川畑徹朗 (かわばたてつろう)
神戸大学発達科学部教授、教育学博士。東京大学教育学部卒業。JKYB研究会代表、日本学校保健学会評議員、日本学校保健会喫煙・飲酒・薬物乱用防止指導研究委員会委員、日本学校保健会薬物乱用防止教材作成小委員会委員長。著書に『地域と連携した小学校高学年からの喫煙防止プログラム』(大修館書店)、『健康教育とライフスキル学習‐理論と方法』(明治図書)など。
ライオンズクエスト・プログラムは世界30カ国で導入され、200万人以上の子どもたちがその恩恵を受けている。日本でも330‐C地区でパイロット事業が進行中で、教育関係者を中心に高い評価を得ている。このプログラムの基礎となるのが、ライフスキル教育だが、それがどのようなものなのか、一般にはあまり知られていない。そこで、日本のライフスキル教育の第一人者である川畑徹朗神戸大学教授に話を伺った。 ... もっと見る
川畑徹朗 (かわばたてつろう)
神戸大学発達科学部教授、教育学博士。東京大学教育学部卒業。JKYB研究会代表、日本学校保健学会評議員、日本学校保健会喫煙・飲酒・薬物乱用防止指導研究委員会委員、日本学校保健会薬物乱用防止教材作成小委員会委員長。著書に『地域と連携した小学校高学年からの喫煙防止プログラム』(大修館書店)、『健康教育とライフスキル学習‐理論と方法』(明治図書)など。
ライオンズクエスト・プログラムは世界30カ国で導入され、200万人以上の子どもたちがその恩恵を受けている。日本でも330‐C地区でパイロット事業が進行中で、教育関係者を中心に高い評価を得ている。このプログラムの基礎となるのが、ライフスキル教育だが、それがどのようなものなのか、一般にはあまり知られていない。そこで、日本のライフスキル教育の第一人者である川畑徹朗神戸大学教授に話を伺った。
ライフスキル教育とは
――まずはライフスキルの概念について説明して頂けますか。
「簡単に言えば、人間関係やストレスなど、私たちが日常生活で直面するさまざまな問題に、適切に対処するのに必要な能力のことです」
――世界保健機関(WHO)でも推進しているようですね。
「そうですね。WHO精神保健部局では、『日常生活で生じるさまざまな問題や要求に対して建設的かつ効果的に対処するために必要な心理社会能力』と定義しています」
――いつ、どのように生まれたのでしょう。
「1970年代後半、アメリカで喫煙防止教育に導入されたのが始まりです。それまでの健康教育では、思春期に子どもが引き起こす喫煙、飲酒、薬物乱用などの危険行動をそれぞれ独立した行動としてとらえ一貫性のない対応をしていました。しかし、危険行動の根底には共通の要因があることが分かってきました。ライフスキル教育はそれに対して適切な働きかけをするというものでした。つまり、個別対応的なやり方から、根本的な見直しへ転換を図るものだったのです」
――ライフスキルは学習で身に付けることが出来るのでしょうか。
「ええ。ライフスキルの本質を理解する上で特に重要なポイントが三つあります。その一つが、ライフスキルは『学習や経験によって獲得可能な能力』だということです。
言い換えると、ライフスキルは生まれつき備わっている能力ではなく、親などの周囲の人の行動を見て次第に身に付けていったりするものなのです。もちろん、意図的なしつけや教育によって身に付けることも可能です」
――他の二つのポイントは……。
「『さまざまな問題や状況に応用出来る、一般的・基礎的な能力』、『心理社会能力』だということです」
――従来の考え方とはだいぶ違うのでしょうか。
「従来は例えば、たばこをすってはいけない、麻薬をやってはだめ、といった『……してはいけない』という否定の教育でした。しかし、『だめ』と言われると逆に興味がわいてしまう場合もあり、効果があがらなかった。そこでライフスキル教育では否定ではなく、自分自身の長所に気づこうとか、もっと良いコミュニケーションをするためにはどうしたらよいか考えようとか、より肯定的なメッセージを多く発して子どもとのコミュニケーションを育てるという考えをとったのです。これは従来の健康教育からは想像もつかないセンセーショナルな方法論でした」
