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つながりの強いひと
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荒木経惟
日本の写真家であり、現代美術家である。「アラーキー」の愛称で知られ、丸い縁の黒めがねをトレードマークとする。 |
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神蔵美子
結婚
神蔵美子(かみくらよしこ、1959年-)は日本の写真家。慶應義塾大学文学部国文学専攻卒業。女装した著名人の写真集「たまゆら」や、自身と末井昭、坪内祐三と... |
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安西水丸
日本のイラストレーター、漫画家、エッセイスト、作家。東京都葛飾区生まれ。血液型AB型。日本大学藝術学部美術学科造形コース卒業。 |
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南伸坊
日本の編集者、イラストレーター、エッセイスト、漫画家である。本の装幀も多数手掛ける。 |
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荒木陽子
日本のエッセイスト。東京都生まれ。夫は写真家の荒木経惟。夫との共著である『東京日和』を原案に、竹中直人監督・主演で映画化された。また、陽子をモデル... |
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上杉清文
日本の僧侶、劇作家。静岡県富士市生まれ。日蓮宗・本國寺住職。 |
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鈴木いづみ
日本の作家、女優。女優としての芸名は浅香なおみ。 |
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リリー・フランキー
福岡県北九州市小倉生まれのイラストレーター、ライター、エッセイスト、小説家、絵本作家、アートディレクター、デザイナー、ミュージシャン、作詞家、作曲... |
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村井守
村井守 プロフィール 1978年1月15日生まれ。やぎ座。O型。山形県山形市出身。中学生の頃のあだ名は「ゴボウくん」。 バンド「銀杏BOYZ」ドラム担当。 銀杏BOY... |
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赤瀬川原平
日本の前衛美術家、随筆家、作家。本名、赤瀬川克彦。純文学作家としては尾辻克彦(おつじかつひこ)というペンネームがある。神奈川県横浜市中区本牧町生ま... |
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平岡正明
平岡正明(ひらおかまさあき、1941年1月31日-2009年7月9日)は東京府出身の評論家。 |
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森山大道
日本の写真家。大阪府池田市生まれ。日本写真批評家協会新人賞、日本写真家協会年度賞、第44回毎日芸術賞受賞、ドイツ写真家協会賞受賞などを受賞。日本のみ... |
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銀杏BOYZ
日本の4人組のロックバンドである。なお「銀杏ボーイズ」と表記されることもある。前身のバンドGOING STEADYの時に設立したインディーズレーベル『初恋妄℃学... |
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久住昌之
日本の漫画原作者、漫画家、エッセイスト、装丁家。泉晴紀とともに泉昌之(いずみまさゆき)としてコンビを組んだり、久住卓也とともにQ.B.Bとしてコンビを組... |
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寺山修司
日本の詩人、劇作家。演劇実験室「天井桟敷」主宰。「言葉の錬金術師」の異名をとり、上記の他に歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、脚本家、随筆家、... |
