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つながりの強いひと
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新村出
親
日本の言語学者、文献学者。京都大学教授・名誉教授で、ソシュールの言語学の受容やキリシタン語の資料研究などを行った日本人の草分けである。 |
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ロマン・ロラン
フランスの、理想主義的ヒューマニズム-平和主義-反ファシズムの作家。戦争反対を世界に叫び続け、国際的に多くの知友を持った。 |
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マルク・ブロック
フランスの歴史学者。アナール学派の初期の重要な代表者の1人。ストラスブール大学教授。古代史学者ギュスターブの子としてリヨンに生まれ、各地の高校で教鞭... |
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川村孝
川村 孝(カワムラ タカシ) 1954年岐阜県生まれ。1980年名古屋大学医学部卒業。1980年より社会保険中京病院、榊原記念病院、静岡済生会総合病院にて循環器の... |
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小松田勝
マネジメント教育、コンセプトやオペレーションの開発作成、組織開発(OD)、教育訓練体系や人材育成システムの開発など、教育訓練、コンサルテーション、... |
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中井正一
中井正一(なかいまさかず、1900年2月14日-1952年5月18日)は日本の美学者、評論家、社会運動家。広島県出身。京都学派の流れを汲みつつ、中井美学と呼ばれる... |
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真下信一
民主主義科学者協会 に所属しながら唯物論哲学の立場で発言、長く 名古屋大学 で教鞭をとる。退官後は 多摩美術大学 の学長もつとめた。また、 日本学術会議... |
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武谷三男
武谷三男(たけたにみつお、1911年10月2日-2000年4月22日)は日本の物理学者、科学史家。技術論や三段階論で知られる。 |
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加藤周一
加藤周一(かとうしゅういち、1919年(大正8年)9月19日-2008年(平成20年)12月5日)は日本の評論家。医学博士。専門は内科学、血液学。上智大学教授、エー... |
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都一中
一中節の三味線方の名跡。代々都派の家元。別名「都太夫一中」。 |
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徳川慶喜
江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:1867年‐1868年)。江戸幕府最後の将軍で征夷大将軍に任じられた最後の人物。御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職... |
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久野収
日本の哲学者・評論家。大阪府堺市生まれ。1934年京都帝国大学文学部哲学科卒業。体系だった著作や、いわゆる「主著」と呼ばれるものがないものの、多くの評... |
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桑原武夫
日本のフランス文学・文化の研究者。文化勲章受章。研究者を組織しての共同研究の先駆的指導者でもあった。 |
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岡茂雄
日本の編集者、書店主。大正から昭和初頭の日本に於いて、民族・民俗学や考古学専門の書店「岡書院」、山岳書専門の「梓書房」を経営。学術史上の名著となる... |
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内藤耕
内藤 耕・経歴 1962年3月、静岡県生まれ(現・磐田市)。 中学校時代は学校嫌いで登校拒否。手に職をつけようと県立掛川工業高校電気科に進むも感電が怖くて... |
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関口隆
関口 隆編 税込価格:(本体 : ) bk1ポイント倶楽部 : 28 ポイント(1%進呈) 国内送料無料でお届けできます 出版 : コロナ社 サイズ : 26cm / 15... |
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湯川秀樹
日本の理論物理学者である。京都府京都市出身。原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の媒介となる中間子の存在を1935年に理論的... |
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上田萬年
日本の国語学者、言語学者。東京帝国大学国語研究室の初代主任教授、東京帝国大学文科大学長や文学部長を務めた。円地文子の父。教え子に新村出、橋本進吉ら... |
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プロフィール
新村猛(しんむらたけし、1905年8月2日-1992年10月31日)は、フランス文学者、言語学者、国語辞書編纂者。名古屋大学名誉教授。元橘女子大学学長。 新村出の次男。
来歴・人物
| 京都一中、三高を経て、京都帝国大学文学部史学科入学。 |
| すぐに仏文科へ転攻し卒業。 |
| 1935年2月、中井正一や真下信一や武谷三男たちと共に同人誌『世界文化』を創刊、また週刊紙『土曜日』の常連執筆者として反ファシズム運動に関わった。 |
| このため、同志社大学予科教授であった1937年11月に治安維持法違反で逮捕され、2年間の獄中生活を送る。 |
| 『世界文化』『土曜日』は廃刊に追い込まれ、出所後もノイローゼのような状態になった。 |
| 1939年8月に釈放後失職中であったため、父が1935年から編纂を進めていた国語辞書『辞苑』の改訂作業に1940年より参加。 |
| 岡書院店主岡茂雄の提案による。 |
| 初めは外来語担当であったが、編者の息子であることに乗じて国語項目の書直しや百科項目の拡大を父より叱責を受けるほど行ったため岡茂雄『本屋風情』-「他とのバランスを考えて手を入れるようにと、私の言葉として伝えてくれたまえ」、1941年に予定されていた改訂版刊行は頓挫した。 |
| 1945年に15万語の原稿を完成させたが、出版社の工場や倉庫が空襲により被災、改訂作業も中断となった。 |
| 1948年、部落問題研究所初代所長に就任。 |
| 戦後も父と共に辞書の編纂を続け、1955年、猛の交渉により出版元を岩波書店に変え、書名を広辞苑と改めて第1版を刊行。 |
| 傍ら、名古屋大学でフランス文学を講じ、ディドロやロマン・ロランなどを翻訳。 |
| 講師として教えていた同志社大学でロマン・ロラン研究会を指導。 |
| 学生の一人である今江祥智の人生の師となる。 |
| 1967年に父が死んでからは広辞苑の辞書改訂を引き継ぐ。 |
| 1971年、愛知県知事選挙に革新統一の無所属候補として出馬。 |
| 91万余票を獲得するが、現職の桑原幹根に惜敗。 |
| 1992年10月31日、呼吸不全で死去。 |
| 三一書房刊行の『新村猛著作集』全3巻(1993年)がある。 |
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1935年
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中井正一や真下信一や武谷三男たちと共に同人... |
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1941年
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予定されていた改訂版刊行は頓挫した |
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