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プロフィール
左近允尚敏(さこんじょうなおとし、は大日本帝国海軍軍人、海上自衛官。最終階級は海将。鹿児島県出身。海兵72期。海軍中将 左近允尚正の次男。兄は多号作戦で駆逐艦「島風」砲術長として戦死した海軍大尉左近允正章(まさふみ)。
経歴
| 1925年、鹿児島県に生まれる。 |
| 兄、正章と同じく横須賀中より海軍兵学校へ入校、1943年9月卒業。 |
| 戦艦「伊勢」で乗艦実習の後、重巡洋艦「熊野」砲術士に命ぜられる。 |
| 1944年3月航海士に命ぜられ、その後マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦に参加。 |
| 1945年3月、駆逐艦「梨」航海長に命ぜられる。 |
| 8月15日、駆逐艦「初桜」航海長として終戦を迎える。 |
| 9月28日、水先案内の士官を送り届けるため、米艦隊を出迎える。 |
| 1952年に海上自衛隊に入り、インドネシア防衛駐在官、第4護衛隊群司令、練習艦隊司令官、防衛大学校訓練部長、統合幕僚会議事務局長、統合幕僚学校長などを歴任し1979年退職。 |
| 自衛隊退職後は平和・安全保障研究所研究委員、産経新聞客員論説委員を経て、現在は平和・安全保障研究所研究委員会顧問、日本国際フォーラム政策委員。 |
著書
| 『防衛選書海上防衛論』(麹町書房、1982/06)。 |
| 『敗戦―一九四五年春と夏』(光人社、2005/08)。 |
| 『捷号作戦はなぜ失敗したのか―レイテ沖海戦の教訓』(中央公論新社、2010/10)。 |
| 『ミッドウェー海戦「運命の5分」の真実』(新人物往来社、2011/6/22)。 |
訳書
| ラッセル·スパー『戦艦大和の運命―英国人ジャーナリストのみた日本海軍』(新潮社、1987/8)。 |
| ジョン·ウィントン『米国諜報文書ウルトラintheパシフィック』(光人社、1995/11)。 |
| ジョン·コステロ『真珠湾、クラーク基地の悲劇―責任はだれにあるのか』(啓正社、1998/04)。 |
| カール·ボイド『盗まれた情報―ヒトラーの戦略情報と大島駐独大使』(原書房、1999/12)。 |
| ピーター・G.ツォーラス『太平洋戦争の研究―こうすれば日本は勝っていた』(PHP研究所、2002/11)。 |
参考文献
| 海上自衛隊幹部学校機関誌『波濤』16年3月号。 |
| なにわ会ニュース91号25頁 平成16年9月。 |
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1925年
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鹿児島県に生まれる |
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1945年
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駆逐艦「梨」航海長に命ぜられる |
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左近允尚敏さんについてのひとこと紹介
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