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つながりの強いひと
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村上新
村上新町病院 病院名 村上新町病院
住所 青森県青森市新町2-1-13
最寄駅 JR奥羽本線青森駅
診療科 内科,小児科
病床数 78
日本最大級の看護師向け... |
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藤田謙一
日本の実業家。日本商工会議所初代会頭、貴族院議員を務めた。 |
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内藤久寛
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島津源蔵
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三島通庸
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本間光丘
本間光丘が施主となり、明和元年(1764)徳尼公の木像を造って祀り、毎年4月15日の徳尼公の忌日には、36人衆ゆかりの人達が集まり追善供養が行なわれています... |
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みんなの速記入門 V 式 小谷征勝 著 資格試験 定価2,100円 本体2,000円 四六判 202頁 978-4-86429-036-4 2011年7月30日刊行予定 これまでの速記は,専門速記... |
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プロフィール
- 斎藤外市とは
- 人物
- 経歴
- 受賞・受章歴
- 軍用機器関係
- 機械関係
- 座右の銘
- 関連書
- 家族親族
- 出典・参考文献
- 関連サイト
斎藤外市(さいとうといち、-1926年(大正15年)1月31日)は、日本の発明家、実業家、政治家(鶴岡町町議会議員)、鶴岡ガス株式会社初代社長。
人物
| 出羽国田川郡長沼村上新田(後の藤島町、現在の鶴岡市)出身。 |
| 主に軍用機器と織機(織物機械)の発明に取り組み、「発明は俺の命だ。 |
| 俺のひとつの病気だ」と言い、数多くの発明を残した。 |
| 現在でもその発明は高く評価されている。 |
| トヨタグループの創業者の豊田佐吉と共に、織機の発明王と呼ばれ、絹の斎藤外市、綿の豊田佐吉と言われていた。 |
| 1912年(明治45年)には、これまでの数々の発明の功績により豊田佐吉と一緒に藍綬褒章を受章している。 |
| 鶴岡公園(鶴ヶ岡城跡)内には1974年(昭和49年)建立の銅像がある。 |
経歴
| 1865年(慶応元年):出羽国田川郡長沼村上新田(現・鶴岡市)の農家、斎藤外助の長男として誕生。 |
| 1879年(明治12年):小学校(長雲寺にあった)4年修了後、農業に従事。 |
| 1889年(明治22年):陸軍に軍用軽気球と、海軍に軍用潜航艇を発明し献納する。 |
| 1895年(明治28年):改造水雷艇を発明。 |
| 1898年(明治31年):斎外式力織機を完成し、特許出願4075号。 |
| 1900年(明治33年):同特許取得。 |
| 1901年(明治34年):羽二重を電動力織機(日本で最初)で織る。 |
| 1906年(明治39年):羽前輸出織物信用組合を設立。 |
| 1907年(明治40年):鶴岡織物株式会社を設立。 |
| 繻子製織機を発明。 |
| 両羽実業新聞社を設立し、日刊新聞「両羽実業新聞」を発行。 |
| 1910年(明治43年):飛行機を発明し特許出願。 |
| コール天織機を発明する。 |
| 1911年(明治44年):鶴岡瓦斬新斯会社(現・鶴岡ガス株式会社)を設立し社長就任。 |
| 斎外式力織機の総生産台数が1万台に達する。 |
| 1912年(明治45年):五十馬力単葉飛行機を菅原馬場で試験飛行する。 |
| 1913年(大正2年):飛行機より信号で操縦する水雷を発明。 |
| 1915年(大正4年):人造絹糸の製造方法を発明。 |
| 1918年(大正7年):砂鉄をもって製鉄する方法を発明。 |
| 1921年(大正10年):鶴岡町会議員に当選。 |
| 1922年(大正11年):冷式米倉庫を考案。 |
| 1926年(大正15年)1月31日:結核がもとで鶴岡市で死去。 |
| 長沼の長雲寺に葬られる。 |
| 戒名は「機法院心外無一居士」。 |
| 1974年(昭和49年):多くの発明の功績を称え鶴岡公園(鶴ヶ岡城跡)内に銅像が建立される。 |
受賞・受章歴
| 1912年(明治45年):藍綬褒章受章。 |
| 1925年(大正14年):帝国発明協会表彰(金杯・表彰状)受賞。 |
機械関係
| 斎外式力織機。 |
| タオル織機製糸無断装置刺繍織機。 |
| 人造絹糸の製造方法。 |
| 砂鉄をもって製鉄する方法。 |
座右の銘
| わが大日本国をして世界最強国たらしむるには、軍機の精良なるものに待たざるべからず。 |
| 然してわが国には、世界を征服しる軍機の精良なるものありや。 |
| 遺憾ながら無し、ゆえに吾は世界を征服し、わが大日本国をして、世界差強国たらしむる軍機を発明せざるべからず。 |
関連書
| 『郷土の発明家 齋藤外市翁伝』1992年長沼郷土史研究会(著・出版)。 |
家族親族
| 父:斎藤外助-農家。 |
| 従弟:石黒慶蔵-歯科医師、歯科医療器具発明家。 |
| 従弟:石黒岩太-陸軍少将。 |
| 従甥:石黒慶之助-歯科医師、歯学博士。 |
| 従甥:石黒進之助-歯科医師。 |
| 従姪孫:石黒慶一-歯科医師、歯学博士。 |
| 従姪孫:石黒豊-歯科医師。 |
| 従曾姪孫:石黒慶史-歯科医師、歯学博士。 |
出典・参考文献
| 『庄内人名辞典』大瀬欽哉(代表編者)致道博物館内「庄内人名辞典刊行会」(発行)。 |
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