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つながりの強いひと
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本因坊秀和
江戸時代の囲碁棋士、本因坊家十四世本因坊秀和。伊豆国出身。幼名は土屋俊平、後に恒太郎、秀和。本因坊丈和門下、八段準名人。法名は日悦。囲碁四哲の一人... |
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本因坊烈元
本因坊烈元(ほんいんぼうれつげん、1750年(寛延3年)-1808年(文化5年)12月6日)は江戸時代の囲碁棋士、十世本因坊。元の姓は山本、江戸生れ、本因坊察元... |
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井上幻庵因碩
江戸時代の囲碁棋士で、家元井上家の十一世井上因碩、八段準名人。井上家は代々因碩を名乗ったため、隠居後の号である幻庵を付けて幻庵因碩と呼ぶ。相続前に... |
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本因坊道策
本因坊道策(ほんいんぼうどうさく、正保2年(1645年)-元禄15年3月26日(1702年4月22日))は江戸時代の囲碁棋士。四世本因坊、名人碁所。本因坊算悦、本因... |
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本因坊丈策
江戸時代の囲碁棋士で、家元本因坊家の十三世、七段上手。法名は日秀。本因坊元丈の実子で、本因坊丈和引退後に家督を継ぐが、井上幻庵因碩の名人碁所出願に... |
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本因坊秀甫
本因坊秀甫(ほんいんぼうしゅうほ、天保9年(1838年)-明治19年(1886年)10月14日)は江戸時代から明治にかけての囲碁棋士。本名は村瀬秀甫(むらせしゅう... |
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林元美
江戸時代の囲碁棋士で、家元林家十一世林元美、八段準名人。本名は船橋源治、字は寛度。著作では爛柯堂または藍叟とも号す。『碁経衆妙』『碁経精妙』、及び... |
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本因坊算砂
安土桃山時代、江戸時代の囲碁の棋士。生国は京都。顕本法華宗寂光寺塔頭本因坊の僧で法名日海と称し、後に本因坊算砂を名乗り、江戸幕府から棒禄を受けて家... |
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本因坊秀哉
明治から昭和にかけての囲碁の棋士。東京出身。俗名は田村保寿(やすひさ)。名人。家元本因坊家の21世で、終身名人制の最後の名人。法名は日温。引退後に本... |
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武宮正樹
囲碁のプロ棋士、九段。名人1期、本因坊6期など。東京都葛飾区出身。日本棋院所属。本因坊時代の雅号は当初「秀樹(しゅうじゅ)」であったが、2度目の獲得以... |
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安井算知
囲碁の棋士で、家元安井家の二世安井算知。三世名人碁所。九世安井算知と区別して名人算知と呼ぶこともある。 |
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本因坊丈和
江戸時代の棋士。十二世本因坊、名人碁所。法名は日竟。本因坊元丈門下。元の姓は戸谷、後に葛野(かどの)。丈和の生地は明らかでなく、信濃、武蔵国、伊豆... |
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本因坊秀策
本因坊秀策(ほんいんぼうしゅうさく、文政12年5月5日(1829年6月6日)-文久2年8月10日(1862年9月3日))は江戸時代の囲碁棋士である。備後国因島(現・広島... |
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本因坊策元
その後は跡目を定めることはなく、神谷道知の成長に期待をかけた。;御城碁戦績 御城碁では、初年には安井知哲に先番13目勝。元禄9年、井上道節因碩に先番5目... |
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依田紀基
依田紀基(よだのりもと、1966年2月11日-)は日本の囲碁のプロ棋士。北海道岩見沢市出身。安藤武夫七段門下。1980年入段。1993年九段。名人4期、碁聖6期、NHK... |
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安井仙角
江戸時代の囲碁棋士で、家元安井家の四世。会津生れ、三世安井知哲門下、八段。五世春哲仙角、七世仙角仙知と区別して古仙角、親仙角とも呼ぶ。 |
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服部因淑
江戸時代の囲碁棋士。美濃国出身、井上春達因碩門下、七段上手。井上家の外家服部家を興した。因徹と名乗っていた青年時代には、本因坊元丈、安井知得仙知な... |
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水谷琢順
囲碁の棋士。本因坊元丈門下、六段。本因坊家の外家である水谷家の二代目で、初代水谷琢元の実子。寛政10年(1798年)に奥貫智策に白番勝の碁があり、智策、本... |
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本因坊道知
