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日有
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1402年
1482年
日蓮正宗
宗祖日蓮大聖人御大会
大石寺
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つながりの強いひと
日蓮
鎌倉時代の仏教の僧。鎌倉仏教の宗旨のひとつ日蓮宗(法華宗)の宗祖。死後に皇室から日蓮大菩薩(後光厳天皇、1358年)と立正大師(大正天皇、1922年)の諡...
本尊
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大石寺第26世の法主。日蓮正宗では、第9世日有とともに中興の祖としてあがめている。中興の祖と言われた理由として、六巻抄を後世に残した事が大きく関係して...
日教
大石寺第32世法主。
日鎮
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日影
師匠
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日量
大石寺第48世法主。
日亨
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日精
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月光
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プロフィール
日有とは
略歴
その他
日有(にちう、応永9年4月16日(1402年5月18日)-文明14年9月29日(1482年11月10日)、在位1419年-1467年、1472年-1482年)は室町時代中期の僧侶。
日蓮
正宗総本山大石寺第9世法主。26世
日寛
とともに中興の祖として仰がれ、現在の
日蓮
正宗教学及び
日蓮
本佛論を作成した人物である。
略歴
応永9年(1402年)4月16日、富士上野(現在の大石寺近郊)の南条家に出生。
幼少にして8世日影の弟子となる。
応永26年(1419年)8月、17歳で8世日影から血脈相承を受けて奥州から京都、越後などの諸国へ長期間にわたり布教を進めた。
永享4年(1432年)3月、幕府へ国家諌暁の申し状を上呈した。
この申し状は毎年秋の御会式で奉読されている。
文安2年(1445年)11月6日、紫宸殿
本尊
を模刻す。
長禄2年(1458年)1月、筑前阿日格大石寺に日有の法門を聴き之を録す。
寛正元年(1460年)7月18日、
本尊
を書写し陸前二迫加藤日源に授与す。
寛正2年(1461年)3月22日、
本尊
を書写し下野薗部日安に授与す。
寛正3年(1462年)1月11日、南条日住、日有上人御物語聴聞抄3巻の稿を始む。
寛正4年(1463年)6月2日、
本尊
を書写し下野金井伊勢阿
日量
に授与す。
寛正6年(1465年)2月、大石寺御宝蔵を小校倉造りに改む。
3月、大石寺客殿を創建す。
文正元年(1466年)6月8日、駿河駒瀬に法華堂(本廣寺)を創す。
応仁元年(1467年)、10世
日乗
に法を相承したものの、10世
日乗
、11世
日底
の遷化により文明4年(1472年)、再登座。
文明6年(1474年)1月5日、
本尊
を書写し甲斐
下山大
村六郎左衛門に授与す。
5月26日、
本尊
を書写し陸前一迫柳目三位阿日為母妙了日宗に授与す。
8月4日、
本尊
を書写し陸前柳目上総公
日宣
に授与す。
11月29日、
本尊
を書写し陸前岡名の日意に授与す。
文明7年(1475年)7月16日、
本尊
を書写し小野里八郎三郎に授与す。
文明8年(1476年)5月23日、土佐吉奈連陽房、日有聞書を録す。
7月15日、守本尊を書写し土佐吉奈右京大夫に授与す。
文明10年(1478年)、駿河淀師に要行寺を創す。
文明14年(1482年)、法を12世
日鎮
に付す。
同年9月29日、遷化した。
その他
富士門流の化儀方式を体系づけて、『日有師化儀抄』、『御物語聴聞抄』、『連陽房聞書』、『下野阿闍梨聞書』などとして弟子たちが筆録している。
特に『日有師化儀抄』は『日興遺誡置文』とともに、大石寺の山法山規の基をなしている。
晩年は、宿病(らい病)をわずらい杉山に隠棲した。
御講日には大石寺へ登山した。
当時の大杉山は岩がゴロゴロとしており、通常の下駄では石や岩が挟まってしまうため、一本歯の下駄を履いたという。
日有 - Wikipedia
より要約
1402年
富士上野(現在の大石寺近郊)の南条家に出生
1419年
17歳で8世日影から血脈相承を受けて奥州から...
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