――中央教育審議会がまとめた「21世紀を展望した我が国の教育の在り方」は、今日の変化の激しい社会を生きていくために必要な資質や能力を「生きる力」と定義し、これからの学校が目指すべき教育の目標と強調しています。この「生きる力」とライフスキルは共通する部分があるようですが。
「そうですね。ライフスキルは欧米で生まれた概念ですが、日本の学校教育で提言されている『生きる力』と比較すると、両者が非常に近い概念であることが分かります。『生きる力』の第一要素は『自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、より良く問題を解決する資質や能力』ですが、これはライフスキルで言っている目標設定や意志決定の能力に相当します。また、『生きる力』の第二の要素である『自らを律しつつ、他人と共に協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性』は、ライフスキルのストレスへの対処能力やコミュニケーション能力を含む対人関係のスキルと深いかかわりがあります。更に、両者の考え方の中核を成すのが、子どもの健全な自尊心の育成である点も共通しています」
――ライフスキル教育は日本の教育現場でも有効でしょうか。
「有効だと思います。実際、今度の学習指導要領には自尊心という言葉が、ずい分と出てきます。自尊心や生きる力を育む一環として、2001年からは総合的な学習の時間も設けられていますし、時勢から見ても、ライフスキル教育は今、最も日本の学校教育の現場に求められているものだと言っていいでしょう」
――教育委員会や自治体などの反応はどうなのでしょう。
「文部科学省が積極的にライフスキル教育を研修会に取り入れているほか、地方自治体でもライフスキル教育の研修会を都道府県の教育委員会レベルで開催しています。以前に比べ、理解が得やすい状況になっているのは確かです。私自身も今年から4年間、文部科学省の科学研究費の補助を得て、新潟県朝日村の全小中学校でライフスキル教育のパイロット研究を行うことになりました」
ライオンズクエストの特長
――そうしたライフスキルをベースとした教育プログラムは、いくつかあるのでしょうか。
「はい。もちろん、ライオンズクラブで展開されているライオンズクエスト・プログラムもその一つですが、『Life Skills Training(LST)』や『Know Your Body(KYB)』など、同様な考え方で開発されたものがあります」
――川畑教授はその中で、JKYB研究会を主宰されていますね。
「私が、最初にライフスキルを知ったのが、KYBだったのです。それで88年には、仲間の研究者たちと『Japan Know Your Body Project(JKYB研究会)』を発足させ、KYB日本語版の作成に着手し始めました。同時に、他のライフスキル教育プログラムも調べました。ライオンズクエスト・プログラムを知ったのもそのころです。オーストラリアでは、実際に導入されている学校をいくつか見学させて頂きました」
――研究者の目でご覧になって、ライオンズクエスト・プログラムをどのように思われますか。
「私自身、日本でのパイロット事業導入に当たって、日本語版開発に深くかかわらせて頂いたので、公正な立場かどうかちょっと難しいところですが、客観的に見ても非常に優れていると思います」
――具体的にライオンズ‐クエスト・プログラムの特長を挙げてみて頂けますか。
「最大の特徴は、教室でのライフスキル教育に加えて、ボランティア活動を通じて子どもたちのライフスキルを強化し、仲間や地域の人々との絆を強めようとしている点にあります。また、プログラムが現場の学校教師を中心に開発され、改良が加えられてきたので、実践的な内容になっています。加えて世界各国で導入されているのを見ても、非常に汎用性が高いプログラムであると言えますね」
――当初、プログラムを開発するに当たり、ライオンズ側では薬物乱用防止教育に特化させてほしいと依頼したと聞いていますが、内容的にはいかがですか。
