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つながりの強いひと
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神吉晴夫
神吉晴夫(かんきはるお、1901年(明治34年)2月15日-1977年(昭和52年)1月24日)は兵庫県加古川市西神吉町出身の編集者、出版事業家。カッパ・ブックスの創... |
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江本孟紀
高知県香美郡土佐山田町(現:香美市)生まれ、同県高知市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は独身(離婚あり)。現役引退後は野球解説者、野球評論家、政... |
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宮尾すすむ
日本のタレント。本名は山口進(やまぐちすすむ)。 |
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櫻井秀勲
櫻井秀勲(さくらいひでのり、1931年3月4日-)は日本の編集者、評論家。 |
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布川角左衛門
布川角左衛門(ぬのかわかくざえもん、1901年10月13日-1996年1月29日)は新潟県出身の編集者、教育家。普連土学園理事長。 |
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野末陳平
静岡県出身の放送作家、経済評論家、政治家(元参議院議員)元WWF常任理事。野末陳平事務所代表。 |
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大塚博堂
ニューミュージックのシンガーソングライター。本名:おおつかひろたか(漢字同じ)。大分県別府市出身。東洋音楽大学(現:東京音楽大学)声楽科中退。活動... |
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鈴木志郎康
日本の詩人、映像作家。東京市江東区亀戸生まれ。本名・鈴木康之。1952年頃から詩を書き始める。1961年3月、早稲田大学第二文学部仏文専修卒業。在学中の1959... |
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扇谷正造
扇谷正造(おうぎやしょうぞう、1913年3月28日-1992年4月10日)は宮城県遠田郡涌谷町出身の評論家、編集者、ジャーナリストである。"週刊誌の鬼"の綽名で知ら... |
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池島信平
池島信平(いけじましんぺい、1909年12月22日-1973年2月13日)は日本の編集者、文藝春秋社長(第3代)。 |
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神吉
日本の漫画家・イラストレーター。岡山県出身。雑誌『ファンロード』への投稿を経て、ラグナロクオンラインを始めとするコンピュータゲームのアンソロジー、... |
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糸山英太郎
日本の政治家、実業家、仕手。身長160cm。 |
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本田明彦
日本のプロボクシングのプロモーター。東京都出身。日本プロボクシング協会会長代行、帝拳プロモーション会長。立教高等学校(現・立教新座高等学校)、立教... |
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斎藤十一
昭和期の編集者。カリスマ性のある人物として知られ、新潮社の「天皇」とも「怪物」とも呼ばれた。同社会長の佐藤亮一の参謀として同社で権力を振るった。196... |
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清水達夫
清水達夫 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: 案内 , 検索 清水 達夫 (しみず たつお、 1913年 10月22日 - 1992年 12月28日 )は ... |
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梶山季之
友達
日本の小説家・ジャーナリスト。週刊誌創刊ブーム期にトップ屋として活躍、その後『黒の試走車』『赤いダイヤ』などの産業スパイ小説、経済小説でベストセラ... |
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野坂昭如
尊敬
野坂昭如(のさかあきゆき、1930年(昭和5年)10月10日-)は日本の作家、歌手、作詞家、タレント、政治家。放送作家としての別名は「阿木由紀夫」(あきゆき... |
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藤田田
日本の実業家。大阪府大阪市淀川区生まれ。輸入雑貨販売店「藤田商店」、「日本マクドナルド」、「日本トイザらス」創業者。 |
