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巧如
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1376年
1440年
浄土真宗東本願寺派
浄土真宗
本願寺の歴史
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つながりの強いひと
綽如
南北朝時代の浄土真宗の僧。父は善如。権大納言日野時光の猶子となる。本願寺第五世。
存如
室町時代の浄土真宗の僧で、本願寺第七世。本願寺中興の祖・蓮如の父。越中瑞泉寺住持如乗は弟、大和興福寺大乗院門跡・経覚は従兄弟とされる。現在の本願寺...
善如
南北朝時代の浄土真宗の僧。父は従覚慈俊。本願寺第四世。
蓮如
室町時代の浄土真宗の僧。本願寺第8世。本願寺中興の祖。同宗旨では、「蓮如上人」と尊称される。明治15年(1882年)に、明治天皇より「慧燈大師」の諡号を追...
経覚
室町時代の法相宗の僧侶。父は関白九条経教、母は浄土真宗本願寺(後の大谷家)の出身。母方の縁で後に本願寺8世となる従甥・蓮如を弟子として預かり、宗派の...
蓮乗
室町時代中期から戦国時代にかけての浄土真宗の僧である。瑞泉寺・本泉寺兼住。本願寺第8世法主蓮如の次男で、母は伊勢貞房の娘如了。幼名は光養、諱は兼鎮。...
実如
室町時代中期から戦国時代にかけての浄土真宗の僧。本願寺第9世。
順如
室町時代中期から後期にかけての浄土真宗の僧。光善寺住持。本願寺8世法主蓮如の長子。母は伊勢氏庶流とされる伊勢貞房の娘如了。子に光淳室。諱は光助。幼名...
後小松天皇
室町時代北朝最後の第6代、歴代第100代の天皇(在位:永徳2年/弘和2年4月11日(1382年5月24日)-応永19年8月29日(1412年10月5日))。諱は幹仁(もとひと)。
聖徳太子
飛鳥時代の皇族。政治家。用明天皇の第二皇子。母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)。推古天皇のもと、摂政として蘇我馬子...
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存覚
鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての浄土真宗の僧である。錦織寺四代。存覚は、初期浄土真宗における優れた教学者で、父覚如を助けて浄土真宗の教線拡大に...
従如
江戸時代中期の浄土真宗の僧。東本願寺第十八代法主。東本願寺第十六代一如の孫。
証如
戦国時代の浄土真宗の僧。本願寺第10世法主。本願寺第8世法主蓮如の曾孫。
如信
鎌倉時代中期から後期にかけての浄土真宗の僧。父は親鸞の子善鸞。歿後、覚如により本願寺第二世に位置づけられる。本願寺宗主・御歴代のうち、唯一、諱が伝...
覚如
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての浄土真宗の僧。本願寺第三世。「大谷廟堂」の寺院化(本願寺の成立)に尽力し、本願寺を中心とする教団の基礎となった...
山名師義
南北朝時代の武将、守護大名。室町幕府小侍所所司、丹後・伯耆・但馬守護。山名時氏の嫡男。弟に義理、氏冬、氏清、時義。子に義幸、氏之、義熙、満幸ほか。...
洞院公定
南北朝時代の公家。父は内大臣洞院実夏。母は持明院保藤の女花園院中納言典侍。祖父は洞院公賢。通称は後中園左大臣。法名は元貞。養子に洞院実信(正親町忠...
親鸞
鎌倉時代前半から中期にかけて活動した日本の僧である。浄土真宗の宗祖とされる。
足利満詮
足利満詮(あしかがみつあきら)は南北朝時代・室町時代の武将。室町幕府第二代将軍・足利義詮の四男。母は紀良子。三代将軍足利義満の同母弟にあたる。
大谷光見
浄土真宗の僧で、浄土真宗東本願寺派第26世法主。同派の本山・東本願寺住職。幼名は光養麿。法名は聞如。早稲田大学理工学部物理学科卒業。ニューヨーク大学...
プロフィール
巧如とは
生涯
巧如(ぎょうにょ)は、
南北朝時代
から室町時代の浄土真宗の僧。本願寺第6世。
生涯
年齢は、数え年。
日付は、文献との整合を保つ為、旧暦(宣明暦)表示(生歿年月日を除く)とし、
南北朝時代
の元号は、北朝(京都)で表記する。
永和2年、本願寺第五世
綽如
の第二子として誕生し、日野資康の猶子となる。
康応2年/明徳元年(1390年)、
綽如
は「本願寺」を継承し第5世になるも、まもなく寺務を法嗣である巧如に委任し、越中国杉谷に草庵を結び退隠する。
明徳4年(1393年)4月24日、
綽如
が示寂。
応永元年(
1394
年)、本願寺住持職を継承し、とくに北陸への教化に尽力。
弟の屯円を越前国の藤島超勝寺に、4男の如乗を越中国瑞泉寺に派遣した。
応永22年(1415年)、嫡孫・
蓮如
生まれる。
永享8年(1436年)、長男・
存如
に職を委譲する。
永享12年10月14日(1440年11月17日)、65歳で示寂。
巧如 - Wikipedia
より要約
1390年
綽如は「本願寺」を継承し第5世になるも、ま...
1393年
綽如が示寂
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