| 父はモンゴル相撲の小結。 |
| ウランバートルの柔道クラブで後の朝青龍や朝赤龍、日馬富士らと稽古した。 |
| モンゴル国立農業大学進学後、スポーツ交流留学生として2000年4月、東京農業大学国際食料情報学部生物企業情報学科に入学。 |
| 大学では相撲部に入部し、1年のとき全国学生相撲個人体重別選手権大会(100kg未満級)で優勝した。 |
| 来日当初は勉強後モンゴルへ帰って教職につく予定だったが、大相撲で活躍する朝青龍、朝赤龍らの姿を見て次第に興味を持ち、入門時の年齢制限である23歳も迫っていたので3年次在学中のまま時津風部屋へ入門した。 |
| 大学は夜間主コースで2004年3月に卒業した。 |
| 四股名は、入門の際に、東京農業大学相撲部の安井和男監督(当時)がつけてくれたもので、時津風部屋の「時」と、モンゴルの広い空にちなんだとされる。 |
| その間に2002年7月場所に前相撲から初土俵。 |
| 同期7人の中で1番目に出世を決めた。 |
| 翌場所から3場所連続全勝優勝(三段目では同部屋の豊ノ島を優勝決定戦で下している)。 |
| 板井の26連勝に次ぐ序ノ口からの22連勝を記録した。 |
| 柔道経験を活かして二枚蹴りや内掛けといった足癖を見せた。 |
| 序二段では優勝決定戦を含め8番のうち6番の決まり手が足技(掛け手)であった。 |
| 2004年3月場所には十両昇進。 |
| 十両を2場所で通過し、7月場所には初土俵から所要12場所の史上最速タイ(当時)で新入幕を果たした。 |
| 2005年5月場所では相手の安馬の背後をとって、柔道のすくい投げを思わせる豪快な足取り(モンゴル相撲のホンゴトフという技)を決めて勝ち、館内を沸かせた。 |
| 翌場所には逆に足を取られたものの1分近くその体勢で耐えたが、惜しくも敗れた。 |
| 同年9月場所はまたも同じく安馬戦で、6分半を超える水入りの相撲をとったが、敗れた。 |
| 足技ばかりが目立つ相撲が長く続いたが、突っ張りも強力な武器となりつつある。 |
| 2005年11月場所には西前頭7枚目で10勝5敗を挙げ、突っ張りが評価されて技能賞を受賞した。 |
| これにより、2006年1月場所では西前頭筆頭となるが、三役力士相手に苦戦。 |
| 前頭上位と中位を行き来した後、同年7月場所に東前頭8枚目で10勝を挙げ、千秋楽での白星を条件に敢闘賞の候補となるが、11勝目を挙げることはできなかった。 |
| しかしこの二桁勝利のため、9月場所では西前頭2枚目に番付を上げ、この時は7勝8敗と負け越すも、翌11月場所では東前頭3枚目で9勝6敗、さらに翌年1月場所では東前頭2枚目で8勝7敗の成績をあげ、翌3月場所では西小結に昇進した。 |
| 新小結の初日は横綱・朝青龍から見事勝利を挙げた。 |
| 一度は土俵際まで攻められるも素早く体位を入れ替え、朝青龍の腰に後ろからしがみついた。 |
| そして朝青龍が無理に向きを変えようとしたところをついて送り倒した。 |
| その日は既に3大関が敗れており波乱の形相を呈していたが、朝青龍の手がついた途端館内の熱気は最高潮に達し、座布団が乱れ飛んだ。 |
| 2006年後半から、上位に対して白星を挙げられるようになってきてはいたが、この場所も魁皇・琴欧洲の2大関を倒す活躍を見せ、最終的には7勝8敗と惜しくも負け越してしまったものの、勝ち星を挙げた取組には、内容のいいものが多かった。 |
| 5月場所では西前頭筆頭となり、8勝7敗と勝ち越し、7月場所では再び三役に番付を戻した。 |
| 5月、7月では、なかなか本来の相撲が取れなかったが、7月場所の千秋楽では高見盛を内掛けで崩しながら寄り切った。 |
| 久々に時天空らしさがのぞいた一番であったが、9月場所ではやはり本来の形が出ず、6勝9敗に終わった。 |
| 足技、突っ張りに加えて、最近は体重を増やすと同時に正攻法の攻めも習得し、これが上位に対して通用するようになっている一因とも言える。 |
| 11月場所では3場所ぶりに勝ち越しを決めた。 |
| 本人は2008年の目標として、三役への復帰と定着、さらに三賞の獲得を掲げたが、11月場所まで6場所連続で負け越し、勝ち越しのない一年となった。 |
| 2009年1月場所は13日目に8勝目を挙げ、7場所ぶりの勝ち越しを決めたが、3月場所と5月場所で負け越した。 |
| 7月場所では9勝6敗、9月場所では8勝7敗と2場所連続で勝ち越したものの、2010年1月場所で右足を痛めて初の休場となり、番付を東の十三枚目まで下げた。 |
| しかし3月場所では、自身初の初日からの8連勝で中日に勝ち越しを決め、2006年7月場所以来の二桁白星を記録した。 |
| 以来順調に勝ち越しを続けていたが、2010年9月場所で2勝13敗と大敗し、再び番付を下げることとなった。 |