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坪内祐三
結婚
坪内祐三(つぼうちゆうぞう、1958年5月8日-)は日本の評論家、エッセイスト。東京都出身。 |
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秋山道男
「人と人との支え合いから生まれる幸せ・・介護福祉」に対する確かな理解力を身につけることが必要と考えます。大学で介護福祉士を学ぶことの意味は真にそこ... |
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糸井重里
日本のコピーライター、エッセイスト、タレント、作詞家。株式会社東京糸井重里事務所代表取締役社長。フィールズ株式会社社外取締役。妻は女優の樋口可南子... |
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嵐山光三郎
日本の編集者、作家、エッセイストである。本名、祐乗坊英昭(ゆうじょうぼうひであき)。父は、朝日新聞社社員から、多摩美術大学の教授に転じた、デザイナ... |
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筑紫哲也
日本のニュースキャスター、ジャーナリストである。 朝日新聞社記者、朝日ジャーナル編集長、TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』メインキャスター、早稲田大学大学... |
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プロフィール
- 末井昭とは
- 出版業界に至るまで
- 出版業界へ
- 『NEW SELF』創刊から
- 『NEW SELF』後
- 人物
- 著書
- 主な編集
- ギャンブル
- 関連サイト
末井昭(すえいあきら、1948年-)は白夜書房取締役編集局長。作家、パチプロ、サックス奏者。岡山県吉永町(現:備前市)出身。岡山県立備前高等学校を卒業後、大阪の工場へ集団就職。上京して働きながら美学校へ。キャバレーの看板描きやイラストレーターを経て、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。
出版業界に至るまで
| 岡山の鉱山町の農家に生まれる。 |
| もの心ついた頃は母親は結核で入院しており、祖母や親戚宅で育てられる。 |
| 村は自給自足で、町からたまにくる物売りにも米で代金を支払っていたため、お金をしらない幼年時代をすごす。 |
| やがて、入院していた母が「もう治らない」という理由で、帰宅。 |
| 初めてお金の存在を知る。 |
| 母親の金使いが荒いため、夫婦仲が悪くなり、「肺結核第3期」の母親はヤケになり、不倫相手の隣の家の若者と、鉱山で使われていたダイナマイトで心中した(末井の最初の著書『素敵なダイナマイトスキャンダル』の”ダイナマイト”はここからきている)。 |
| なお、父親は4年後に再婚した。 |
| 小学校4、5年生ぐらいから、山で雁皮(がんび)という木の皮(高級和紙の原料)を取り、町に出て売るようになり、そのお金で魚肉ソーセージを買う。 |
| 本人や家族は、中学を出たら働くつもりであったが、学校で一番成績がよかったため、担任教師の薦めで日本育英会から奨学金を借り、工業高校機械科に進学。 |
| 高校卒業後、大阪の枚方のステンレス線の製造工場に集団就職。 |
| 弟は中学を卒業して大阪で働いており、また、父親は川崎に出稼ぎに出ており、実家には継母だけが残った。 |
| だが、大阪の工場の過酷な労働がいやになり、3ヶ月で無断退職し、無賃乗車で川崎の父親の元に行き、父親が勤める三菱重工で働く。 |
| 父親とアパートに同居していたが、継母も川崎に来て同居するようになったため、アパートを出て下宿に住む。 |
| その下宿にいた女性と交際し、のち、結婚する。 |
| もともと絵を描くことが好きで、小学校2年のとき描いた絵が県のコンクールに入選したこともあった。 |
| そのため、牛乳配達のアルバイト等をして資金をため、渋谷にある「青山デザイン専門学校」のグラフィックデザイン科の夜間部に入学。 |
| だが、学校で学生運動が起こり、入学数ヶ月後に学校はつぶれた。 |
| 新聞の「デザイナー募集」広告で、駒込にある社員10人ほどのデザイン会社に入社。 |
| 主に看板のデザインをする。 |
