| プロ転向後最初の年となった1993年は箕輪宇明をツアー帯同コーチに付け転戦を開始。 |
| 宮内美澄と組んで出場した全豪オープンダブルスでは予選繰り上がりとしてグランドスラム本戦に初出場したが、1回戦でジェシカ・エモンズ(アメリカ)&ジンジャー・ニールセン(アメリカ)組に3-6,6-7(5)のストレートで敗れた。 |
| シングルスでは2月の東レパン・パシフィック・オープン・テニストーナメント予選を勝ち上がり、本戦1回戦で当時シングルス世界ランク5位、大会第3シードのマルチナ・ナブラチロワと対戦。 |
| 当時175位の杉山は初のトップ10選手との対戦でフルセットに持ち込む健闘を見せるも、3-6,6-3,3-6のスコアで敗れている。 |
| 7月にはウィンブルドン選手権で予選を勝ち上がりグランドスラムシングルス本戦初出場。 |
| 1回戦ではジジ・フェルナンデスと対戦し、6-3,3-6,3-6のフルセットで惜敗した。 |
| 更に大会第8シードで出場した11月のウィスミラク国際では初のツアーシングルス決勝に進出。 |
| 決勝ではエレナ・ワーグナー(ドイツ)と対戦したが、6-2,0-6のスコアとしたところで途中棄権した。 |
| この大会では長塚京子と組んで第2シーで出場したダブルスでも決勝まで勝ち上がったが、シングルスの棄権によりこちらも試合前に棄権した。 |
| この年は他にも9月のニチレイ・レディースでシングルスベスト8、ダブルスベスト4に進出した他。 |
| これらの活躍で年度末ランクもシングルスで前年の145位へ急上昇し、単複共初めて年間ランキングトップ100でシーズンを終えた。 |
| シングルスでは5月の全仏オープン1回戦で大会第15シードのヘレナ・スコバを4-6,6-3,9-7の逆転で下し。 |
| ノーシードで出場した10月のバンク・オブ・ザ・ウェスト・クラシックでは2回戦で第6シードのイリナ・スピールリアを下す活躍で2度目のツアー決勝に進出。 |
| 決勝では当時世界ランク7位、大会第2シードのマグダレナ・マレーバに3-6,4-6のストレートで敗れた。 |
| ダブルスでは長塚と組んでノーシードで出場した年初のモーリラ・ホバート国際ダブルスを勝ち上がり、決勝では大会第1シードのマノン・ボーラグラフ(オランダ)&ラリサ・ネーランド組を2–6,6–4,6–2の逆転で下し優勝。 |
| 長塚とは4月のジャパン・オープンでもペアを組んで第2シードで出場し準優勝の成績を収めた他、ナンシー・フェバー(ベルギー)と組みノーシードで出場したDFSクラシックでもベスト4に進出。 |
| 年度末ランクもシングルスで46位と単複共トップ50に到達し、前年に引き続き好調なシーズンを送った。 |
| また4月にはフェドカップ日本代表に初選出。 |
| 同月22-23日にドイツ・フライブルクで行われたワールドグループI1回戦、対ドイツ戦のダブルスで伊達公子とのペアで起用され、代表デビュー戦を勝利で飾っている。 |
| ツアー以外では5度目の出場となった全日本テニス選手権女子シングルスで全試合ストレート勝ちの圧倒し悲願の初優勝を果たす。 |
| 翌年から杉山のコーチを務めることになる丸山淳一と共に出場した混合ダブルス部門でも全試合ストレート勝ちで優勝し2冠となった。 |
| 1996年は第23シードで出場したリプトン選手権シングルス3回戦で当時世界ランク10位、大会第7シードのヤナ・ノボトナを6-3,6-3のストレートで破り4回戦に進出。 |
| 第4シードで出場した4月第3週のジャパン・オープンシングルスでは第1シードの伊達公子との準決勝まで進出した他、伊達と組んで主催者推薦で出場したダブルスでも優勝する好成績を残した。 |
| 翌週の4月27~28日には有明コロシアムで開催されたフェドカップ:ワールドグループ1回戦、対ドイツ戦最終試合のダブルスに於いて、長塚京子とのペアで出場。 |
| 日本はシングルスで伊達公子、沢松奈生子を、ドイツはシュテフィ・グラフ、アンケ・フーバーと両国ともトップ選手を擁する布陣で臨み、2勝2敗の五分で杉山/長塚組対グラフ/フーバー組のダブルスにチームの勝敗がかかったが、杉山/長塚組はグラフ/フーバー組4-6,6-3,6-3のフルセットの逆転で破り、日本がドイツを破って代表史上初めてワールドグループ準決勝に進出する大金星を挙げた。 |