「もちろん、薬物乱用防止教育の部分は大きなウエートを占めていますが、それだけではなく、ライフスキル全般にわたっています。一方で、さまざまなニーズを考慮した分、ちょっとボリュームが大きいということも言えます。すべてを消化しようとすると120時間かかります。ですから導入に当たっては、学校側と相談しながら、特に必要な個所を取り上げていくような工夫も必要でしょうね」
日本のライフスキル教育
――川畑教授も実際にかかわられた埼玉県川口市立芝東中学校のパイロット事業に関してはいかがですか。
「ちょうどライオンズクエスト・プログラム導入と同じ年に、総合的な学習の時間が設けられ、芝東中ではこの時間をプログラムに当てて成功しました。タイミングも良かったですね。導入後は生徒の行動が目に見えて良くなっています。しかし、研究者の立場から言うと、比較するサンプルがないため、厳密な評価をするという意味では、若干、ためらいがあるのも事実です」
――評価研究というのは、どのようなものですか。
「生徒の行動が良くなったと主観的に感じるだけでは不十分であり、客観的な数値上でも良くなっていることを証明しなければならないのです。そのためには、同一地域で、似通った環境にある学校をいくつかサンプルとして選び、導入校と、未導入校を比較することが必要です」
――そうすると、今後、日本の他の地域で導入する場合は、その点も踏まえてということになりますか。
「もちろん、これは予算の関係もありますから、無理にというわけにはいきません。が、時間がかかり、遠回りのように思えても、今後、更に広く普及させていくには大事なことだと思います。私は神戸大学に勤務しており、伊丹市に在住しておりますので、関西方面のライオンズクラブが導入される場合、要請があれば、そうした評価研究の面では協力させて頂けると思います」
ワークショップの重要性
――ところで、ライオンズクエスト・プログラムを始めライフスキル教育では、ブレーンストーミングやロールプレイングなど、従来の授業にはない手法がとられますが、日本の教育現場に合うものでしょうか。
「日本の教師には教えたがる傾向がありますが、ライフスキル教育では、これが欠点となります。生徒たちにライフスキルを身に付けさせるためには、先生は授業の中では補佐役に徹するべきなのです。教師がライフスキル教育を適切に実施出来るようになるには、子どもたちに習得させるスキルやロールプレイングなどの指導法を指導者自ら体験する必要があります。そのため、ライオンズクエスト・プログラムを始めとするライフスキル教育プログラムでは、参加体験型のワークショップをとても重要視しているのです」
――ワークショップに参加された教師の反応はいかがですか。
「私の経験では、小学校の教師は比較的すんなり入り込めるのですが、高校や中学の教師は参加型授業に消極的ですね。生徒が参加するわけがない、という先入観があるようです。しかし、大学生でもロールプレイングの授業には乗ってきます。生徒が恥ずかしがらない工夫をすれば、出来ないわけがないのです。大半の人はワークショップに参加して、自分が変わった、と感動するようです。そして、子どもの気持ちが分かるようになったと言われるようですね」
――子どもを変える前に、大人が変わるわけですね。
「人から言われて変えようとするより、自分で気付いて主体的に変えようとする方が変わるのが早いし、達成しやすい。それは大人も子どもも同じです。考えるきっかけを与え、主体的に変わるチャンスを与えるのが、ライフスキル教育なのです」
――今後、日本でライオンズクエスト・プログラムを普及させる上で、何かアドバイスを頂けますか。
「各地のライオンズクラブが中心となってワークショップを開催することが、最も現実的な方法ではないでしょうか。その場合、学校の先生が、出張扱いで参加出来るよう配慮してあげることも必要でしょう。例えば教育委員会の後援を取り付けたらいかがですか。確かに民間で開発されたプログラムではあるけれども、教育委員会も積極的に推進しているということが分かると、学校としても導入が容易になります。それと、学校長の理解は欠かせません。校長先生をその気にさせることも、非常に重要な仕事だと思います」
構成/砂山幹博(ルポライター)※2004年4月号掲載 戻る






























