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プロフィール
- 岩田規久男とは
- 経歴
- 「マネーサプライ論争」
- 「ゼロ金利政策・量的緩和・インフレ目標」
- 単著
- 共著
- 編著
- 共編著
岩田規久男(いわたきくお、男性、1942年-)は、日本の経済学者。学習院大学経済学部教授。放送大学客員教授。専門は、金融論・都市経済学。 小宮隆太郎の弟子であり、師の攻撃的知的スタイルを踏襲している。日本の経済論争において重要人物。
経歴
| 1966年に東京大学経済学部を卒業。 |
| 1973年に同大学院経済学研究科博士課程を修了後、上智大学経済学部専任講師、1976年からは同助教授、1983年からは同教授を務め、1998年には学習院大学経済学部教授となり現職。 |
| 2007年からは学習院大学経済学部長。 |
| この間、1977年~1979年までカリフォルニア大学バークレー校において客員研究員を務める。 |
| 岩田の元来の専攻は都市経済学(土地・住宅問題)。 |
| しかし専攻領域以上に目を惹くのが金融論の分野における様々な知見であり、特にマクロの金融政策の議論において、日本の経済論壇をリードし続けてきた。 |
| 国際経済学・経済政策提言の大家である小宮隆太郎の弟子であり、師の論争(1973年~1974年にかけてのインフレーションを巡る日本銀行との間の論争)を見た岩田自身も、後に同様の論争(マネーサプライ論争)の当事者となっていく。 |
| 岩田の著書『金融政策の経済学』と、翁邦雄の著書『金融政策』は、日本のマクロ金融政策を学ぶ上で必読文献との呼び名が高い。 |
| 岩田自身の考え方は、かつての師と同じくマネタリスト的と評されることが多く、財政政策の有効性や金融政策の裁量というものに一定の理解を示していることから、ニュー・ケインジアン的な立場に接近していると捉える。 |
| こうした学者としての活躍の一方で、岩田は経済教育者としても熱心な活動を行っている。 |
| 経済学初心者向けのテキストを始め、中級・上級者向けの学術書の数は膨大なものがあり、その成果には評価が高い。 |
| 放送大学客員教授として長年「金融論」講義の講師を担当している。 |
| 経済学者・教育者としての活動の傍ら、政府各種委員会委員・参与等も勤める。 |
「マネーサプライ論争」
| 企業金融等の分野において、早くから名の知られた岩田であるが、彼の名を一躍、経済論壇のスターダムに押し上げたのは、彼が上智大学教授時代に、日本銀行の翁邦雄らとの間に起こした「マネーサプライ論争(翁-岩田論争)」である。 |
| 従来からマネタリーベース(ハイパワードマネー)の能動的な意味での操作性を否定し(「積み進捗率」の幾分の調整については可能とした)、なかんずくマネーサプライの管理を否定し続ける日本銀行の理論(日銀理論)に対し、岩田はその操作が可能であることを主張し、80年代末のバブル膨張ならびにバブル崩壊の責を逃れようとする日本銀行側を批判した。 |
| 『週刊東洋経済』(東洋経済新報社)誌上での激しい押し問答は、植田和男による仲裁という形をもって一応の終焉となったが、結局のところ、一般大衆にとっては結論がうやむやのままという印象が残った。 |
| マネーサプライ論争における岩田の主張は、池尾和人も指摘しているように、金融論の教科書に登場しているような標準的な学説に基づくものであり、特に目新しいものでも奇異なものでもない池尾和人『現代の金融入門』ちくま新書、1996年、pp.65-66。 |
| ハイパワードマネー×信用乗数(貨幣乗数)=マネーサプライという恒等式において、左辺のハイパワードマネーから右辺のマネーサプライへの因果関係があり、かつ信用乗数は比較的安定しているから、日本銀行がハイパワードマネーを増やせばマネーサプライは増えると唱えたものであった岩田「『日銀理論』を放棄せよ」『週刊東洋経済』1992年9月12日号、pp.124-128。 |
| 一方、実務家である翁の主張は、日本銀行が所要準備の後積みを行っているという観察事実に基づくものであり、いって見れば現象論であった。 |
| 翁は、岩田が用いたハイパワードマネー×信用乗数(貨幣乗数)=マネーサプライという恒等式において信用乗数には乗数の意味はなく、マネーサプライとハイパワードマネーとの事後的な比率に過ぎないとした。 |