本因坊道知(ほんいんぼうどうち、1690年〔元禄3年〕-1727年〔享保12年〕)は江戸時代の囲碁棋士。五世本因坊。生国は江戸。本姓は神谷。本因坊道策門下、名... |
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太田雄蔵
江戸時代の囲碁棋士。江戸生まれ、安井門下、七段上手。天保四傑と呼ばれる一人。幼名は川原卯之助、後に良輔、その後太田姓を名乗り、雄蔵とした。号は一石... |
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プロフィール
- 本因坊元丈とは
- 経歴
- 如仏の判決
- 戦績
- 著作
- 関連項目
- 参考文献
本因坊元丈(ほんいんぼうげんじょう、1775年〔安永4年〕-1832年〔天保3年〕10月28日)は、江戸時代の囲碁棋士で、家元 本因坊家の十一世本因坊元丈、 本因坊烈元門下、八段準名人。元の名は宮重楽山、法名は 日真。 安井知得仙知と拮抗した好敵手であり、ともに名人の技量ありと言われながら名人とならなかった。囲碁四哲と称される一人。攻めの強い棋風。
経歴
| 清水徳川家物頭役宮重八郎左衛門の四男として江戸で生まれる。 |
| 知得との初対局は、天明8年(1788年)で、この時楽山14歳、知得13歳で、知得先で楽山12目勝ちであった。 |
| 寛政2年(1790年)に知得と十番碁を打ち、知得先相先で5勝4敗1ジゴ、寛政4年(1792年)以後はほぼ互先となる。 |
| 寛政6年(1794年)には四段となり、この時の楽山と知得の棋譜を後の関山仙太夫は「両雄は珍物」と褒めた。 |
| 本因坊烈元は河野元虎を跡目候補に目していたが、寛政7年(1795年)に元虎は没し、寛政10年(1798年)五段で楽山が跡目となり、元丈と改名。 |
| この年の御城碁に初出仕し、七世安井仙知に先番5目勝ちを収める。 |
| 寛政12年(1800年)六段。 |
| 文化元年(1804年)七段上手。 |
| 文化5年(1808年)に烈元病気のために隠居願いを出すが受けられず、12月に死去するが一門はこれを秘し、翌年に家督相続を許されて11世本因坊元丈となる。 |
| この後に烈元の死を公表した。 |
| 文化11年(1814年)知得と同時に八段準名人に昇る。 |
| 文政2年(1812年)の御城碁での、初出仕の井上安節(井上幻庵因碩)五段との二子局黒1目勝ちの碁は、元丈一生のできばえと呼ばれている。 |
| 知得との御城碁では、寛政12年(1800年)の知得初出仕から、文化12年(1815年)まで、2勝2敗1ジゴ。 |
| ジゴは元丈白番であった。 |
| 知得との対戦総数は長らく七十七番と言われていたが、その後に発見された棋譜を加えて80数局と見られている。 |
| 元丈の跡目候補には奥貫智策が候補と考えられていたが、智策は文化9年(1812年)に27歳で夭逝したため、戸谷丈和(本因坊丈和)を候補と目すようになる。 |
| 文政2年(1819年)に丈和を跡目とし、文政10年(1827年)に隠居して、丈和に家督を譲る。 |
| その後、丈和の名人就位運動にも特に関わらず、酒を楽しみに余生を送った。 |
| 墓所は本妙寺で、現在は本因坊秀甫と同じ墓に葬られている。 |
| 実子に、丈和の跡を継いだ十三世本因坊丈策、宮重策全六段がいる。 |
| 長兄作重郎は大御番小笠原近江守の組与力を勤めた。 |
如仏の判決
| 鎌倉時代において如仏の判決として知られる全局死活論について、文政4年(1821年)なって家元会議にて元丈がこれを否定し、これ以降は部分死活論が採用されるようになった。 |
戦績
| 1798年(寛政10年)先番5目勝安井仙角仙知。 |
| 1799年(寛政11年)白番5目勝井上春策。 |
| 1800年(寛政12年)白番9目負安井知得。 |
| 1801年(享和元年)先番ジゴ林門悦。 |
| 1802年(享和2年)先番7目勝井上因達因碩。 |
| 1803年(享和3年)先番1目勝安井仙角仙知。 |
| 1804年(文化元年)先番9目勝安井知得。 |
| 1805年(文化2年)先番9目勝安井知得。 |
| 1804年(文化元年)先番9目勝安井知得。 |
| 1805年(文化2年)白番ジゴ井上春策因碩。 |
| 1806年(文化3年)白番ジゴ安井知得。 |
| 1807年(文化4年)向二子2目負林鐵元門入。 |
| 1809年(文化6年)先番3目勝安井知得。 |
| 1810年(文化7年)白番ジゴ林門悦。 |
| 1811年(文化8年)白番2目負井上因砂因碩。 |
| 1812年(文化9年)先番5目負林門悦。 |
| 1813年(文化10年)向二子中押負林鐵元門入。 |
| 1814年(文化11年)白番2目勝井上因砂因碩。 |
| 1815年(文化12年)白番2目負安井知得仙知。 |
| 1816年(文化13年)白番13目勝林鐵元門入。 |
| 1819年(文政2年)向二子1目負井上安節。 |
| 1823年(文政6年)白番3目勝林元美。 |
| 1824年(文政7年)白番2目負井上因砂因碩。 |
| その他、河野元虎には元丈先で6勝1敗1ジゴ、服部因淑に先相先で6勝5敗1打掛けなどがある。 |
| 御城碁(文化元年11月17日)安井知得-本因坊元丈(先番)。 |
| ファイル:chitoku-genjo-18041117-45-59.jpg。 |
| 右辺黒1(45手目)、3が元丈の持ち味の出た手。 |
| 中央を厚くしながら続く13、15が好手で、この後白が上辺を進出する間に下辺の白、続いて左辺の白を小さく生かし、中央を固めて黒が快勝した。 |
| 231手完、黒9目勝。 |
参考文献
| 武宮正樹『元丈日本囲碁大系(10)』筑摩書房1976年。 |
| 矢田直己『秘譜発掘』誠文堂新光社2004年(「元丈・知得八十四番碁研究」を収録)。 |
| 囲碁データハウス『本因坊元丈』(PCソフト、元丈の全棋譜226局を収録)。 |
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