| その会社での尊敬する先輩が、キャバレー会社「ハワイ・チェーン」に転職し、横尾忠則のようなポスター画を描いていたのを見て、自分も「自己表現」を求め、キャバレー会社「クインビー・チェーン」にデザイナーとして入社。 |
| 新しい店のオープン企画として店内を大阪万博の会場のようにデコレーションする企画の際、真ん中に置くシンボルとして、発泡スチロールを削って2メートルほどの「チンポコの塔」を作った。 |
| また、三島由紀夫が割腹自殺した日の朝、看板に使う赤い塗料を頭から被り、裸になって道路を転げ回るという「ハプニング」を、同僚のカメラマンと行った。 |
| その後、デザイン会社を退職している際に、キャバレー時代の知り合いから「ピンクサロンの看板描き」として誘われ、「クラウン・チェーン」に就職。 |
出版業界へ
| 看板書きの仕事をしていた折、デザイン会社時代の同僚のカメラマンが、清風書房(高橋鐵監修の『愛苑』『りびどう』等の性科学雑誌を出版していた)に入社していたため、新規に刊行する、若者向けのエロ雑誌『ヤングV』のデザインの仕事を紹介される。 |
| やがて、『ヤングV』で、イラストやピンクサロンの取材の仕事も依頼されるようになる。 |
| しかし1年後に清風出版が倒産。 |
| だが、編集者があちこちの出版社に散らばった結果、様々な会社から仕事を頼まれるようになり、一気に仕事が増える。 |
| 表紙のデザインからイラスト、挿し絵、漫画、取材記事、カット、描き文字と何でもこなした。 |
| そのうち、『実話雑誌』や『SMセレクト』を出していた、東京三世社の編集者の櫻木徹郎(のちに、ゲイ雑誌「さぶ」を創刊)と親しくなり、「兄貴分」とまで慕うようになる。 |
| 櫻木は編集者をやりながら「天象儀館」という劇団に所属しており、末井も「天象儀館」を観に行くようになり、主宰の荒戸源次郎や脚本担当の上杉清文を知る(なお、南伸坊の『さる業界の人びと』は、末井と櫻木の二人のことを書いている)。 |
| また、赤瀬川原平にあこがれ、彼が「絵・文字工房」をやっていた美学校に入学。 |
| しかし、赤瀬川の教室に行くのはためらいがあり、入ったのは岡部得三のシルクスクリーン工房であった。 |
| だが、森下信太郎からエロ雑誌『NEWSELF』の編集を頼まれ、多忙のため美学校は中退する。 |
『NEW SELF』創刊から
| やがて森下が1977年に「セルフ出版(のちの白夜書房)」を創設したため、「ただ一人の社員」として入社し「専務取締役」となる。 |
| 入社後はエロを扱う余地は残しつつも、『NEWSELF』の編集方針を末井の興味対象を中心に扱う方向に変え、田中小実昌、嵐山光三郎、南伸坊、平岡正明、上杉清文、赤瀬川原平、秋山祐徳太子、荒木経惟、梅林敏彦(ルポ・ライター)、三上寛、池田福男(写真家)、安西水丸、林静一、鈴木志郎康、佐伯俊男、巻上公一などに仕事を依頼する。 |
| また、奥成達にエッセイを依頼したところ、「冷し中華思想の研究」を連載させてくれと言われ、冷し中華愛好会神奈川県委員会・編「月刊・冷し中華思想の研究」の連載が掲載される。 |
| やがて奥成は1コーナーでは物足りなくなり、『小説マガジン』を創刊名義上は末井が編集長だが、実質は奥成が編集長であった。 |
| ただし、6号で休刊。 |
| しかし、『NEWSELF』に掲載された堤玲子の小説「続・美少年狩り」の中に「オマンコ」という言葉が36箇所あったことが、警察から「問題」とされ、猥褻文書販売容疑で捜査をうける。 |
| 『NEWSELF』は1年半で発禁処分となる。 |
『NEW SELF』後
| 1977年に雑誌『ウイークエンドスーパー』を創刊。 |
| 雑誌名はジャン=リュック・ゴダールの監督作『ウイークエンド』から取って命名。 |
| 一応「映画雑誌」として創刊されたが、売れ行きが鈍く、映画以外の題材が中心となっていく。 |
| 執筆者は『NEWSELF』以来のメンバーが多く、荒木経惟の連載は2本になった。 |
| 1本はエロ写真物。 |
| もう、1本は「荒木経惟の偽ルポルタージュ」と題して、さまざまな場所に取材に行き、荒木がその場のノリで写真を撮った。 |
| 秋山道男が企画した特集「愛情スイカ読本」では、秋山がスイカとSMプレイを、櫻木徹郎がスイカにあわせた歯列矯正を、南伸坊が頭でスイカを割るエンターテイナーを、それぞれ演じた。 |
| 雑誌は売れ行きがよく、30歳にしてローンで自宅を購入。 |
| 1981年、実験的写真雑誌『写真時代』を創刊。 |
| 荒木経惟は「景色」「少女フレンド」「荒木経惟の写真生活」と3本の連載をもち、1980年代当時の写真表現の限界に挑戦する写真作品を追求した。 |