| その上で、市中銀行の貸出し態度によってマネーサプライの大きさが決まり、それに見合うように日本銀行はハイパワードマネーを受動的に供給するしかなく、マネーをコントロールすることはできないと主張した翁邦雄「『日銀理論』は間違っていない」『週刊東洋経済』1992年10月10日号、pp.106-111。 |
| 岩田の主張のうち、信用乗数の安定性については、1992年頃には約13だった信用乗数が2000年以降は10を切るまでに低下し続けたことで実証的に否定された。 |
| また、翁のいうように、日本銀行が市中銀行の貸出し態度を追認する形でハイパワードマネーを受動的に供給するしかないとしたら、日本銀行はそもそも金融政策を行えないのではないかという疑問が示された。 |
「ゼロ金利政策・量的緩和・インフレ目標」
| マネーサプライ論争の後も政府日銀の経済政策に疑義を呈し続けた岩田は、橋本政権下の政策混乱と時期を同じくするデフレの経済下において、日銀に非伝統的な金融政策(ゼロ金利政策・量的緩和)の導入を強く主張した、いわゆるリフレ政策陣営の実質的な旗頭としての役割を担った。 |
| 岩田は著書『デフレの経済学』において、これまでの経済学があまり想定してこなかったデフレーションという現象を一般大衆に分かりやすく説き、かような状況から日本経済を救う為には、日銀による長期国債の買い切りオペや、人々の期待に働きかけるべくインフレ目標を設定する必要があるということを主張した。 |
| このような認識は、ポール・クルーグマンやベン・バーナンキといった海外の著名な経済学者や、浜田宏一や原田泰、竹森俊平、伊藤元重、野口旭、若田部昌澄といった国内の経済学者の間でも共有され、日銀理論と対抗する一大基軸となったのである。 |
| ただし、岩田の恩師であり、かつて日銀理論を鋭く批判した小宮隆太郎は、岩田が編著者となった『金融政策の論点―検証・ゼロ金利政策』に収録された「百鬼夜行の為替・金融政策議論を正す」の中で「私は、現在の金融政策はほぼ100点だと思う」(p.15)と述べた上、「見当はずれの日銀バッシング」の中では「不況脱出に必要なことは(中略)構造改革・規制緩和を積極的に進めること」(p.62)とも主張しており、岩田の主張には批判的である。 |
| また、小宮門下で日本銀行の審議委員を務める須田美矢子も、ヘリコプター・マネー政策はハイパーインフレを招き、国民は「極端な場合には物々交換をするような状態になることすらあり得ないことではありません」と述べて岩田に批判的なスタンスをとっている須田美矢子「須田審議委員講演<最近の金融政策運営の考え方>」『日本銀行調査月報』2001年11月号。 |
| 確かに、「いくら金融を緩和しても需要がないから物価は上がらずデフレ対策にはならない」といいつつ、同時に「金融を緩和するとハイパーインフレを招く」とする日本銀行の矛盾した姿勢には、日本銀行に好意的な研究者からも疑問の声が上がった益田安良「金融政策はどこまで有効か」『経済セミナー』2002年1月号。 |
| だが、岩田らの求めた非伝統的な金融緩和策に対しても疑問の声はある。 |
| その1つは、原理的には正しいとしても政策として使えるのかという点である。 |
| もし、日本銀行がいうように、日本銀行がいくら金融を緩和しても物価が上がらないとするなら、日本銀行はお札をどんどん刷ることによって世界中のありとあらゆる資産を買い漁ることができるはずだ。 |
| しかし、そんなことはあり得ない。 |
| いつかは必ずお札の価値は下落する。 |
| つまり、物価が上がるわけである。 |
| 論理的に考えれば、この推論に間違いはない。 |
| だが、問題は「いつか物価が上がる」といっても、一体いつなのか、どれぐらい金融を緩和すればよいのか見通しが立たないことである。 |
| 例えば、翁は、岩田ら経済学者の提案は、原理原則としては正しいとしても政策としては使えないだろうと批判している翁「実験的な金融政策には政府の補完的な対応が不可欠」『金融財政事情』2001年3月26日号。 |
| しかしながら、物価が上がらないうちは日本銀行と政府を併せた広義政府部門が、通貨発行益をインフレというペナルティ無しで享受できるわけであり、財政支出を通貨発行益で賄えば将来の金利負担の恐れなく財政健全化が達成できることになり、いずれにせよ国民の利益となる政策であるから反対する理由とはならないとの再反論がなされている『まずデフレをとめよ』第4章、高橋洋一『この金融政策が日本を救う』第4章他。 |
