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つながりの強いひと
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プロフィール
木下晋(きのしたすすむ)氏は昭和22年(1947年)富山市生まれ。母親は3度目の結婚。小さい頃から両親の夫婦喧嘩が絶えず、その度に母が家出。その家出も半端ではなく、一度家を出ると、徒歩で富山から青森まで行ってしまい、2~3年は帰ってこない。金が無いのですべて野宿生活。農家の手伝いをしてお握りを貰ったりして、富山から青森まで行くという家出。小学校に上がる前に、母と一緒に家を出たことがあり、その時は1度目の夫(結婚2年で結核で死に別れ)の奈良の墓に行った。もちろん歩いて富山から奈良まで。ちょうど映画「砂の器」( 参考記事はここ ) の流浪の旅と同じで、まさにあの映画の風景が、そのまま目に重なるという。 よって、母親は殆ど家に居ないため、父親に育てられた。しかし、2~3年に一度は母親が帰ってくる・・・。 そして、中学2年のときから母親は同居。当然母親に反発するが、「親に向かって ... もっと見る
木下晋(きのしたすすむ)氏は昭和22年(1947年)富山市生まれ。母親は3度目の結婚。小さい頃から両親の夫婦喧嘩が絶えず、その度に母が家出。その家出も半端ではなく、一度家を出ると、徒歩で富山から青森まで行ってしまい、2~3年は帰ってこない。金が無いのですべて野宿生活。農家の手伝いをしてお握りを貰ったりして、富山から青森まで行くという家出。小学校に上がる前に、母と一緒に家を出たことがあり、その時は1度目の夫(結婚2年で結核で死に別れ)の奈良の墓に行った。もちろん歩いて富山から奈良まで。ちょうど映画「砂の器」( 参考記事はここ ) の流浪の旅と同じで、まさにあの映画の風景が、そのまま目に重なるという。 よって、母親は殆ど家に居ないため、父親に育てられた。しかし、2~3年に一度は母親が帰ってくる・・・。 そして、中学2年のときから母親は同居。当然母親に反発するが、「親に向かって何を言うか」と父親からボコボコにされた。もしそれが無かったら母親との縁は切れていたという。 父親は中学3年のときに事故で亡くなるが、その前の晩に、まるで死期を予想していたように、「母親を頼む」と言われた。よって父の遺言を無視できなくて母親を引き取るようになった。 父親が亡くなったときの母親の泣き叫ぶ取り乱しようは尋常ではなく、何度も家出を繰り返しても夫婦の絆はあるものだと、夫婦の絆の不思議さを知ったという。 戻る
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