| また、赤瀬川原平の提唱する超芸術トマソンの紹介の場ともなった。 |
| また、同じく1981年には、南伸坊が提唱した集団「HAND-JOE」(糸井重里:命名)に、上杉清文ともに参加し、後に鈴木祐弘、巻上公一、山崎邦彦も参加。 |
| 兵庫県立近代美術館で、水戸黄門の扮装をして楽器演奏をするなどの活動をした。 |
| なお、上杉に薦められて、サックスを始め、写真家滝本淳助も加えて「ハンジョウ・オール・スターズ(H.A.S.)」というバンドも結成し、渋谷のライブハウス「ラ・ママ」でライブを行った。 |
| このグループの活動は、レコード「高級芸術宣言」(1984)及び書籍『高級芸術宣言』(1985JICC出版局=宝島社)にまとめられている。 |
| 1988年、再び警察の実質的な『発禁処分』を受けて『写真時代』は廃刊。 |
| その後末井はパチンコ誌の創刊を思いつく。 |
| 末井本人はパチンコそのものにあまり興味がなかったが、「パチンコをしている人に興味があった」ことが創刊を思いついた理由と言う。 |
| こうして創刊された『パチンコ必勝ガイド』は、パチンコ雑誌という新しいジャンルを切り開く結果となった。 |
人物
| 漫画家の西原理恵子からは「すえいどん」と呼ばれている。 |
| 彼女が作品中に書くすえいどんは、なぜか子泣き爺のごとく蓑をかけている。 |
| 女装家としても有名。 |
| パチンコ必勝ガイドのテレビCFでは女装の奇抜な格好で「デルタマ」というコピーを叫ぶ。 |
| 近年、「女装者」撮影シリーズ(週刊宝石)、写真集「たまゆら」ISBN9784838710652「たまもの」ISBN9784480876164などでも有名な写真家神蔵美子と再婚。 |
| 彼女の写真集「たまゆら」では末井の女装姿が、また「たまもの」では当初坪内祐三と結婚していた神蔵との三角関係が描かれている。 |
| イプシロン出版企画代表の末井幸作は養子。 |
| 先物取引に熱中していた時期もあり、その失敗により億単位の借金を作り、何度か「臨死体験をした」と語っている。 |
著書
| 素敵なダイナマイトスキャンダル(北宋社1982年、角川文庫1984年、ちくま文庫1999年)。 |
| 東京爆発小僧(角川文庫1985年)。 |
| 高級芸術宣言付・総合商社HAND-JOEの歩み高級芸術協会著(平岡正明、南伸坊、末井昭、巻上公一、赤瀬川原平、糸井重里ほか)JICC出版局1985年。 |
| 東京デカメロン(角川文庫1987年)。 |
| 174,140円の教訓(太田出版1989年)。 |
| チンジャラ人間国宝(風雅書房1995年)。 |
| パチプロ編集長(光文社1997年)。 |
| パチプロ編集長―パチンコ必勝ガイド版(漫画)なかたひろお(白夜書房1999年)。 |
| 「荒木経惟・末井昭の複写『写真時代』―疾風怒濤の1981~1988」(共著/ぶんか社2000年)。 |
| スエイ式人生相談(太田出版2004年)。 |
| 絶対毎日スエイ日記(アートン2004年)。 |
| 純粋力(ビジネス社2009年)。 |
ギャンブル
| 競輪好きで競輪グランプリが立川で開催されるときは、阿佐田哲也杯の関係者室での観戦をしている。 |
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1977年
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「セルフ出版(のちの白夜書房)」を創設した... |
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1981年
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実験的写真雑誌『写真時代』を創刊 |
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投票数
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| ふりがな |
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| 性別 |
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末井昭さんについてのひとこと紹介
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