| 6~7月のウィンブルドン選手権シングルスでは、3回戦で当時世界ランク5位、大会第5シードのアンケ・フーバーを7-6(3),6-1のストレートで破る活躍で4回戦に進出している。 |
| 長塚と組んで出場したダブルスでは1回戦でカナダ代表のジル・ヘザリントン&パトリシア・ヒー=ブーレ組に6-7(2),6-1のストレートで敗れた。 |
| また11月の全日本テニス選手権ではシングルス、混合ダブルス部門を連覇。 |
| 吉田友佳と組んで出場した女子ダブルス部門でも準優勝を果たしている。 |
| 日本人選手トップとなって臨んだ1997年は、杉山を様々な角度からサポートする「チーム愛」を結成、コーチに丸山淳一、コーディネーターに母親の芙紗子を付けた他、トレーナー、マネージャーも加わるチーム体制でツアーを転戦するようになる杉山、p.84。 |
| シングルスでは第6シードで出場した年初のゴールドコースト・クラシックで準優勝の好成績を収めると。 |
| 更にノーシードで出場した10月のクレムリン・カップでは2回戦で第7シードのブレンダ・シュルツ=マッカーシーを6-4,7-5で、準々決勝で第3シードのアランチャ・サンチェス・ビカリオ6-1,7-6(1)のストレートで下す番狂わせを起こし決勝に進出。 |
| 決勝では第1シード、当時世界ランク2位のヤナ・ノボトナに3-6,4-6のストレートで敗れるも、自身初のティアI大会準優勝を果たした。 |
| ダブルスではこの年からエレーナ・リホフツェワと主にペアを組むことが多くなり、5月のストラスブール国際ではこのペアで準優勝した他。 |
| これらの活躍により年度末ランクはシングルスが20位と初めてトップ20で終了し。 |
| シングルスでは年初のタルゴ・オーストラリア女子ハードコート選手権優勝。 |
| 大会第1シード、ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ4月のジャパン・オープン決勝ではコリーナ・モラリューを6-3,6-3のストレートで下し大会2連覇。 |
| この年は他にも東レパン・パシフィック・オープン・テニストーナメント、WTAドイツ・オープンのティアIグレード2大会を含む5大会でツアーベスト8に進出するなど安定して好成績を残し、年度末ランクも18位に上昇した。 |
| この年は出場した全大会で固定ペアを組んだリホフツェワとのダブルスで更なる躍進を見せ、年初のタルゴ・オーストラリア女子ハードコート選手権で優勝すると、10月のSEATオープンで3週連続優勝を果たし年間4勝を挙げる。 |
| この年は他にも東レパン・パシフィック・オープン・テニストーナメント、ストラスブール国際でベスト4に進出した他、全豪オープンを含む7大会でベスト8に進出し、年末最終戦チェイス選手権への初出場果たす。 |
| シングルスでは第4シードのディフェンディングチャンピオンとして臨んだ年初のタルゴ・オーストラリア女子ハードコート選手権では準決勝で第2シードのパティ・シュナイダーに2-6,6-7(6)のストレートで敗退。 |
| 同じくディフェンディングチャンピオンとして第1シードで臨んだジャパン・オープンでは全試合ストレート勝ちで決勝に進出するも、決勝では第2シードのエミー・フレージャーに2-6,2-6のストレートで敗退し大会3連覇を逃した。 |
| この年は他にも第8シードで出場した9月のトヨタ・プリンセス・カップ準々決勝で当時シングルス世界ランク8位、大会第3シードのジュリー・アラール=デキュジスを6-2,7-5のストレートで下す活躍でモニカ・セレスとの準決勝まで進出した他。 |
| 8月第1週のTIGクラシック1回戦と8月第3週のデュモーリエ・オープン2回戦でも、それぞれ世界ランク6位のマリー・ピエルスと同7位のヤナ・ノボトナを破る活躍があった。 |
| しかしその一方前シーズンでは2大会のみだったツアー1回戦負けが8回に及ぶなど好不調の波も激しく、年度末ランキングでは前年の18位より6位順位を下げ24位でシーズンを終えた。 |
| ダブルスでは引き続きリホフツェワとの固定ペアで好成績を収め、アディダス国際、ストラスブール国際の2大会で優勝。 |
| 他にも2月のフランス・ガス・オープン、5月のストラスブール国際の2大会で準優勝の成績を収め、2年連続でチェイス選手権へ出場。 |