である、都市国家の連合体」であると主張。 |
| 現在の中国人(漢人)自体も「漢文を使う」というだけの共通点があるだけで、起源はさまざまな民族がまじっていることから、「漢王朝末期の衰退がなければ、朝鮮半島も日本列島も『中国文明の一部』になった可能性が高い」とも述べている。 |
| そして「漢文は中国語(話されている言葉)とは無関係である、だから古語などではない。 |
| もし、古語であれば現代でも痕跡があるはずだが、それすらない」と言う。 |
| 例えば中国革命の指導者、孫文の右腕である戴伝賢は徹底的な古典教育を受け、主要な古典を暗唱できたにもかかわらず、意味がわからなかったと告白している。 |
| また、魯迅は「五猖会」の中で、暗誦させられた後、「私には一字も理解できなかった」と告白している。 |
| そもそも、漢文には文法が存在しない。 |
| つまり、動詞とか名詞という区別もない。 |
| 「言」という言葉でも、「言う」という動詞なのか、「発言」という名詞なのか、判別する方法がない。 |
| また、同じ動詞でも時制がないから、現代形なのか過去形なのか区別ができない。 |
| さらに、句読点がないから、どこまでが一文かわからない。 |
| つまり、全体の意味がわからなければ、一字一句もわからないし、発音もわからない、全くの「書き言葉としての言語」「話されている言葉(中国語)と無縁の言語体系」と結論を出している。 |
| こうした考えに裏打ちされた岡田の歴史著作、特に中国論は特異なものとなっており、日本の歴史学界において同様の立場からの論者はほとんどいないこのことは岡田も認識しているようで、『だれが中国をつくったか』のあとがきで参考文献を挙げるに際し「私以外に、このような中国論を展開する人はいないために、自分自身の著書ばかりであるが、諒とせられんことを請う」と述べ自身と妻の宮脇淳子の著作を紹介している。 |
| なお、漢文の文法研究は清代には細々ながらも行われており、王引之の『経伝釈詞』のような研究書も存在する。 |
| 通説では漢文の文法は簡素だが存在するとされている(藤堂明保『学研漢和大字典』所載「中国の文字とことば」)。 |
| 私は“群れる”ことができない性質なのを痛感しつつ、学者人生を過ごしてきた。 |
| 学界では孤立したが、それを苦痛にも、寂しいとも思ったことがない。 |
| 強がりではなく、どうも私にはそうした神経がないらしい。 |
| 周囲を恨んだこともない。 |
| 学界という狭い世界ではなく、メディアに広く求められ認められたことで、私はやりたい学問ができ、主張したいことを主張してこられた。 |
| (『正論』2005年10月号)。 |
| と述べているように活動の舞台をマスメディアに求めている。 |
| 特に近年の中国関係の発言は学術誌には見られない岡田の |
| 妻は弟子である宮脇淳子。 |
単著
| 『倭国の時代-現代史としての日本古代史』(文藝春秋1976年/朝日文庫 1994年/ちくま文庫、2009年) 。 |
| 『倭国 東アジア世界の中で』(中公新書1977年)。 |
| 『康熙帝の手紙』(中公新書1979年)。 |
| 『中国の英傑9 チンギス・ハーン-将に将たるの戦略』(集英社1986年/「チンギス・ハーン」朝日文庫1994年)。 |
| 『世界史の誕生 モンゴルの発展と伝統』(筑摩書房[ちくまライブラリー]1992年/ちくま文庫 1999年)。 |
| 『日本史の誕生 1300年前の外圧が日本を作った』(弓立社1994年/ちくま文庫 2008年)。 |
| 『台湾の命運 最も親日的な隣国』(弓立社 1996年)。 |
| 『中国意外史』(新書館1997年/「やはり奇妙な中国の常識」ワック 2003年)。 |
| 『妻も敵なり中国人の本能と情念』(クレスト社1997年/改訂版「この厄介な国、中国」ワック 2001年)。 |
| 『現代中国と日本』(新書館1998年/「厄介な隣人、中国人」ワック 2008年)。 |
| 『皇帝たちの中国』(原書房、1998年/「誰も知らなかった皇帝たちの中国」ワック 2006年)。 |
| 『歴史とはなにか』(文春新書 2001年)。 |
| 『歴史の読み方 日本史と世界史を統一する』(弓立社2001年/「日本人のための歴史学」ワック 2007年)。 |
| 『モンゴル帝国の興亡』(ちくま新書 2001年)。 |
| 『中国文明の歴史』(講談社現代新書 2004年)。 |
| 『だれが中国をつくったか 負け惜しみの歴史観』(PHP新書 2005年)。 |
| 『モンゴル帝国から大清帝国へ』(藤原書店 2010年)。 |
共編著
| (神田信夫・松村潤共著)『紫禁城の栄光 明・清全史』文藝春秋、1968年/講談社学術文庫、2006年。 |
| (小堀桂一郎)『家族文学の中の親子関係』PHP研究所、1981年。 |
| (護雅夫)『民族の世界史4 中央ユーラシアの世界』 山川出版社、1990年。 |
| (樺山紘一・川田順造・山内昌之)『歴史のある文明・歴史のない文明』 筑摩書房、1992年。 |
| (宮脇淳子ほか)『清朝とは何か「別冊環16」』藤原書店、2009年。 |
訳書
| E・D・フィリップス『モンゴル史――チンギス・ハーンの後継者たち』 学生社、1976年。 |
| サガン・セチェン『蒙古源流』 刀水書房、2004年。 |
その他
| NHKスペシャル放映『大モンゴル』(角川書店 1992年)監修を担当。 |
| 考古学者の岡田茂弘(国立歴史民俗博物館名誉教授・東北歴史博物館元館長)は実弟。 |
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1931年
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岡田 英弘(おかだ ひでひろ)は日本の歴史家... |
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2005年
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私は“群れる”ことができない性質なのを痛感... |
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