| 実際には、通貨発行益を用いた広義政府部門の支出による超過需要がまさに物価を上昇させる経路となるため、速やかに物価が上がると予測される『この金融政策が日本を救う』第4章。 |
単著
| 『土地と住宅の経済学』(日本経済新聞社,1977年)。 |
| 『入門経済学』(東洋経済新報社,1987年)。 |
| 『日経を読むための経済学の基礎知識』(日本経済新聞社,1988年/新版,1990年/第3版,1994年)。 |
| 『土地改革の基本戦略』(日本経済新聞社,1988年)。 |
| 『インフレとデフレ』(講談社 |
| 『間違いだらけの経済常識――経済学が暴く俗説のウソ』(日本経済新聞社,1991年)。 |
| 『ストック経済の構造』(岩波書店,1992年)。 |
| 『ゼミナールミクロ経済学入門』(日本経済新聞社,1993年)。 |
| 『金融政策の経済学――「日銀理論」の検証』(日本経済新聞社,1993年)。 |
| 『金融入門』(岩波書店 |
| 『経済学を学ぶ』(筑摩書房 |
| 『日本経済の神話――「常識」のベールをはぐ』(日本経済新聞社,1995年)。 |
| 『国際金融入門』(岩波書店 |
| 『日本型平等社会は滅ぶのか――円・土地・デフレの経済学』(東洋経済新報社,1995年)。 |
| 『嘘ばっかりの「経済常識」』(講談社 |
| 『マクロ経済学を学ぶ』(筑摩書房 |
| 『基礎コース マクロ経済学』(新世社,1997年/新版,2005年)。 |
| 『金融法廷――堕落した銀行堕落させた大蔵省』(日本経済新聞社,1998年/日系ビジネス人文庫,2000年)。 |
| 『金融』(東洋経済新報社,2000年)。 |
| 『ゼロ金利の経済学』(ダイヤモンド社,2000年)。 |
| 『デフレの経済学』(東洋経済新報社,2001年)。 |
| 『スッキリ!日本経済入門』(日本経済新聞社,2003年)。 |
| 『日本経済を学ぶ』(筑摩書房 |
| 『日本経済にいま何が起きているのか』(東洋経済新報社,2005年)。 |
| 『「小さな政府」を問いなおす』(筑摩書房 |
| 『そもそも株式会社とは』(筑摩書房 |
| 『経済学への招待』新世社,2007年)。 |
| 『景気ってなんだろう』(筑摩書房 |
| 『金融危機の経済学』(東洋経済新報社,2009年)。 |
| 『世界同時不況』(筑摩書房 |
| 『日本銀行は信用できるか』(講談社現代新書,2009年)。 |
| 『初歩から学ぶ金融の仕組み』(左右社 |
| 『経済学的思考のすすめ』(筑摩書房 |
| 『デフレと超円高』(講談社現代新書,2011年)。 |
| 『福澤諭吉に学ぶ 思考の技術』(東洋経済新報社,2011年)。 |
共著
| 『企業金融の理論――資本コストと財務政策』(日本経済新聞社,1973年)。 |
| 『金融』(東洋経済新報社,1983年)。 |
| 『財政と金融』(放送大学教育振興会,1986年)。 |
| 『金融論』(放送大学教育振興会,1991年/第2版,1999年/第3版,2004年)。 |
| 『土地税制の理論と実証』(東洋経済新報社,1993年)。 |
| 『日本再生に「痛み」はいらない』(東洋経済新報社,2003年)。 |
| 『ゼミナール経済政策入門』(日本経済新聞社,2006年)。 |
編著
| 『金融政策の論点――検証・ゼロ金利政策』(東洋経済新報社,2000年)。 |
| 『まずデフレをとめよ』(日本経済新聞社,2003年)。 |
| 『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社,2004年)。 |
共編著
| 『日本経済研究』(東京大学出版会,1988年)。 |
| 『住宅の経済学』(日本経済新聞社,1997年)。 |
| 『デフレ不況の実証分析――日本経済の停滞と再生』(東洋経済新報社,2002年)。 |
| 『失われた10年の真因は何か』(東洋経済新報社,2003年)。 |
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1966年
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東京大学経済学部を卒業 |
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1974年
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