| 当時の「モテ男伝説」は凄まじく、以下本人がテレビ番組等で語ったものについて示す。 |
| バレーボールを始めた中学生時代から、長身も相まってモテ始め、毎日げた箱にラブレターが靴が入らないぐらい入っていた。 |
| 休み時間になると、ラブレターを持ってくる下級生と、それを阻止しようとする同じクラスの女子が、毎日バトルを繰り広げていた。 |
| それが嫌になって、男子校である明大中野高等学校に進学した。 |
| 富士フイルムに入社し、全日本で活躍する頃には人気が全国に広まり、それとともに本人宛に送られてくるプレゼントの量も増えていった。 |
| 本人が当時住んでいた寮には、プレゼント部屋が2部屋も設置されていた。 |
| バレンタインデーにはチョコレートが4トントラックで4台分届いた。 |
| 練習が終わるとファンが運転する車で毎日六本木のクラブに飲みに出かけ、飲み代もクラブのママや客の奢りだったという。 |
| またこの頃自然と芸能人に知り合いができはじめ、引退後に始めるタレント活動の基礎を築いた。 |
| 珍解答・珍発言。 |
| 1990年代前半には、日本テレビの『クイズ世界はSHOWbyショーバイ!!』、『マジカル頭脳パワー!!』『スーパークイズスペシャル』において様々な珍解答ぶりを見せた。 |
| 『SHOWbyショーバイ!!』の「何を作ってるのでしょうか?」で、最後の最後、どう見ても春巻きが出来上がった状態なのに、川合は勢い余って「はるさめ!」と答えてしまった(ちなみにその次の問題の正解は、なんと川合が不正解だった「春雨」であった)。 |
| 同じく『SHOWbyショーバイ!!』で、ある日本語のことわざを当てる問題では、高田純次が「朱に交われば赤くなる」と答えて不正解だったのにも拘わらず、その直後に川合はボタンを押し、自信持って大声で「しゅにまじわればあかくなる!」と高田と全く同じ不正解を続けて解答。 |
| 高田は「さっき俺が言ったじゃん!」と大笑い、逸見政孝も「4回か5回前だったら分かりますよ、今言ったばっかりなのに…」と呆れ返っていた。 |
| その後も同番組で「どんな虫を捕まえるのでしょうか?」の問題では、屋外に捕まえるための仕掛けを作っている映像が流れているにもかかわらず、川合は「虫でしょ?サナダムシ!!」と自信満々に解答。 |
| 山城新伍は「あのな、真田虫は腹の中にいるんだよ!腹の中に!!」と呆気に取られるなど、会場全員を爆笑の渦に巻き込んでいた。 |
| さらに『SHOWbyショーバイ!!』で、職業を当てるクイズの正解が「薬剤師」だった時、薬剤師という言葉を知らず「ヤクザの石かと思った」と発言し、周囲を呆れさせた。 |
| 2007年7月16日の情報番組中で、震度6強の地震速報があった際、(被害を知る前ではあるが)「ウチ(の番組)って地震ちゃんと伝えないと(いけないの?)」と発言した。 |
| 2010年1月17日、みんなのKEIBAの生放送中に、この日京都競馬のメイン競走だった日経新春杯のレース直前に、前年の同レースを優勝しているテイエムプリキュア号について「テイエムプリキュアの上位逃げ残りだけはやめて」と発言し、一部の競馬ファンから非難の声があがった。 |
| 川合がバレーボール選手からタレントになったのは、引退後に大学の後輩である瀬戸山正二とアメリカを旅しながら今後のことを考えていた時に、ロサンゼルスでビーチバレーに出会ったのがきっかけである。 |
| 帰国後、「面白いから日本で流行らせたい。 |
| ならばテレビに出た方が手っ取り早い」と思い、つながりのあるテレビ局に声を掛けた。 |
| それからタレント活動を始めていく上で、バラエティー番組からスポーツキャスターなど仕事の幅が広がり、そして今日に至るという。 |
| また、引退後は会社(富士フイルム)に残って仕事をすることも出来たのだが、自分自身にサラリーマンは向いていないこと、机一つとっても自分のサイズに合わないなどの理由もあったという。 |
| 川合が代表を務める湘南ベルマーレスポーツクラブ・ビーチバレーチームでは、テレビでのキャラクターからは想像できないぐらいの「鬼コーチ」ぶりを発揮している。 |
| 川合が練習に来るという情報を聞くと、怖くてさっさと帰ってしまう選手も存在する。 |
| バレー中継の解説者を1997年から行っており、当初は手厳しい言葉が多く、特にアジア対決(韓国・中国)においては「負けただけでは許されない」という言葉も飛んでいた。 |
| しかし現在、批判は皆無になっており、逆に善戦した試合は褒め称える場面が多くなった。 |
| バレーボール選手時代を知らない若年層からは、最初からタレント・司会者として認知されることが多いが、それについて川合は「それはそれで嬉しい」と語った。 |
| CHAGE and ASKAのASKAと交流がある。 |
| 『森田一義アワー笑っていいとも!』のテレホンショッキングのコーナーで、ASKAが川合を次に指名していた。 |
| 日本体育大学に在籍中、教師実習生として母校・明大中野で、当時中学生の花田勝(元大相撲力士第66代横綱・3代若乃花)を教えていたことがある。 |
| 亀井静香と対談したことを、2010年4月7日付けのブログで明かしている。 |
| その際には手土産として寝癖直しのスプレーを持って行き、それを大臣の秘書は笑っていた。 |
| 亀井大臣本人はニヤッと笑ったという。 |
| この出来事は2010年4月10日放送の読売テレビ『あさパラ!』でも話題にされ、川合がそのエピソードを話した。 |
| 寝癖直しスプレーを持っていった理由は妻の中野みゆきに「亀井さんに会うの?なら寝癖直しスプレーを持って行ったら?」とすすめられたからである。 |
| 実家はトンカツ屋を経営している。 |
| 『タモリのスーパーボキャブラ天国』(フジテレビ系)では、ホモネタばかりに興味を示したために、共演者のタモリやヒロミによってホモ疑惑の噂が広がった。 |
| そのために、スポーツキャスターとして市立船橋高等学校にサッカー部の取材で行った際、川合が「頑張ってくださいね」と言ったところ、「ホモ」呼ばわりされた。 |
| また、ゲイビデオ『BabylonStage34真夏の夜の淫夢〜theIMP〜』に登場する「谷岡」という人物に顔が似ているため、街で若者に「谷岡さんだ」と呼ばれ、それについて調べてショックを受けたことがあると大竹まことのラジオ番組で発表したことがある。 |
| 『人生が変わる1分間の深イイ話』の収録をすっぽかしたことがあり、代役として小島よしおが出演した(電話をしたところ、小島がオフであったため)。 |
| 次の出演時にはノーギャラで出演した。 |
| 高校生の進路情報サイトで、母校の明大中野高校の生徒と対談する企画があり、後輩に当たる男子バレー部の生徒に「高校生の時の夢は何でしたか?」と聞かれた際に、「その時はファッションにすごく興味を持っていたのでバレーボール選手をやりながら、ブティックをやれたらいいなと思っていた」と答えている。 |
| (2004年日本ドリコム運営のサイトにて)。 |
| ますだおかだの増田英彦と一緒に街を歩いていたら、コブクロに間違われたことがある。 |