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1996年アトランタオリンピックに最年少メンバー(20歳)として参加し全試合に出場した。
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1997年、黒鷲旗全日本選手権で優勝、MVPを獲得。
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1998年5月、国際バレーボール連盟より1997年度世界ベスト6、アジアバレーボール連盟より、アジアベストプレーヤーに選出された。
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1999-2000年第6回Vリーグでは、NECレッドロケッツの主将としてチームを牽引し、21戦全勝の完全優勝に導いた。
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その後も全日本代表の中心選手として活躍したが、シドニーオリンピックの出場権を逃した事に加え、自身も故障が多かった事から、2001年、25歳の若さで現役引退した。
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引退後は、ミカサ札幌支社で会社員として勤務するかたわら、地元北海道を中心に特別コーチなどを行っていた。
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同年秋、久光製薬スプリングスに入団して現役復帰。
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2004年アテネオリンピック世界最終予選から、全日本代表に復帰。
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レシーブ力を買われリベロに抜擢され、本大会出場に大きく貢献した。
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2007年6月末日を以て、久光製薬スプリングスを退団。
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同年9月、NECレッドロケッツに復帰しリベロとして活躍。
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2009年6月同部を退団し、同年9月パイオニアレッドウイングスに移籍した。
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2000-01シーズンに記録したサーブレシーブ成功率87.4%は今も破られない不滅の記録である。