| 人類史上初の空母と空母による対決となった珊瑚海海戦では、「瑞鶴」上空直掩において「レキシントン」、「ヨークタウン」の数次攻撃を迎撃した。 |
| 米軍邀撃機は空母レーダーから敵位置の指示を受けて時々刻々の対応ができた反面、日本軍は母艦から簡単な敵情程度しか知らされず、その中で岩本は母艦「瑞鶴」をよく護ったと戦闘中に艦長と飛行長よりの賞賛を得た。 |
| 1942年5月8日、瑞鶴の岩本の瑞鶴直衛隊の戦闘機3機と翔鶴隊3機は上空警戒に上がっていたものの、残りの13機は事前に偵察機から「敵三十機味方主力方向に向かう」との報告を受けながら至近距離までせまってから緊急発艦、しかも瑞鶴第2、第3小隊は先頭の住田剛飛曹長機が発艦中に不調により止まってしまい後続機の発艦が遅れたために、艦隊の邀撃体勢は後手後手となっていた。 |
| 先行して上がっていた岩本小隊3機は、高度7500メートルで、30キロメートル先の米攻撃隊を発見し、優位の高度からウォーレス・C・ショート大尉率いる17機に攻撃をかけ米軍急降下爆撃を攻撃して投弾を妨害した。 |
| ショート大尉は「急降下前、急降下中、引き起こし後、いたるところで零戦の妨害にあった」と報告している(翔鶴零戦隊5機もウィリアム・O・バーチ少佐の7機に攻撃をくわえている)。 |
| 高度を失った岩本小隊は上昇中、瑞鶴後方で味方戦闘機と空戦中の米F4F戦闘機隊に攻撃を加え内1機を撃墜した。 |
| 岩本隊は燃料切れ寸前のため、敵の攻撃を避けるためスコールへ退避中で激しくゆれる瑞鶴に着艦し補給を行った。 |
| 米軍の第二次攻撃迎撃の為に他の小隊と共に発艦し、岩本隊他は概ね高度6500メートルまで上昇の後、母艦から4.50キロメートルの海域で、高度5000メートルを飛行中のレキシントンからのF4F戦闘機に護衛されたSBD爆撃機を補足し、このうち空母護衛の日本軍巡洋艦に向かった急降下爆撃機に攻撃を加えた。 |
| 岩本は列機に対しSBDへの追撃の中止を命じ、雷撃機の攻撃を予想してスコールの雨雲の上の指揮官機に集まるよう信号を送り、1,2中隊12機で上空哨戒についた。 |
| 瑞鶴はスコールに退避して無事だったが、スコールの外側にいた翔鶴は500ポンド爆弾2発が前部飛行甲板と後部飛行甲板に命中し、航行に支障はなかったが飛行機の発着が不能となったことに岩本はこの時気がついた(岩本の任務は瑞鶴の護衛である)。 |
| 予想通りTBDデバステーターが現れ、岩本は空母10km先で気づき7kmの地点でTBD雷撃機を攻撃した。 |
| TBD機は遠距離から魚雷を投下したため空母に被害はなかった。 |
| 岩本は後にこの雷撃機に対して「日本機なら攻撃されても射点での攻撃を敢行しただろう」と回想している。 |
| 追撃のチャンスだったが高度4000メートルで哨戒、10分後に味方戦闘機を高位より攻撃準備中の敵F4F戦闘機を発見し救援援護した。 |
| 瑞鶴は相変わらずスコールに隠れていたが、翔鶴は集中攻撃を受けレキシントン隊オールト中佐のSBD4機が放った500ポンド爆弾の1発が艦橋後方に命中した。 |
| 第二次攻撃隊が去ったと判断した岩本は、今はスコールの外を航行中の瑞鶴に燃料と弾薬の補給の許可を求めたが容れられず、暫く高度5000mで直衛哨戒を続けたが燃料切れ間近となったので母艦に着艦要請を出し翔鶴隊と共に着艦。 |
| 岩本は補給後に指揮官として7機を指揮し上空直衛に上った。 |
| しばらく後に、米空母を攻撃した日本軍機が帰還し、翔鶴が着艦不能なために全て瑞鶴に収容されたが、その後も1時間ほど直衛についた。 |
| 被害の大きさから井上成美(しげよし)中将は日本空母部隊を撤退させたが、連合艦隊からの攻撃続行命令受けたために瑞鶴は反転した。 |
| しかし、その後両軍が再度会敵することはなく、現実的には瑞鶴の岩本戦闘機隊の収容が珊瑚海海戦の終了となった。 |
| 母艦瑞鶴と岩本らの直衛隊は1名の戦死もなく無傷であった。 |
| しかし、攻撃隊は多くの搭乗員を失い「さびしい。 |
| 」「優秀な搭乗員を多数なくして、これからさき、いかにして闘ってゆくつもりだろう」と心境を後につづっている。 |
| この時期、後輩に当たる堀建二2飛曹は岩本から次のような指導を受けたことを記憶している。 |
| 「どんな場合でも、実戦で墜されるのは不注意による。 |
| まず第一は見張りだ。 |
| 真剣に見張りをやって最初にこちらから敵を発見する。 |
| そして、その敵がかかってきたら、機銃弾の軸線を外す。 |
| そうすれば墜されることはまずない。 |
| これは、どうにもならん。 |
| 「媚(こ)びず、諂(へつら)わず、とらわれず。 |