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春風亭小朝
日本の落語家、俳優。本名は花岡宏行(はなおかひろゆき)。 東京都北区出身。東京電機大学高等学校卒業。前座名は春風亭小あさ(読み同じ)。出囃子は『さ... |
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吉川潮
演芸評論家、小説家。茨城県下館市(現・筑西市)出身。立教大学経済学部卒。夫人は、粋曲(色物)の柳家小菊(落語協会所属)。もともとはルポライター・放... |
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金原亭馬生
主に大正期・昭和初期に活躍した落語家。本名、小西万之助。1910年、4代目橘家圓喬門下に入り橘家喬松を名乗る。その後初代桂小南門下に移り桂小平となり、19... |
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桂枝雀
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春風亭一朝
東京都足立区出身の落語家。落語協会所属。同協会理事でもある。本名、浮ヶ谷克美(うきがやかつみ)。出囃子は『菖蒲浴衣』。 |
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落語家の名跡。当代(家元の談志)は7代目だが、5代目と自称している。これは明治時代の寄席で人気を博していた釜堀りの談志(4代目)が初代を称し、俥屋の談... |
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春風亭柳昇
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三遊亭金馬
三遊亭金馬(さんゆうていきんば、1894年10月25日-1964年11月8日)は東京市本所生まれの日本の落語家である。本名は加藤専太郎(せんたろう)。出囃子は『本... |
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春風亭昇太
落語家の名。先代は前座の時に名乗っただけであるため、代数をつけて呼ぶことはない。先代-現:3代目昔昔亭桃太郎。当代-本項にて記載。---春風亭昇太(しゅ... |
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春風亭柳好
春風亭柳好(しゅんぷうていりゅうこう)は落語の名跡。代数のカウントが場合によりまばらである(著名な「野ざらしの柳好」を3代目と記すのか5代目と記すの... |
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古今亭菊之丞
落語家。落語協会所属。本名、小川亮太郎(おがわりょうたろう)。東京都渋谷区出身。千葉県立国分高等学校卒業。出囃子『元禄花見踊り』、紋は『裏梅』。 |
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金原亭伯楽
江戸の落語家。本名は津野良弘(つのよしひろ)。神奈川県横浜市出身。落語協会所属。出囃子は「鞍馬」。紋は「鬼蔦」。 |
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三笑亭夢楽
岐阜県出身の落語家。本名:渋谷滉(しぶやひろし)。 |
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柳家つばめ
落語家。本名、木村栄次郎。出囃子は『外記猿』。宮城県石巻市の出身。大学卒の落語家第一号。國學院大學卒業後、神奈川県藤沢市の中学校の教師から噺家にな... |
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柳家小さん
長野県出身の落語家。本名、小林盛夫(こばやしもりお、4代目桂三木助の本名と同姓同名)。出囃子は『序の舞』。1995年に落語家として初の人間国宝に認定され... |
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三遊亭円生
1964年に三遊亭円生(六代目)に入門し、「ぬう生」となる。69年に「ぬう生」のまま二つ目に昇進。78年の落語協会分裂騒動の際に、円生と決別して落語協会に... |
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プロフィール
- 春風亭柳朝とは
- 経歴・人物
- エピソード
- 一門弟子
- 出典
- 関連書籍
春風亭柳朝(しゅんぷうていりゅうちょう、1929年10月29日-1991年2月7日)は落語家。本名は大野和照(おおのかずてる)。生前は落語協会所属。 出囃子は『さつまさ』。
経歴・人物
| 旧制正則中学在学中に、志願して海軍に衛生兵として入隊。 |
| その後は職を転々とし1950年3月、5代目蝶花楼馬楽(後の林家彦六)に入門し、小照を名乗るが翌1951年に一旦は転職するも翌1952年、再入門し、林家正太に改名。 |
| 翌1953年5月、二つ目昇進し照蔵に改名。 |
| 1962年5月、真打昇進し、5代目春風亭柳朝襲名。 |
| 彦六一門の総領弟子。 |
| 弟弟子に2代目橘家文蔵、7代目春風亭栄枝、林家木久扇、5代目はやし家林蔵、3代目八光亭春輔、三遊亭好楽、3代目桂藤兵衛、林家時蔵、林家正雀、後に紙切りに転向した2代目林家正楽がいる。 |
| 1960年代はテレビ・ラジオでも顔を売り、7代目立川談志、3代目古今亭志ん朝、5代目三遊亭圓楽と共に落語四天王と呼ばれた病気引退後8代目橘家圓蔵が取って代わる。 |
| 一部に柳朝の現役時から圓蔵を挙げる人もいた。 |
| 1972年、5代目柳家小さんが落語協会会長に就任すると同時に同協会専務理事に就任した。 |
| 後に常任理事に就任した。 |
| 1980年、2番弟子春風亭小朝が36人抜きで真打昇進。 |
| 当時の大ニュースとなり、押しも押されもせぬ大幹部となる。 |
| 1982年1月に師匠彦六と死別し、12月に脳梗塞に倒れ、高座復帰出来ぬまま、1991年2月7日死去。 |
エピソード
| 亭号が「春風亭」になったのは、師匠彦六が正蔵の名跡を一代限りの条件で7代目林家正蔵の遺族である初代林家三平より借り受けていた為、三平を配慮して自分の弟子が真打に昇進した時は他の亭号に変えさせることとしたもの。 |
| 春風亭の名跡は落語協会にもあったが、8代目春風亭柳枝没後封印された。 |
| その為彦六は日本芸術協会(現:落語芸術協会)会長6代目春風亭柳橋に面会し、柳朝を名乗る了承を得た。 |
| 談志の前座時代、最も辛く当たった先輩であり、談志曰く「よく苛められた」らしい。 |
| しかし、当の柳朝は「そんなに苛めたかな」と記憶に無かった様である。 |
| 「笑点」にも何回か出演していた。 |
| 1979年の師弟大喜利は弟弟子初代林家木久蔵(現:木久扇)の師匠役として出演した。 |
| これは師匠彦六が旅行中で不在だった為である。 |
| 1981年の師弟大喜利は師匠彦六は木久蔵の師匠として、柳朝は弟弟子林家九蔵(現:三遊亭好楽)の師匠役として参加した。 |
| 同年10月4日に放送された九蔵真打昇進披露にも出演した。 |
| 伝記小説として吉川潮「江戸前の男」がある。 |
| また、愛川晶の落語ミステリ「神田紅梅亭」シリーズの名探偵・山桜亭馬春のモデルであり、出囃子なども踏襲しているが、年齢的には上にややずらして60歳で脳梗塞に倒れ療養中の大名人として描かれている。 |
出典
| 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社、ISBN458212612X。 |
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1951年
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一旦は転職するも翌1952年、再入門し、林家正... |
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1972年
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5代目柳家小さんが落語協会会長に就任すると... |
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春風亭柳朝さんについてのひとこと紹介
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