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プロフィール
岩瀬順三(いわせじゅんぞう、1933年5月19日-1986年5月18日)は、出版界の歴代鬼才ナンバーワンとも言われた出版事業家。実業家。
経歴・人物
| 広島県尾道市出身。 |
| 1958年立教大学英米文学科卒業。 |
| 講談社は不合格となり、バーテンダーなどの仕事をする。 |
| 1961年、28歳で業界紙の会社光琳書院に入社。 |
| 翌1962年、60年安保闘争の総括で知られる清水幾太郎の紹介で青春出版社に入社。 |
| 社員10名の編集長となる。 |
| 野末陳平『3時間だけ楽しむ本』や『勘入門』などの大ヒットを出し一躍青春出版社の名を轟かせた。 |
| 一攫千金の夢が強かった岩瀬は、この成功で銀座にバーを出したり有名女優を愛人にするなどの放蕩を始めたという。 |
| また一介のサラリーマンに似合わぬ大金をかけて賭け麻雀をやり、多額の負債を負ったともいう。 |
| 会社社長との思想の違いから退社。 |
| その後河出書房新社に入社、最終的に社長を務めたが1968年同社は会社更生法の適用を申請することとなったため退社。 |
| 同社の子会社を独立させてKKベストセラーズを創立した。 |
| 光文社の神吉晴夫が創刊した「カッパブックス」に対抗して、カッパを喰うワニを商標に「ワニブックス」を創刊。 |
| 神吉が編み出した「編集者と著者の共同作業」という出版メソッドを更に進化させた。 |
| すなわち(1)出版社が企画を立て(2)著者を選び(3)著者と共に共同製作を行う出版プロデューサー的出版社・出版法である。 |
| この後のベストセラーの連発で他のマスコミや世間からはゴーストライターと強い批判を受けたが高度経済成長期の社会風潮を背景に、セックスや金儲けなど人間の根源的欲望に迫るハウツー物で次々とベストセラーを送り出し出版界の風雲児と謳われた。 |
| PL教団御木徳近の『愛―愛する愛に愛される愛』から始まり、ハウツーが流行語となった奈良林祥『Howtosex』、藤田田『ユダヤの商法』(1977年)など。 |
| ゴーストライター批判がピークに達した江本孟紀の『プロ野球を10倍楽しく見る方法』(1982年)は220万部という記録的な売れ行きとなった。 |
| これはゴーストライターブームをつくったと言われその後、このテのタイトルと本作りは、他社にそっくり真似られ今は定着している。 |
| 1980年の年間6位となったビートたけしに書かせた『ツービートのわっ毒ガスだ』は漫才ブームを起こす切っ掛けの一つとなった。 |
| 1984年からは女性の顔にシャワーをかける表紙で有名な『ザ・ベストマガジン』『大人の特選街』など大人の雑誌群も揃えた。 |
| 野坂昭如を尊敬しよく行動を共にした。 |
| 野坂昭如の『水虫魂』のモデルといわれている。 |
| キックボクシングに熱中した野坂の関係からかプロボクシングの名門で立教の後輩本田明彦が経営する東京帝拳のスポンサーになり、全日本高校フェザー級王者の実績を引っ下げ沖縄から上京した浜田剛を公私に渡り可愛がった。 |
| 野坂に「お前はもっと飲まなきゃダメだ」と言われて実行し肝臓は40代でボロボロになったといわれB型肝炎により52歳で早世した。 |
| 野坂から紹介された梶山季之、近藤啓太郎、吉行淳之介らとも親しく、吉行の小説や随筆に何度か登場している。 |
| 岩瀬の手掛けたベストセラーは他に糸山英太郎『怪物商法』(1973年)、あのねのね『あのねのね』(1974年)、中村鉱一『やせる健康法』、馬場憲治『アクションカメラ術』(1981年)などがある。 |
逸話
| ゴーストライターの存在は昔から出版界の暗黙の秘密であったが、広く公然化されたのはテレビ番組での岩瀬の発言による。 |
| 1982年の秋、NHK教養セミナー「出版界最前線―ベストセラーを狙え」に出演した岩瀬が、当時ベストセラー第2位だった『プロ野球を10倍楽しく見る方法』を出版していた岩瀬にアナウンサーが、「この本も、原稿をまとめたのは、実は出版社だという話です」と言うと岩瀬はその時、サングラスの奥の目を細めて、「書いたか書かないかでなく、誰の本.....山口百恵の本、江本の本ということが重要だ」と前置きをして「ゴーストライターによってつくろうとも、なまじ本人が書いて拙い文章の本をつくるより、言わんとすることを正確に、より読みやすく面白く書いてもらったほうがいい。 |
| 江本孟紀の書いた本を売っているのではなく、“江本の本”を出しているのだと判断してもらいたい」と発言した。 |
| (出典:戦後名編集者列伝、櫻井秀勲著)。 |
参考文献
| 櫻井秀勲『戦後名編集者列伝』編書房、2003年9月。 |
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1961年
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28歳で業界紙の会社光琳書院に入社 |
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1973年
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あのねのね『あのねのね』1974年、中村鉱一『... |
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岩瀬順三さんについてのひとこと紹介
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