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つながりの強いひと
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山城宏
日本の囲碁棋士。山口県下松市出身、日本棋院中部総本部所属、島村俊廣九段門下、九段。王冠戦優勝14回、棋聖戦挑戦、本因坊戦挑戦3回など。若手の頃から「中... |
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加藤正夫
加藤正夫(かとうまさお 1947年3月15日-2004年12月30日)は日本の囲碁棋士。号は「劔正」。同じ木谷實門下の石田芳夫・武宮正樹とともに「木谷三羽烏」「黄金... |
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羽根泰正
日本の囲碁棋士。三重県度会郡神原村(現志摩市)出身、A型、日本棋院中部総本部所属、島村俊廣九段門下、九段。王座1期など。攻めの強い棋風で、特に高中国... |
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羽根直樹
羽根直樹(はねなおき、1976年8月14日-)は囲碁のプロ棋士。三重県志摩市磯部町出身。A型。日本棋院中部総本部所属。棋聖、本因坊などのタイトルを獲得。父は... |
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小林光一
囲碁のプロ棋士。北海道旭川市出身。木谷實九段門下。日本棋院所属。前妻の小林禮子(1996年死去)との間に一男一女。後妻との間にも子あり。長女は小林泉美... |
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坂田栄男
囲碁棋士。東京都出身、日本棋院所属、増淵辰子八段門下、九段。本因坊戦で7連覇して本因坊栄寿と号し、二十三世本因坊の資格を持つ他、選手権制初の名人・本... |
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趙治勲
囲碁のプロ棋士。韓国釜山広域市出身。日本棋院所属。血液型はB型。木谷實九段門下。棋聖8期、名人9期の他、本因坊戦10連覇の偉業により現役のうちから「25世... |
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大竹英雄
囲碁棋士。福岡県北九州市出身、日本棋院所属、木谷實九段門下、九段。名人位4期、世界囲碁選手権富士通杯優勝など。碁聖位連続6期で名誉碁聖を名乗る。厚く... |
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藤沢秀行
囲碁棋士。本名は藤沢保(たもつ)。その後秀行に改名、本来の名前の読みは「ひでゆき」だが、「しゅうこう」と呼ばれることが多く、「しゅうこう先生」の名... |
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林海峰
林海峰(りんかいほう、1942年5月6日-)は日本、台湾の囲碁棋士。上海出身、日本棋院東京本院所属、藤田梧郎七段、呉清源九段門下、九段、名誉天元。名人8期... |
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片岡聡
囲碁の棋士。千葉県松戸市出身、日本棋院所属、榊原章二九段門下、九段。天元位獲得、本因坊戦挑戦者など。手厚くバランスのよい本格的な棋風。 |
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石田芳夫
日本の囲碁棋士。愛知県西春日井郡新川町(現清須市)出身、木谷實九段門下、日本棋院所属、九段。1971年に22歳の史上最年少で本因坊となって秀芳と号し、本... |
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鈴木為次郎
囲碁の棋士。愛知県生まれ、巌崎健造門下、方円社、裨聖会、棋正社、日本棋院に所属、名誉九段。読みが深く粘り強い棋風で、長考派としても知られる。「旭将... |
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依田紀基
依田紀基(よだのりもと、1966年2月11日-)は日本の囲碁のプロ棋士。北海道岩見沢市出身。安藤武夫七段門下。1980年入段。1993年九段。名人4期、碁聖6期、NHK... |
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橋本宇太郎
昭和の囲碁棋士。第2、5、6期本因坊で本因坊昭宇と号する。大阪府出身、瀬越憲作名誉九段門下。1950年に関西棋院を率いて日本棋院から独立した。才気と闘志溢... |
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武宮正樹
囲碁のプロ棋士、九段。名人1期、本因坊6期など。東京都葛飾区出身。日本棋院所属。本因坊時代の雅号は当初「秀樹(しゅうじゅ)」であったが、2度目の獲得以... |
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張栩
日本棋院所属の囲碁棋士。林海峰九段門下。小林光一は義父に当たる。 |
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王立誠
王立誠(おうりっせい、1958年11月7日-)は日本、台湾の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属、加納嘉徳九段門下、九段。棋聖位3連覇、十段4連覇、LG杯世界棋王戦... |
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岩田達
音楽クリティッククラブ賞、大阪舞台芸術賞、佐川吉男賞を独占。佐藤美枝子とのモノオペラ「幻想のルチア」、松井和彦との実験オムニバスオペラ「英雄たちの... |
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山下敬吾
日本棋院所属のプロ棋士。北海道旭川市出身。緑星囲碁学園出身。棋聖、本因坊などのタイトルを獲得。雅号は「道吾(どうわ)」。義兄に高梨聖健。羽根直樹、... |
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プロフィール
- 島村俊廣とは
- 経歴
- タイトル歴
- 他の棋歴
- 受賞歴
- 著作
島村俊廣(しまむらとしひろ、明治45年(1912年)4月18日-平成3年(1991年)6月21日)は、日本の囲碁棋士。三重県鈴鹿市出身、日本棋院所属、九段、 鈴木為次郎名誉九段門下。利博から、俊宏、俊広、俊廣と改名。王座戦、天元戦優勝、 本因坊戦挑戦2回など、長く中部碁界の重鎮として活躍した。渋い辛抱のいい棋風で「 いぶし銀」と呼ばれ、また「忍の棋道」を自認した。
経歴
| 1925年に名古屋に在住していた三宅一夫七段に師事し、翌年上京して鈴木為次郎に入門、1929年に入段。 |
| 1937年五段、応召し2年後に復員。 |
| 戦後は関西総本部に所属し、その後中部総本部に移った。 |
| 1952年に日本棋院高段者トーナメント戦の決勝で村島誼紀に勝って優勝。 |
| 1954年の第1期NHK杯で、決勝で高川格を破り優勝。 |
| 1955年に本因坊戦リーグで宮下秀洋と6勝1敗の同率となり、同率決戦に勝って挑戦者となるが、高川格との挑戦手合では4連敗で敗退。 |
| 翌1956年にはリーグでは、木谷実と5勝1敗の同率で、これも決戦に勝って2年連続挑戦となるが、挑戦手合には2勝4敗で敗れる。 |
| この頃、高橋重行の作成した「高橋ランキング」では島村が1位とされていたという。 |
| 1958年に最高位決定戦の挑戦手合五番勝負(木谷實に2-3)直後に十二指腸潰瘍の手術をし、その後の大手合での細川千仭戦の終盤に心筋梗塞で倒れて棄権負けを喫する。 |
| 1967年に名古屋駅前に島村囲碁クラブを開設。 |
| 1971年から日本棋院副理事長を務める。 |
| 1977年の天元戦では決勝5番勝負で苑田勇一に3-1で勝って優勝し、この時の65歳は、当時のタイトル獲得最高年齢の記録となった。 |
| 1982年の名人戦リーグで坂田栄男との対局中に脳出血で倒れ、翌年引退。 |
| 日本棋院中部会館で行われた「島村俊廣先生追善囲碁の会」には400人のファンが集まり、狂言「碁泥」上演、橋本宇太郎と藤沢秀行の公開早碁などが行われた。 |
| 安井知得仙知を尊敬していた。 |
| 若い頃は宗教や哲学に凝ったというが、戦後になって小唄、ゴルフ、ダンスなどを楽しむようになり、高川格にもゴルフを教えた。 |
| 「吐き気を催すほど考えることができなければ専門棋士の資格がない」という語を残している。 |
| 門下に羽根泰正、山城宏、今村善彰、中野寛也、重野由紀、松本奈代子など。 |
| 島村導弘五段は実子。 |
タイトル歴
| 日本棋院最高段者トーナメント戦1952、1958年。 |
| NHK杯テレビ囲碁トーナメント1954年。 |
| 囲碁選手権戦1960、1964年。 |
| 王冠戦第5-10期(-1965年)、1974-75年。 |
他の棋歴
| 大手合優勝1936年秋期。 |
| 本因坊戦挑戦者1955、1956年。 |
| 王座戦準優勝1955年。 |
| 日本棋院最高段者トーナメント戦準優勝1955年。 |
| 最高位決定戦挑戦者1958年。 |
| 囲碁選手権戦準優勝1965年。 |
| 中部最高位戦準優勝1977年。 |
| プロ十傑戦5位1971年、8位1964年。 |
| 名人戦リーグ6期、本因坊戦リーグ12期。 |
| 呉清源対新鋭八段戦三番勝負1955年島村1-2呉。 |
受賞歴
| 1971年棋道賞勝率第一位賞(22-6,.786)、連勝賞(13連勝)。 |
著作
| 『二間高バサミ定石 ゴ・スーパーブックス10』日本棋院 1970年。 |
| 『知得(日本囲碁大系9巻)』筑摩書房1975年(主著者本田順英、解説島村)。 |
| 『忍の棋道島村俊廣打碁選集』日本棋院1979年。 |
| 『島村俊廣』(現代囲碁大系14)講談社 1981年。 |
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1925年
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名古屋に在住していた三宅一夫七段に師事し、... |
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1958年
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最高位決定戦の挑戦手合五番勝負(木谷實に2-... |
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島村俊廣さんについてのひとこと紹介
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